第121話



「さて、面倒臭いことになったぞ」



 神界から戻ってきた秋雨は、ぽつりと独り言ちる。



 彼を悩ませていた違和感の正体が、今も眠り続けているバルバド王国第二王女メイラを救うということだった。



 しかも、彼女を救わなかった場合、待っているのは隣国との戦争であり、サファロデの口調からその戦争に自分が巻き込まれることを示唆していた。



 つまり、現時点でメイラを救うことは決定事項であり、救うことができなかった時点で戦争に巻き込まれるというバッドエンドが待ち構えている。



「とりあえず、情報が必要になるな。まったく、どうしてこうも次から次へと問題が出てくるんだ? そうならないよう行動しているつもりなんだがな」



 などと悪態をつく秋雨であったが、本当に慎重な行動を彼が取れているかは甚だ疑問である。



 ラビラタで出会ったミランダの件についても、エリスに寄生していたペンドリクスの件についても、秋雨という存在がいなければ何も起こらなかった可能性は高く、仮に起こったとしても、ミランダが死にエリスという一人の人格が消滅するだけの世界から見れば大した影響のない些末な出来事であっただろう。



 しかし、秋雨が介入したことでミランダは生き残り、エリスも奴隷としてだが生き続けることができている。



 その代償として、秋雨にいろいろと負担を背負うことになってしまっていなくもないが、それは彼が選択したうえで行動した結果であるため、彼自身もあまり強く文句は言えなかった。



 そんなわけで、まず秋雨が取った行動は第二王女であるメイラがどのような人物であるのかを調べるところからである。



 情報元としては王都の住民たちの噂などであり、王都の人々に話を聞いて回ったのだ。



「第二王女様だって? そりゃあ、素晴らしい方に決まってるさ。会ったことはないけど、王族っていうのは素晴らしい方々に違いない!」


「俺は一度お目にしたことがある。遠目からだったが、愛くるしい見た目をしていらっしゃった」


「一の姫様と三の姫様は、美しい麗人といった感じだが、二の姫様は愛らしい少女だったねぇ」


「最近は、表に出ておいでにならないねぇ。噂じゃ、ご病気になって床に臥せっておられるとか」



 などといった具合に、市井の人々から手に入れた情報が集まってくる。王都の住人も自国の王族……特に姫についての自慢話をするのが嬉しいようで、そんな噂話の一つに国王が王妃に息子を産ませようとして日々お励みになっているというあまり聞きたくはない話もあったことはご愛嬌である。



 とにかく、第二王女メイラについての情報はある程度入手できたので、次は本人がどこにいるのかである。



「まあ、王城なんだろうけど、こればっかりは具体的な場所がわからないとなぁー」



 メイラが眠り続けているというのならば、それをなんとかするために直接会わなければならない。だが、馬鹿正直に彼女を訪ねたところで、門前払いで追い返されるのは目に見えている。



 かといって、協力者としてライラや国王に協力を求めると、仮にメイラの状態を回復させた場合、恩人として認識されてしまい、面倒なことになってしまうのも想像に難くない。



 つまり、今回の任務を無事に終えるためには、誰の協力も得ずに、それに加えて誰にも気づかれずに王城に侵入してメイラに会い、できれば本人にすらその姿を見られることなく、彼女を救うという超絶高難易度の潜入ミッションをこなさなければならない。



「無理だろコレ」



 あまりの難易度の高さに、秋雨は思わずそんな弱音をこぼしてしまう。



 王都の中で最も警備が厳重といっても過言でない王城内に侵入し、さらに王城内でも王族が住まうであろう場所に潜入し、厳重な警備を掻い潜ってメイラに接触。そして、彼女の睡眠状態を回復し、再び誰にも気づかれずに王城を脱出するという口にするだけでも無謀なミッションとなっている。



「まあ、治した後は転移魔法で瞬時に戻って来れる……のか? 魔法的なものを察知する警戒センサーとかあるだろうし、そうなってくると強硬手段に打って出るしかないか?」



 秋雨は、この世界が剣と魔法のであるということはすでに認知している。自分もバンバン魔法を使っており、先刻のペンドリクスとの戦いでも魔法を行使していることから、それは当然の認識であった。



 であるならば、この世界において最も警備の厳重な場所というのは、魔法を感知するセンサーのようなものがあると考えるのは当然であり、むしろそれがない方がおかしい。



 その点から、あらかじめ姿を消すような魔法を使って侵入しようとしても、そのセンサーからは逃れることができない。だが、この世界の魔法使いの価値観から見てあまりに非現実的な方法を秋雨は一つ考え付いた。



「まあ、力業甚だしいが、ミッション成功の条件を満たすにはこれしかないか……」



 本来であれば、こういった方法はあまり好きではない秋雨だが、ミッション成功のためには致し方なしと自分を納得させた。



 こうして、本当に実在した眠れぬ森の美女ならぬ眠れぬ異世界の姫を救うべく、秋雨の王城潜入ミッションは動き出したのであった。









 時刻は草木も眠る夜。王城のとある一室で男女の荒々しい息遣いが聞こえてくる。



「いい加減諦めてくださいませ。私ではもう子供ができません」


「その割には、俺のを咥え込んで離さないではないか? それにお前のここはまだまだいけると言ってるようだが?」



 そこにいたのは、バルバド王国の国王ヨハネとその妻である王妃キーシャであった。



 こんな夜中に一体何をしているのかといえば大体想像はつくだろうが、夫婦という間柄の二人が夜行うことと言ったら一つである。



 国第一位の存在であるヨハネには後継ぎとなる息子……王太子がいないことは有名な話であり、貴族たちはこぞって自分の娘を側室として迎え入れるよう画策している。



 だが、彼は頑なにそれを拒み、毎夜足しげく王妃の寝屋を訪ねては子作りに励んでいた。そして、多分に漏れず今日も今日とてヨハネはキーシャと頑張っていた。



「あっ、そこは」


「ふっ、何千回とお前の寝所を訪ねているが、お前の体は二十年以上経った今でも俺を飽きさせん」


「あ、貴方ぁ」



 キーシャとて一人の女性である。頭の中では、次世代の王を産むためには夫に側室をつけなければならないと理解している。だが、彼の妻としては自分の愛した男を他の女に奪われることなど耐えられないと思っている。



 それはヨハネとて同じ気持ちであり、彼女に子供を望むことで、側室を必要としないことを主張したいのだ。たとえ彼女の年齢が子供を産むには適さないとわかっていても、それでも彼女の子供が欲しいと求めてしまうのだ。



 さりとて、この二人ただの中年夫婦に非ず。四十代後半というのに未だにその肉体は無駄な贅肉がなく筋骨隆々で、同世代の貴族夫人だけでなく若い貴族令嬢の視線すらも集めるほどの色香を放つナイスミドルであり、片や三人子供を産んだとは思えないほどのナイスバディにくすみ一つない透き通った白い肌は未だに男の視線を独占するほどの美貌と魅力を持っていた。



 これが一般的な夫婦であるのならば、キーシャの言う通り子供は望めなかっただろう。だが、ヨハネの未だに衰えない性欲とキーシャの十代の頃とまるっきり変わらぬ美貌を前にすれば、まだ子供の一人くらいは何とかなるのではないのかと思えるほどに、二人とも年齢に不相応な若々しい見た目をしていたのである。



「ふう。俺もまだまだいけるな。結局四回もやってしまった」


「貴方、もうそろそろ年齢を考えてくださいまし」


「お前が息子を身ごもったら考えるとしよう」


「またそのようなことを」


「それに、俺をその気にさせるその美貌がいけないのだ。お前を妻として迎えてから二十五年。あれから一向に老いを感じさせないお前のその姿。何もするなというのが無理な話だ」


「まあ、貴方ったら」



 などと仲睦まじい事後トークを楽しんでいた二人であったが、ヨハネが話題を変える。



「ところで、娘たちの最近の様子はどうだ?」


「モイラは相変わらずですわ。政務にかまけて、結婚相手を見つけるそぶりすら見せません」


「まあ、モイラは我が娘ながら能力が高いからな。婚約者となる男が委縮してしまって、相手の方が身を引いてしまう」


「実際にそんなことが何度かありましたからね」



 第一王女のモイラは、父親のように鋭い目を持った顔立ちをしており、地球で言うところの宝〇に出てくるような男装の麗人を地で行くような見た目をしている。



 そして、何よりも為政者として優秀な能力を持っており、彼女の手腕によって多くのことが改善され、バルバド王国は歴代でも最高の栄華を極めていた。



 だが、そうなってくると結婚相手も同格の存在を求めてしまうのは仕方のないことであり、今まで彼女の前にそのような男は現れていない。



「メイラは……相変わらずか」


「はい、未だ眠り続けております」



 そして、第二王女メイラは、秋雨が王都にやってくる一月ほど前から原因不明の病によってずっと眠り続けており、どれだけ優秀な医者や薬師が彼女を目覚めさせようと手を尽くしても、目を覚ますに至っていない。



「まあ、メイラについては焦っても仕方がない。末の娘はどうか?」


「ライラですね。こちらも相変わらず騎士団に入り浸って剣を振るっております。最近では王都の警邏にも積極的に出ているとか」


「そうか。……一体どこで育て方を間違ったというのか」



 各々の娘のあまりの違いに嘆くヨハネであったが、彼が娘の育児に参加したことはない。基本的に王族の教育は侍女や世話係が行うものであり、国王や王妃が直接育児に関わることの方が珍しい。



 二人がまったく育児に参加していないのだが、三人の娘の育児に関してはその道のプロに指示したつもりであるため、このような言葉が出てくるのだ。



「うっ、なんだ……急に眠く」


「私も、眠気が……」



 そんな娘の話をしていると、急な眠気が二人を襲った。それは抗えるものでなく、すぐに眠り状態に陥ってしまう。



 その日、王城内にいたすべての人間が謎の眠気に襲われ、一時的に城の機能が停止する事態に陥った。



 そして、それを成した人物が王城の入り口にいるとは誰も思わなかったのである。

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