第十一章 眠り姫メイラ

第120話



「うーん、一体なんなんだろうなー?」



 宿のベッドに胡坐をかきつつ、秋雨は腕を組みながら思案に耽る。その理由は、彼を襲っている妙な違和感についてだ。



 実のところ、彼のその虫の知らせ的な感覚は、前世の日本にいた頃から発揮されており、そのお陰でいろいろと面倒なことから回避するのに一役買っていた。



 それを使って自分の死の原因を回避できなかったのだろうかと思わなくもないが、彼のその能力も万能ではなく、さらには彼の死は運命的なものであったため、最終的に何かしらの形で死を迎えることにはなっていた。



 それはそれとして、今彼はこの違和感が消えないのはなぜなのだろうと真剣に考えていた。



「この感覚が消えないということは、王都でまだ現在進行形で何かが起こってて、それが解決しないとこの先さらなる災難が待ち受けているって感じ、なのか?」



 秋雨としても、断定的なことは言えないが、感覚として伝わってくる雰囲気は漠然と把握できる。



 これは今起こっている問題を解決しないと、後々その問題を解決しなかったことでさらなるツケを支払わされることになるというお告げのようなものであった。



 昔、大御所のお笑い芸人が司会を務めていた医学に関するバラエティ番組であった決まり文句にこんな台詞があった。



“そのまま放っておくと、大変なことになりますよ?”



 まさに今の秋雨にとって、これ以上ないほどにしっくりくる言葉はなく、まるで人生のターニングポイントに立たされているような状態であった。



「おい、秋雨ぇ」


「どうしたんだい、父さん?」


「お前の【秋雨レーダー】に反応が出ておるぞい」


「そうなんだよー。でも何に反応しているのかわからないんだ」


「ふーむ、困ったのぅ。誰か心当たりを知っている者がおればいいのじゃがなぁ」



 当たり前のことであるが、現在秋雨は宿のベッドの上に胡坐をかいて座っている。ということはだ。部屋にいるのは彼一人ということである。



 一人で過ごしている人間は、独り言が多いという言葉の通り、一人で行動することの多い秋雨もまたその傾向が強い。



 もっとも、まさか部屋で一人某妖怪漫画に登場する親子の役を一人二役で演じるとは誰も思わないだろう。



 次第に演技にも熱が入り、いつしか目をつむって熱演するほどに一人芝居に熱中していた。だが、そんな彼の演技を止める者が現れる。



「あのー」


「やはり、ここは砂〇けババアやこ〇きジジイに相談してみた方がよいかのぅ」


「あのっ!」


「ん?」



 秋雨が目を開けてみると、そこにいたのは怪訝な表情を浮かべた見知った顔の女性であった。相変わらず、美しく神々しい見た目をしている彼女は誰もが称する通り女神と呼ばれるに相応しい。



 女神サファロデ……秋雨が地球で事故に遭って亡くなり、自身が管理する世界に転生させてくれた神である。彼にとっては、二度目の人生を歩ませてくれた大恩人であり、それこそまさに救いの女神である。



 どうやら、精神だけ彼女のいる神界へと引っ張ってきており、肉体は今も下界にいるらしい。



「……」


「……」



 お互いの視線が交差する中、嫌な沈黙が場を支配する。そして、その静寂を破ったのは他でもない秋雨であった。



「おお、砂〇けババアではないか。ちょうどよいところに――」


「誰が砂〇けババアよ!! 勝手にあなたの一人芝居にわたしを巻き込まないでちょうだい」


「ち、それで何の用だ。人がお楽しみ中のところを邪魔してまで呼び寄せるほどの理由なんだろうな?」



 大恩人に対しての言葉とは思えないほどの横柄な態度だが、もはやサファロデも気にした様子はなく、用件を伝えようと口を開いた。



「ペンドリクスの件については助かったわ。神であるわたしは下界のことにあまり口出しはできないから」


「そうか」


「でも、あの魂を肉体から抜き取る魔法は――」


「いやあー、それはよかった。女神サファロデ様のお力になれたのならば、この秋雨これ以上の喜びはありませんからなぁー」


「……」



 サファロデの苦言をいち早く察知した秋雨は、彼女の発言を遮るかのように彼女を称える言葉を口にする。その瞬間、サファロデも彼の意図に気づいた。



 それは一見すると賛辞の言葉であるが、それは裏を返せばそれほどの人物が○○などするはずがないと言外に言っており、今回の場合は“女神ともあろうお方が、人如きが使う魔法にケチをつけるはずがない”という一種の圧力にも似た言葉であった。



 サファロデも彼のそんな意図に気づき、呆れるかのような視線を向ける。彼女としても、以前彼が作った記憶を改竄する魔法の使用禁止を伝えており、彼女自身の口から“自由に生きてくれ”という言質も取られている状態であるため、これ以上の禁止を伝えるのは心情的には申し訳ないという思いがあった。



 そこにきての秋雨の先の言葉を受け、彼女もそれ以上の言葉を続けることはできなかったのである。



 それはそれとして、ペンドリクスの件についてはサファロデも頭を悩ませていたところであり、積極的に破壊行動を取らないとはいえ、必要とあらば街を壊滅させることも躊躇わない存在を放置しておくことはできなかったため、以前ペンドリクスに直談判したことがあった。



 しかし、当時魔法使いとして頂点に君臨していた彼女が神の言葉を聞き入れるはずもなく、すげなく断られていたのだ。



 それを危惧したサファロデは、少しだけ神としての権限を使ってある一人の魔法使いが生まれるように細工を施した。それが、ペンドリクスを打ち負かした魔法使いである。



 余談となってしまうが、ペンドリクスを倒したその魔法使いは、彼女と同じく国に取り込まれることを恐れ、人里離れた森の奥へと姿を消し、その後誰もその姿を見たものはいなかった。



 ちなみに、その魔法使いも女性であり、ペンドリクスほどではないが、それなりに整った顔立ちをしていたため、自身が第二のペンドリクスになることを危惧していたようだ。



「……まあ、いいわ。とにかくそういうことだから、ありがとう」


「別にあんたのためとか世界のためにやったわけじゃないけどな」


「それでもよ。ところで、何かお礼をしたいと思うのだけれど、何かない?」


「ふーむ」



 サファロデの言葉に、一瞬彼女のおっぱいを揉ませてもらおうと思ったが、それはまた別の機会に取っておくべきであると考え、今回は違う提案をすることにする。



「なら、今俺悩んでいることを解決してくれ」


「あら、おっぱいじゃなくていいの?」


「心を読んだのか? それはまた次の機会にとっておこう。それで悩みなんだが」


「そうねぇー。ライラって王女がいたわよね? あの子のお姉さんにメイラっていう王女がいるんだけど、どうも目が覚めないまま昏睡状態になってるらしいわ」


「げっ、王族関連の話かよ」



 秋雨が提案したのは、現在自分を悩ませている妙な違和感の原因を聞くというものであった。全知全能とはいかないまでも、女神と呼ばれる存在が、彼が抱いている違和感の正体を知らないはずはない。そう考えた結果、サファロデに直接聞いてみることを今回の礼としたのだ。



 そして、出てきたのは意外にも王族関連の話であり、秋雨は思わず顔を顰める。



 彼が最も関わり合いになりたくない王族が原因ということで、ただでさえライラと国王の二人に認識されているというのに、これ以上王族に関われば面倒事は避けられない。



「それをなんとかすればいいってわけか。もし、放置したらどうなる?」


「そうね、いずれ隣国との戦争が起こってそれに巻き込まれることになるでしょうね。隣国の王子があるパーティーでそのメイラって王女に一目惚れして結婚するんだけど、それで戦争が回避されることになってるのよ。でも、このままメイラが眠ったままだとパーティーに出られないでしょ? だから、王子が彼女に一目惚れすることはなくなって、隣国との関係が悪くなった結果、戦争に発展するっていう感じかしら」


「なるほどな。それで俺の違和感が消えないのか。てか、そんなもの初見でわかるわけないだろ」


「まあ、そういうことだから頑張ってちょうだい。じゃあ、またね」



 用は済んだとばかりに、サファロデは秋雨をもとの世界へと送り返す。目を開けた彼が見たものは、いつもの慣れ親しんだ宿の部屋であった。

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