第109話
「さて、これですべての戦力を差し向けたことになるんだけど。まさか、キング種まで出すことになるなんてねー。人間もなかなかやるじゃん」
バッテンガムのダンジョン深部にある九十階層にとある人物がいた。それは人ならざる者の証でもある紫色の肌と、黒の白目に黄色い瞳を持った存在……魔族であった。
ぼさっとした銀の長髪を掻き分けながら、遠くの光景を見通す魔法を使って、自身の作り出した状況を確認している。
鈴を転がしたような声音から女性であると推察されるものの、凹凸のない貧相な体つきであるため、一見すると男性のようにも見える。
本人はそのことを気にしており、かれこれ数十年、成長の兆しが見えない肉体に嫌気が差していた。
そんなコンプレックスを持つ彼女であるが、先の言葉からも今起きているスタンピードを起こした犯人であり、経った今最後の戦力であったキング種を戦場に送り込んだところであった。
「結果としては上々だね。ダンジョンを暴走させ、スタンピードを起こす実験は成功といっていいかな。でも、第二陣を潰した魔法を使ったやつが気になるな」
彼女の目的は、ダンジョンを意図的に暴走させ、その際に起きる氾濫を利用しモンスターたちを地上へ差し向けるという実験を行っていた。
種族の特性として圧倒的な力を持つ魔族であるが、魔族の中にも肉体的な強さではなく魔法的な強さしか持たない者もおり、後者である彼女はこういった実験を繰り返すことで、自分に足りない肉体的な強さを補おうとしていた。
その実験の過程でどれだけの人間が死のうとも、彼女が罪悪感を覚えることはない。どれだけの人間が犠牲になろうが、自分の実験に関われたということで光栄に思うべきだとすら考えているからである。
それだけ魔族という種族は自分勝手な存在であり、他種族がどうなろうとも知ったことではないのだ。
「ん? だぁーれ? 今いいとこなのに」
そろそろ実験の結果が出そうなところ、突然彼女が身に着けている胸のペンダントが光り輝く。それは魔道具であり、遠くに離れた相手と会話することができる代物だ。
しかも、ただ会話できるだけではなく、地球でいうところのテレビデオのように姿を映し出した状態で会話することができ、なかなか高性能な魔道具である。
「誰だい? 今忙しいんだけど?」
「はぁい、リース。お久しぶりね。相変わらず平たい体をしているわね」
「なんだマリアナか。そっちこそ、無駄な贅肉が付きまくっているみたいだね。少し分けてくれないかい?」
「遠慮しておくわ。貴女が言うと冗談に聞こえないから」
彼女……リースに連絡を寄こしてきたのは、秋雨が邂逅したいつぞやの女魔族マリアナであった。魔道具によって映し出された彼女の姿は、相変わらず妖艶で、女性としての色香が漂う。
その一方で、リースのお子ちゃまな体型を見ると、これが同じ種族の女性であるのかと思ってしまうほどに二人の間には絶望的な差があったのだ。
「それで、一体なんの用なんだい?」
「貴女、今バルバド王国の王都にいたわよね?」
「そうだけど、それがなに?」
「何か変わったことはないかしら? 例えば、王都全体が謎の結界に包まれたとか」
「なにそれ? わけがわからないよ」
秋雨と邂逅したその後、グリムファームとラビラタの二つの都市に魔族に対して有効な結界が張られていることに気づいたマリアナは、その調査を行っていた。
その結果、結界を張ったのが同一人物であることを突き止めた彼女は、次に件の人物が結界を張るとすれば主要都市である王都ではないかと当たりをつけたのだ。
そこで思い出したのが、王都のダンジョンで研究を行っていたリースを思い出したため、魔道具を使って連絡を寄こしたというのが経緯であった。
「というわけよ」
「ふーん。残念だけど、そんな結界は張られていないよ。そもそも、あの規模の都市を覆いつくすほど巨大な結界を張るなんて人間には無理じゃないかな?」
事情を説明されたリースであったが、思い返してみてもそのような結界が張られた痕跡は彼女の記憶にはない。第一、人口が百万人規模の大都市を覆いつくしてしまうような結界を張る場合、とてつもない量の魔力を消費することになり、それは魔族であっても難しいことであった。
だというのに、それを種族として劣る人間が成しえるなどあり得ないとリースは考えていた。仮に数百人、数千人という規模の人間が集まれば、困難ではあれど不可能ではない。しかし、その全員が緻密な魔力コントロールが可能であり、一人一人が他の人間と魔力を同調できた場合というものすごくピンポイントな条件が揃ったときに限られる。
そんな稀有な条件がそうそう揃うはずもなく、事実上王都レベルの大都市に結界を張るというのは不可能であるというのがリースの出した結論であった。
「でも、実際にそれなりの都市である二つの拠点に結界が張られていることは事実なのよ。少なくとも、魔族に対して敵意を持っている何者かが結界を張ったということは間違いないわ」
「へえ、そんなやつがいるのなら、是非とも会ってみたいものだねぇー」
「そんなこと言って、貴女に目をつけられたら最後、人体実験と称して解剖されるのが関の山じゃないの」
肉体的な強さを持たないリースにとって、それを補うためにいろいろなアプローチで研究を進めている。言うなれば、マッドサイエンティストというやつであり、そんな人物が対魔族の結界を張る人間を目の前にすればどんなことが起こるのかは想像に難くない。
「まあ、現時点で王都に結界が張られてはいないから安心して――おや?」
「どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。話はそれだけ? じゃあもう切るね」
「あっ、ちょ、待ちなさ――」
マリアナの制止も聞かず、一方的に通信を切るリース。まさにマイペースであるが、それが彼女なのだから仕方がない。
そして、彼女が通信を切った理由はそれだけではなく、戦場の様子がおかしいと感じたからである。
「これはまさか……弱体化の魔法?」
戦場の様子が映し出されたモニターには、明らかに動きの鈍ったモンスターの姿があり、それが魔法的な要因によることをリースは一目で看破する。
そして、さらに厄介なことにその場にかけられた魔法は一つだけではなかった。
「人間側には強化魔法がかけられている? 馬鹿な、二つの魔法を同時展開している……だと?」
魔族の中にも、複数の魔法を同時に使用することのできる人物は存在する。だが、それがあまり魔法に秀でていない他種族であれば話は変わってくる。
例えば、魔法との親和性が高いエルフなどであれば、複数魔法の同時展開は不可能ではないだろう。しかし、目の前に映し出された映像にはエルフはどこにもおらず人族しか映っていない。
「人間如きが、弱体化と強化の魔法を同時展開したとでも? 馬鹿な。あり、得ない」
可能性の一つを口にするも、すぐにそれをリースは否定する。いくら魔法に秀でている魔族であっても、あれだけの数のモンスターと人間に対し、弱体化と強化の魔法を同時に展開し続けることなど不可能に近い。
それこそ魔族並の魔力量と魔力コントロールを完璧にこなさなければ、あの魔法を同時に展開することはできないとリースは結論付ける。だが、それを成しているのが人間であるということが信じられない様子だ。
「もしかして、この魔法を使ってるやつがマリアナの言ってた結界を張った人間かな? ……ちぃ、魔力の出所がわからない。どいつが魔法を使ってるかこれじゃあわからない」
一万人を超える人間の中から、一体誰が魔法を使っているのか探ってみる。だが、魔法を使っている人間は一人ではなく、それこそ数千人と存在する。その中から特定の一人を見つけ出すなど困難であり、その事実にリースは舌打ちする。
「どちらにせよ。新しく調べなきゃいけないことができたみたいだね」
最後のモンスターが討ち取られた光景を目にしながら、リースはその艶のある唇をにやりと吊り上げた。
秋雨の知らないところで、再び魔族に目をつけられることになってしまったのである。
「とりあえず、今回の実験は成功したし、次は君の番だよ」
未だ正体を掴めぬ謎の魔法使いに向け、リースは静かに呟いた。
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