第108話



「あれが、氾濫したモンスターか」


「凄い数だ」


「百や二百どころの話ではないな」


「だが、千には届いてないみてぇだな」


「腕が鳴るぜ……」



 王都バッテンガムの北門を出た先にあるダンジョンより、モンスターが王都に向けて迫ってきている。ダンジョンの周辺には、冒険者が利用しやすい宿場町が形成されており、今回のスタンピードで少なくない被害をもたらしていた。



 それに対処するべく冒険者たちが迫りくるモンスターと対峙し、各々が戦闘態勢を取っている状態であり、先の会話はそんな彼ら彼女らから発せられた言葉である。



(まったく、面倒なことになったもんだ)



 その中に混じって、他の冒険者と同様に秋雨もスタンピードをどうにかすべく、戦いに参加していた。



 目の前には、ゴブリンや一角ウサギといった低ランクのモンスターがこちらに向かって進行しており、その数は五百にまで届くという数だ。



 しかしながら、国一番の都市であるということと、ダンジョンがあり冒険者が活動しやすいという点から、冒険者自体の絶対数が多い。



 少なく見積もっても三千人は下らない冒険者の数に、今回のスタンピードは楽勝ムードが漂っていた。



「報告! 後方からさらにモンスターの増援!!」


「数は?」


「その数、約二千!」


「ちぃ、新手か。モンスターの種類は!?」


「ダンジョンマンティス・ダンジョンアント・ダンジョンバッタ・ダンジョンビー・ダンジョンキャタピラーなどダンジョン産のモンスターがメインのようです」


「野郎ども、聞いた通りだ。気合を入れなおせ!!」



 しかし、斥候の報告によって新たに二千のモンスターの増援があったという報告が寄せられた。その種類はダンジョンにのみ出現すると言われているモンスターばかりで、ランク自体はEからDの間くらいの強さを持っている。



 それでも、今回参戦した冒険者の数に比べれば難なく対処できる数字であり、少しだけ難易度が上がった程度でしかなかった……のだが。



「さらに報告! 新手のモンスターのさらに後方から増援を視認しました。数は五千。モンスターの種類は、オーク・トロール・オーガといったCランク以上のモンスターばかりのようです」


「くそが、次から次へと湧いて出やがって」


(これやばくね?)



 二転三転する状況に、秋雨はどこか嫌な予感を覚えていた。実力的には、まだまだ彼一人でどうとでもなるレベルではあるのだが、さらにもっと強力なモンスターが待ち構えていそうな雰囲気を感じ取った。



 新しく出てきたモンスターのランクがまだ高位ランクではないということもあるが、ダンジョンがまだモンスターを出し惜しみしているように感じていたからである。



 だが、数を出し惜しみしているのはモンスター側だけではなく、人間サイドも同じことであるからして……。



「待たせたなグレイド殿」


「おお、これはライラ殿下ではありませんか。このような場所で会うとは奇遇ですな」



 そこに現れたのは、秋雨が関わり合いになりたくないランキング上位のライラであった。王国の軍事面の業務に携わっている彼女が国の一大事に出張ってこないはずもなく、王都を守護する兵士や騎士たちを引き連れてやってくるのは当然のことだ。



 人口百万人にも及ぶ大都市ということもあって、それを守る兵士や騎士の数は並大抵のものではない。ライラが率いてきたのは、実に一万を超える大軍であった。



(また数の有利が逆転しやがった。話の展開が変わり過ぎだろ! どこの【なろう】だ!!)



 状況の変化に追いつけず、秋雨の前世の某Web小説投稿サイトの名前を心の中で叫んでしまう。それだけ目まぐるしい状況の変化が起きているのだ。



「さて、グレイド殿。状況を聞こうか」


「はっ、当初はゴブリンや一角ウサギなどの低ランクモンスター五百程度でしたが、ダンジョンの奥から続々とモンスターの増援が確認されており、現在は七千強の数にまで膨れ上がっております」


「なるほど、どうやら一万の兵を動員したのは取り越し苦労にならずに済みそうだ。これで軍部の上の連中にも言い訳が立つというものだ」


「殿下の慧眼、このグレイド感服いたしました。さすがはバルバド王国の【将軍姫(シェネラルプリンセス)】ですな」


「ふん、念には念を入れたというだけだ。大したことではない」


(将軍姫て……とんだじゃじゃ馬だな)



 ライラとグレイドの会話を気付かれないよう気配を殺して盗み聞く秋雨が、思わずそんな感想を抱く。事前に聞かされていたのは、たった五百のスタンピードだったはずであるにもかかわらず、彼女が動員した兵力はその二十倍に相当する一万だ。



 一体どんな計算をすれば、そんな方程式が成り立つのかは凡人のあずかり知らぬところではある。だが、結果的にはそれくらいの兵力が現状必須であり、ただの偶然にしてもライラの判断が正しかったと言わざるを得ない状況が生み出されてしまっていた。



 軍部の責任を預かる人間からすれば、そんな馬鹿みたいな話があるかと嘆きたいだろうが、現実問題そういった事態が目の前で起きている以上、理不尽ではあるがその馬鹿みたいな話は実在するということである。



「総員戦闘態勢! まずは遠距離から敵の数を削っていく。弓兵構え! 十分に敵を引き付けろ!!」



 ライラの指揮に従って兵士や騎士、そして弓の使える冒険者も矢をつがえ、いつでも放てるよう備える。そして、彼女の号令によってスタンピードを止める戦いの火蓋が切って落とされる。



「放てぇー!!」



 ライラの合図とともに千を超える矢が放たれる。それはまさに矢の雨といったところで、最前線にいたモンスターたちに降り注いだ。



「ギャ」


「グゲッ」


「キュウ」



 雨のように降り注ぐ矢の集中砲火を受け、ゴブリンや一角ウサギが即座に戦闘不能状態となる。しかし、まだまだ後方にモンスターが控えており、その死骸を踏み越えて第二陣が前へと躍り出てくる。



「魔法部隊詠唱開始せよ。詠唱が整い次第、各個魔法を放て! 弓兵も引き続き攻撃せよ!!」



 次に動いたのは、魔法部隊と呼ばれる魔法使いで編成された部隊だ。主に広範囲に攻撃を与える役割を担っており、主に点ではなく面での攻撃を得意とする。



「【火球の礫(ファイヤーボール)】!」


「【石の弾丸(ストーンバレット)】!」


「【風の刃(ウインドエッジ)】!」


「【水の奔流(アクアウェーブ)】!」



 詠唱が開始され、各自で魔法を撃ち込んでいく、それは強力なものでありゴブリンよりも上位種であるダンジョン産のモンスターたちをいともたやすく屠っていく。



 しかしながら、魔法というのは無限に放てるものではなく、魔力がなくなってしまえば撃てなくなるものであり、魔法使いは残りの魔力に気を配る必要があった。



(ほう、なかなか壮大な光景だ。どれ、俺もひと当てしてみるか)



 他の魔法使いに触発されたのか、秋雨も攻撃に参加するべく体内の魔力を練り上げる。そして、そこから強力な一撃が放たれることになる。



(すべてを押し流せ【水の大瀑布(マリンウェアフォール)】!)



 それはまるで大自然が生んだ脅威そのものであり、三メートルにも及ぶ高潮がモンスターたちに襲いかかる。ただの水と侮るなかれ。圧倒的な質量を持つ水の力はいかなるものをも押し流す脅威となり、流れに逆らうものをすべて押し流す。



 秋雨が放った魔法はモンスターに大打撃を与える。これにより第二陣のモンスターが一掃された。



 もちろん、秋雨は自分が魔法を使ったということを隠して魔法を使用しているため、彼がやったと気づいた者はいない。



 そして、残ったのはCランク以上のモンスターで構成される第三陣であり、ここからは直接的な白兵戦へと突入することとなる。



「騎馬兵部隊前へ! 全軍抜剣。騎馬の突撃後、全軍で敵を迎え撃つ!!」



 馬に乗った騎士たちによる騎馬隊が前へ出る。そして、ライラの号令に合わせ、全軍が剣を抜き放ち、いよいよ直接対決が始まろうとしていた。



 全員に緊迫した雰囲気が漂う中、ライラの号令で第三陣との戦いが始まった。



「騎馬隊突撃せよ!! 行くぞ者共!! 全軍、突撃ぃー!!!」


『うおおおおおおおお』



 彼女の号令と共に、騎馬隊がモンスターへと突っ込む。馬の膂力と騎乗する騎士から繰り出される攻撃は強力で、いかにCランクのモンスターといえども、その勢いを止めることはできない。



 そして、騎馬隊を追うようにして突撃してくる一万を超える兵力もまた強力であり、モンスターたちを蹂躙していく。だが、敵もさるもので徐々にではあるが人間側の攻撃に対応して反撃を加えてくるモンスターが出始め、少なくない被害をもたらしている。



「恐れるな! 一人で対処するのではなく、複数で対処するのだ!!」


「ほ、報告します!! 新たにモンスターの増援を確認。キング種、ゴブリンキング、オークキング、トロールキング、オーガキングです!!」


「ば、馬鹿な……あり、えない」


(ほう、なかなか強そうなモンスターだな。さて、どう対処したものか)



 人間側が有利に戦いを進める中、さらに戦場の状況が変化する。一体何が起こっているのかとライラは一瞬戸惑いを見せる。その一方で、不敵な笑みを張り付けた秋雨は、新手のモンスターを見据えながら、どう料理してくれようかと言わんばかりに舌なめずりをした。

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