第99話



 泊っている宿を出た秋雨は、バッテンガムの街並みを観察していた。バルバド王国の中で随一の繁栄を誇る都市ということだけあって、その賑わいは今まで見てきた中でも一番である。



 王都は八角形の外壁によって囲まれており、東西南北の門の他に北東、北西、南西、南東の計八つの門が存在している。



 たくさんの入り口があるため、それをチェックする兵士は大変だろうが、その分検問に割いている人員の数も多いため、それだけの入り口があってもなんとか機能しているようだ。



 そして、その王都の内部には各区画を区切るための内壁が存在しており、八角形の中に二重丸や三重丸を描いたような形となっている。



 当然だが、王都というだけあってその中心部にはこの国を統治する存在の権威を誇示するかのように王城がそびえ立っており、言わずもがなそこには国王や他の王族が住んでいる。



「……王城か。あまり近づきたくはない場所だな」



 勢いで王都にやってきてしまった秋雨であるが、彼に言わせれば異世界において最も警戒すべき存在であるといっても過言ではないのが王族である。



 大抵の異世界ファンタジーでトラブルを呼び込む存在として描かれることが多く、勇者召喚においてもそのほとんどの利用者が王族だ。たまに、教会や神殿などといった宗教系の組織も勇者召喚を行うことがあるが、王族と比べればその頻度は少ないだろう。



 あるいは、我が儘な国王、または王子や姫によって無茶ぶりともいえる要求をされる主人公もおり、彼ら彼女らの我が儘に振り回されるといった描写も少なくはない。



 すべての王族がそうとは言わないが、まともな人間性を持っていて常識的かつ良識的な王族など、片手で数えるほどしかないのではないかと思えるほどに希少価値の高い存在ではないだろうか。



 そういったこともあって、秋雨はできれば王族とは関わり合いになりたくはないと考えており、王都では特に目立った行動は避けるべきであるとふんどしを締めてかかる心づもりで王家のお膝元に足を踏み入れたのであった。



「とりあえず、目立った行動さえしなければ、あの連中がしゃしゃり出てくることもあるまい。基本的には王城に引きこもってるヒッキーだろうからな」



 などと、王族に対してあまりにあまりな言い草だが、事実王族が王城から出てくることは滅多になく、特に国王や王妃、その他王位継承権の高い王族であればあるほど、政争において命を狙われる危険性が高いため、護衛のやりやすい王城から離れるという愚行を犯さないようにしているのだ。



「まあ、あいつらのことはどうでもいいとしてだ。今日は王都の地理を覚えるとしよう」



 いつまでも王族にこだわっているのは時間の無駄だとばかりに、秋雨は王都の散策を楽しむことにする。見た目はただ観光を楽しんでいるだけに見えるが、その実はどこにどんな建物が存在しているのか、人気の少ない裏路地がどこにあるのか、人の流れがどのようになっているかなどといった細かい部分をつぶさに観察している。



 秋雨にとって情報というのはなによりも重要なものであり、現代でも知らず知らずのうちに罪を犯してしまい、気付いた時には警察の厄介になっていたという事案もある。



 その時の犯人がよく口にするのは「そんな法律があったなんて知らなかった」というものであり、まるでその法律を知っていれば罪を犯すことはなかったと言っているが、それとこれとは別であり、法律の穴を突いてそういった犯罪行為に手を染めていたであろうことは想像に難くない。



 といった具合に、少し脱線してしまったが情報というのはなによりも重要であり、知っているのと知らないのとでは雲泥の差となるのだ。



 だからこそ、秋雨が情報収集を怠ることはなく、たまに出ている露店の店員や道中で話している人の会話にも耳を傾けていた。



「知ってるか?」


「ん、何がだ?」


「三の姫様が急病でお倒れになられたそうだ」


「そりゃあ大変だ。早く元気になられるといいが」



 人の話す内容でも様々な情報が得られ、何の目的もなく歩きながら人の会話に耳を傾けるだけでも有益な情報を手に入れることができるのである。



(三の姫か……嫌な予感がする)



 世の中にはフラグというものが存在し、そういった情報を耳にしてしまったことでその先の展開が決まってしまうといったことが起きる時がある。これをマーフィーの法則といい、端的に言えば、起きてほしくないと思っている出来事ほど起こりやすく、起こってほしいと思う出来事ほど起こらないといった事象のようなものだ。



 具体的な例としては、TVゲームなど確率で手に入るアイテムがあり、それが欲しくて挑んだ結果、決まってそのアイテムだけ手に入らないことがある。一般的には【物欲センサー】と呼ばれるものであり、これもまたマーフィーの法則に分類されるものだ。



 結局なにが言いたいのかといえば、不穏な情報を聞いたことで自身もそれに巻き込まれる可能性があり、避けては通れなくなってしまうというどうしようもない状態になっていくということである。



「そこの少年止まれ!」


「……」



 そんなことを考えていた秋雨の背後から透き通った声が掛けられる。周囲は喧騒に包まれているというのに、なぜかその声はよく通り彼の耳に入ってくる。



 だが、後ろから声を掛けられていることでその相手が自分ではないという希望的観測のもとに、秋雨が止まることはない。だが、先ほども言ったようにフラグというものは厄介なものであるからして……。



「そこの茶色い髪の少年、私の声が聞こえないのか!? 止まれと言っている!!」


「お、俺ですか?」



 周囲にいる茶色の髪の少年は秋雨しかないかったため、さすがにこれで気付かないなどという言い訳は通じず、仕方なく振り返る。すると、そこにいたのは神々しいまでの美貌を持った女性であった。



 白馬に跨り、その厳しくも美しい立ち姿は、まさに王者の風格を漂わせている。その姿に誰もが膝をついて頭を垂れるほどなのだが、このとき一瞬秋雨の反応が遅れた。



「貴様、このお方をどなたと心得る。恐れ多くも、国王陛下のご息女であらせられるバルバド王国第二王女ライラ殿下であるぞ。図が高い。控えおろう!!」


「へ、へへぇー(って、どこの黄門様だ!!)」



 心の中でツッコミを入れつつも、逆らったら不敬罪で首が飛びかねないため、秋雨は素直に両膝を折って土下座をするようなポーズで平伏する。すると、ぽかりぽかりと馬が近づいてくる音が聞こえ、彼の手前で停止する気配がした。



「少年、名はなんという?」


「フォールレインでございます」


「フォールレインよ。私の問いに答えよ。お前は、この王都に災いをもたらすためにやってきた存在か?」


「はい?」



 ライラの言葉に、秋雨は素っ頓狂な声を上げた。








 ライラが秋雨と接触する少し前、彼女は日課となっている街の警邏に赴いていた。



 彼女は所属的には王家の一員となっているが、主に担当しているのは政務関連ではなく、どちらかといえば治安維持などの軍事関係だ。



 その関係上、王都の警邏業務を行うこともあり、今日も街へと繰り出していた。



「二の姫様だ」


「おお、相変わらず神々しい」


「まるで戦女神じゃ」



 白馬と荘厳な姿の姫君はやはり映えるようで、まるで神話の物語の一節を見ているかのような神秘的な光景として映し出されており、王都の人々はその姿から【戦女神】と崇められていた。



「今日も王都は平和なようだ」


「これもひとえに、殿下御自ら街の治安に邁進している賜物かと」



 馬上から行きかう人々を眺めつつ、そのようなことを呟く。その呟きに同行している騎士から、彼女を称える言葉が掛けられる。その言葉に嘘偽りはなく、本当にそう思っているからこそ出た言葉であるが、彼女自身大したことをしていないと感じていた。



「民たちが安心して暮らせる場所を守るのは我ら王家の務め。私はバルバド王国の王族として当然のことをやっているまでだ」


「そのお言葉を当たり前のように口にされる殿下は、まさに王家の鑑にございます」



 そのようなやり取りをしていると、ふとライラの視界の端に気になる人物を発見する。そのいで立ちは軽装に身を包んだ駆け出し冒険者のそれだったが、纏っている雰囲気がとてつもない強者のそれであったのだ。



(な、なんだあの者は!? あれだけの威圧を放っている者が、何故ああも何食わぬ顔で歩いている?)



 そこにあったのは、違和感としか表現できないほどの威圧感を持った少年であった。しかも、そんな少年がまるで田舎者丸出しできょろきょろと視線を彷徨わせている姿は実にシュールな光景であり、いったいなんの冗談なのかと言わざるを得ない。



(とにかく、確かめてみなければなるまい……)



 意を決して声を掛けてみれば、普通のどこにでもいるような少年であり、特におかしな点は見られない。だが、その雰囲気は変わらず圧倒的で、油断すればその圧力に飲み込まれてしまいそうであった。



「フォールレインよ。私の問いに答えよ。お前は、この王都に災いをもたらすためにやってきた存在か?」


「はい?」



 その問いによって素っ頓狂な声を上げたその少年の姿に、ライラは内心で笑いを堪えるのに必死であった。

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