第110話



(とりあえず、直接攻撃はバレるから誰かに倒してもらうというのが前提だな)



 戦場の状況を見ながら、秋雨はそんなことを考える。現実問題、ここで秋雨自身が単独で特攻するのが、この場をおさめるという点において最も効率がいい。だが、それには実力が他者に露見するというリスクを伴ってしまう。



 もはや今更なことなのかもしれないが、秋雨が自分の実力を隠して日々を送っていきたい願望があることは言うまでもないことだが、実際完璧に実力を隠しきれているのかと問われれば、首を傾げざるを得ない。



 本当に実力を隠しきれているのならば、最初の拠点であるグリムファームから移動する必要性はなかっただろうし、今も宿屋の看板娘だったケイトとよろしくやっていただろう。



 だが、現実は拠点を二回も移すことになっており、今も王族であるライラに目をつけられている状態なのだ。これで実力を隠せているなどとどの口が言うのかと突っ込まざるを得ない。



 つまり、秋雨が今回の戦いに介入するのは得策ではなく、かといってこのまま何もしなければ甚大な被害が出ることは明白な状態であり、対処するためには誰にも悟られないように介入する必要があるということだ。



(あっ、いいことを思いついたぞ)



 どうしたものかと悩ませていたそのとき、秋雨の頭に妙案が思い浮かぶ。



 秋雨自身が介入することはできない、だが介入しなければ被害が出る。であるならば、直接的なものではなく間接的な介入を行えばいいのだ。



(では、さっそく。我が敵に枷を【全能力弱体化(オールラウンドシャックル)】、我が戦友に力を【全能力強化(オールラウンドウォークライ)】!!)



 秋雨が考え付いた方法、それは敵に弱体化の魔法をかけ、味方に強化の魔法を施すやり方だ。



 実力が露見する内容としてよくある事例は、強大な敵を自らの手で打倒した場合が多い。客観的に見てもわかりやすく、○○を倒せる実力があるということで、強さとしての指標にもなる。



 直接的に敵を打倒するという行為が実力の露見に繋がるのであれば、その役割を誰かにやらせればいい。所謂身代わりだ。だが、その誰かが敵を打倒する実力が不足していた場合、無駄な犠牲を出してしまうことになる。



 そこで敵を弱体化させることで被害のリスクを軽減し、逆に身代わりとなる人物を強化すれば、多少実力が不足していてもそれを補うことが可能になると秋雨は考えたのだ。



「グォォォ」


「急に動きが鈍ったぞ!」


「今がチャンスだ! 畳み掛けろ!!」



 秋雨の支援を受け、戦っていた冒険者や騎士たちが攻勢に打って出る。本来はAランクやSランクに分類されているゴブリンキングやオーガキングなども、彼の弱体化の魔法を受け、その脅威度も下がっており、今戦っている人間でも十分に対処が可能だった。



 さらに秋雨の強化魔法によって普段の実力に上乗せされた状態となっており、Bランクの実力を持つ者はAランクに、Aランクの実力を持つ者はSランクにまで上昇している。



 その中でも一際異彩を放っていたのは、将軍姫と呼ばれているライラであった。もともとAランク冒険者に匹敵する実力を持った彼女が秋雨の強化魔法を受けたことで、Sランク相当の実力になり、弱体化の魔法によってSランクモンスターはAランクにまで弱っていた。



 冒険者とモンスターの階級においてBランクとAランクには隔絶した実力差があり、さらにAランクとSランクはそれ以上の差があると言われている。SランクモンスターがAランクに下がり、Aランクの実力者がSランクになったことで、形勢は確実に人間側に傾いていった。



「な、なんだこれは!?」


「急に戦えるようになったぞ」


「相手が弱かったのか?」


「いや違う。相手が弱いんじゃねぇ」


「俺たちが、強い、のか?」


「と、とにかくこの機会を逃すな!!」



 状況の変化に戸惑う冒険者たちであったが、臨機応変に対応していき、脅威度の高いモンスターから順々に撃破していく。しかし、その状況下でも激しく抵抗するモンスターがいた。



「グォォォ」


「ちぃ、オーガエンペラーだと!? よりにもよって、キング種の突然変異個体とは」



 キング種の中から稀に出現すると言われているエンペラー種という最上位個体が存在する。その中でも特に凶悪凶暴であり、弱体化を受けてもなおその実力はSランクに留まり続ける圧倒的存在がいた。



 オーガエンペラー……オーガという種の頂点に君臨し、種族の垣根を超えて下位種のモンスターたちを従えるまさにモンスターの皇帝である。



(あんなやつもいたのか)



 秋雨自身、キング種が出現した時点で警戒していたのだが、その中でも特に警戒をしていたのが、このオーガエンペラーである。



 四メートルを超える巨体に戦うために存在しているかのような盛り上がった筋肉、しかしながらその瞳には状況を冷静に判断する知性が感じられ、それだけでも脅威である。



 さらに加えて周囲をキング種で固め自身の守りを確実にしつつ、戦場で最も脅威となる存在を見極める狡猾さを持ち、今もその見極めのためじっと動かず目だけをぎょろぎょろと動かしていた。



「ガアアアアア」


「くるか。いいだろう、相手になってやる!」



 オーガエンペラーの見極めが終わり、戦場の中で最も脅威と判断した相手であるライラへと向かっていく。その一方で、オーガエンペラーを迎え撃つべく迎撃の構えをライラが取る。



「ガア」


「当たらなければどうということは、ない!!」


「グオオオ」



 接近してきたオーガエンペラーが、その拳をライラに向かって振り下ろす。しかしながら、その拳は地面に突き刺さるだけで、肝心の標的を捉えることはなかった。



 そして、攻撃が空振りに終わったあとの隙を狙い、カウンターでライラが剣戟を見舞う。しかし、鋼のような腕は傷一つ付くことはなく、ダメージはほとんどない。



 ちょこまかと動く獲物に決定的な一打を与えることができないオーガエンペラーと、攻撃を回避し相手の隙をついて一撃を与えるもその防御を貫通することができないライラの一進一退の攻防が繰り広げられる。



 それに気づいた周囲が魔法や矢を放って支援するも、それすら意に返さず、オーガエンペラーは暴れ狂っていた。



(弱体化していてこの強さとは、今の俺でもやばそうだな。……しかたない。大地よ、沼となりて敵を封じる足枷となれ【沼の呪縛(スワンプバインド)】、瓦解せよ【防御力低下(アーマーブレイク)】)



 このままでは状況が変わらないと判断した秋雨は、さらに動きを封じる魔法と防御力を低下させる魔法をピンポイントでオーガエンペラーに使用する。



 だが、すでに二つの魔法を同時展開している彼にとって、さらに追加で二つの魔法を展開するのは簡単なことではなく、これ以上の支援はできない。



「ガアアアアア」


「こ、これは。急に斬れるようになった?」



 それでもオーガエンペラーの動きが止まり、弾かれていた攻撃が通るようになれば、戦っている者にとっては十分な支援となる。そこからは、一方的なライラの攻撃によって徐々にオーガエンペラーが追い詰められていく。



 それに気づいた他のキング種が助けに入ろうとするも、それは他の者たちによって阻止され、いよいよ戦いに終止符が打たれようとしていた。



「これで終わりだ!!」



 最後に込められた剣の一撃は、今日ライラが放った攻撃の中でも最高のものであり、その一撃を受けたオーガエンペラーの首が胴体から切り離される。



 いくら最上位個体のモンスターといえど、生物という枠組みに入っている以上頭を切断されてしまえば、生命活動を維持することはできない。それでも、首が切り離されても即死することはなく、最後のあがきとばかりにライラを怨嗟の籠った目で睨み続け、しばらくしてようやく動かなくなった。



 それから、残ったモンスターたちも順々に撃破され、こうしてスタンピードは幕を閉じたのであった。

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