第127話



「あれれー、おかしいぞぉー?」



 秋雨がメイラの契約魔法を解除した時を同じくして、ダンジョン深部にいたある人物が反応を見せる。



 以前、王都バッテンガムでスタンピードを起こした張本人である魔族リースであった。



 スタンピードが終息した後もダンジョンの奥深くで研究を続けており、毎日実験漬けの日々を送っていた。



 さて、そんなリースがどうして今もなおダンジョンに留まり続けているのかといえば、彼女にとって必要となる貴重な実験サンプルがまだ王都に存在していたからである。



 王女メイラが昏睡状態に陥った原因は、契約魔法によるものであるということが秋雨の手によって解明されている。だが、一つだけわからない点があるとすれば、一体誰がメイラに契約魔法をかけたかということである。



 それが、このリースという魔族だった。



「ボクがあの被検体(サンプル)にかけた魔法が解けた? そんな馬鹿な。あり得ない」



 突如として起こった出来事に、試験管を持つ手が止まる。そして、視線を地上へと向けながら、今起こったことが信じられないとばかりに悪態を口にする。



 一体どのような手段でメイラに契約魔法をかけたのかは知らないが、リースが彼女に契約魔法をかけた理由は、いずれ人間の中でも特別な血統を持つ存在である王族を調べるためであった。



 特にメイラに特別な感情を抱いていたというわけではなく、手近な王族として目に付いただけであり、彼女が選ばれた理由はたまたまという何とも災難としか言いようのないものであった。



 そんなことはこの際置いておくとして、リースにとって重要な問題は“なぜ契約魔法が解除されたのか?”という一点のみだ。



 秋雨が予想した通り、病や呪いや幻術ではなく、彼女が契約魔法を選択したのは第三者による治療が困難であったからだ。先の三つの方法であれば、病は医術と薬で、呪いは神官の解呪の魔法で、幻術は同じ幻術使いの幻術を解く魔法によってどうにかできてしまう可能性が高く、確実性が乏しい。



 その一方で、体内魔鍵(インサイドマジックキー)を用いた契約魔法であれば、自分以外の人間がそれを解除しようとするのは極めて困難である。もしそんな人間がいるとすれば、余程魔力の操作や制御に長けた者でなければ、どうこうできるシロモノではない。



 そして、秋雨はそんなシロモノをどうこうできてしまった。それは、魔力というものを十全に理解し、それを巧みに操作・制御できる人間であるという証であり、そんな人間がいるということにマッド気質なリースが興味を持つのは当然であった。



「一体、どんなやつがボクの体内魔鍵を解除したんだろうねー。興味はあるけど、今王都は結界が張られちゃってるし、中に入れなくなってるんだよねー」



 秋雨が念のため王都に張った結界によって、リースはおろか魔族の侵入を許さない状態となっており、かなりの戦力を投入しなければ突破することは難しくなっていた。



 彼女としては、メイラと体内魔鍵を解いた人物以外は特に興味のない場所であるため、さほど問題はないのだが、それでも自分の術を破った人物に会ってみたいと思うのは至極当然な感情であった。



「ん? 王都の中にいない?」



 数十分ほど思案に耽っていたリースであったが、すぐに持ち前の好奇心を発揮し、メイラの体内に残った魔力の残滓を調べてみた。その結果、契約魔法を破った人物が王都内にいないことを彼女は知る。



 結界の外に出ているともなれば、それは即ち会いに行けるということであるため、思い立ったがなんとやらとばかりに彼女は実験を一時止め、転移魔法でダンジョンの外へと出た。



「魔力が動いているのは、あっちか。動いている速さから見て、飛行魔法を使ってるみたいだね」



 そう口にすると、すぐに飛行魔法を使って彼女は動いている相手の魔力を頼りに行動を開始する。



 数十キロというスピードで景色を置き去りにするリースは、魔力を頼りにそれを追いかける。しばらく追いかけっこが続いたが、どうやら相手が追いかけられていることに気づき、速度が急に上がった。



「バレたか、まあもうすぐ追いつくから問題ないけどねー」



 そう言いつつ、自分も飛行速度を上げ、目標に向かって飛んでいく。しばらく追いかけっこが続いたが、突然魔力が王都の近くへと動いた。



「転移魔法か。まあ、ボクも転移魔法が使えるから、意味ないけどねー」



 そういいつつ、再び転移魔法で王都近郊へと戻ってきたリースであったが、これは相手の罠であった。彼女が転移した先に待っていたのは、魔族に特化した結界の中であったのだ。



「こ、これは。どうやら、あの被検体の契約魔法を解除したやつと、王都に結界を張ったやつは同一人物のようだねー。迂闊だったね」



 リースが転移した先にあったもの。それは、直径が五メートルほどの球体状の結界であった。すぐにそれが魔族に対して有効な結界であることを悟ったリースは、自分が罠に嵌められたことを理解する。



 転移した先に即座に結界を展開し、自らは魔力放出を限りなくゼロにして場所の特定をさせないようにするという二段構えを取ってきた。まさに、相手の作戦勝ちである。



「結界の規模から見て、永続的に発動し続けるものじゃない。精々が、五日ってところかな。でも、それだけ離れられたら、魔力による探知は不可能だね」



 自らが置かれた状況を冷静に分析し、現時点をもってこれ以上の追跡が困難であることをリースは理解する。そして、五日もの間相手が移動したであろう距離の場所から魔力を察知することはできないと判断した。



「まあ、今回は縁がなかったということで見逃してあげるよ。でも、魔力の質は覚えた。次はないよ」



 自分を出し抜いた姿の見えない相手に、リースはぽつりと呟く。そして、宙に浮いたまま胡坐をかき、結界が解ける五日間どうやって時間潰しをしようかに思考を傾けるのであった。

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