第九章 王都バッテンガム

第98話



「ここが王都バッテンガムか」



 そう言いながら、幅十メートル以上もある幅広の大通りをきょろきょろと秋雨が見渡す。



 彼がラビラタを出立してから実に十日弱。ようやくバルバド王国の王都であるバッテンガムに辿り着いた。



 どことなく聞いたことがある名前のような気がするが、あくまでもここは異世界であるからして、他人の空似ならぬ他世界の空似……要はたまたま似た名前だっただけだということだ。



 王都を目指す道中なにもなかったわけではなく、中世ヨーロッパ程度の文明力しかないこの世界では治安はあまり良くない。それ故に、王都に辿り着くまでの間かなりの頻度で盗賊に襲われている馬車を見かけた。



 助ける義務などはなかったが、もののついでとばかりに盗賊を排除して回った。その結果、王都までの道中の治安が良くなり、物の流通が活発になることを秋雨は知らない。



 余談だが、助けた人間の中には彼好みの胸の大きな少女や妙齢の女性が含まれており、お礼と称して「胸を触らせてくれないか?」と要求していたようだ。



 もちろん、拒否されることも多かったが汚らわしい盗賊の慰み者にならずに済んだことを考えれば、ちょっと胸を触らせる程度のことは女性たちにとっては大したことではなかったようで、かなりの確率で胸を触らせてくれた。



 そういった意味では「人助けはしてみるもんだなー」と思った彼だったが、そもそも見返りを求めないで助けるというのが美学であり、その姿勢に対して相手が自主的に何かお礼をするのであって、助けた側から要求することではない。



 ちなみに、慎重派である彼が人前に姿を現すという愚行を犯すことはなく、お得意の光学迷彩を使って女性と接触していたことは言うまでもない。そこまでして胸を触りたいのかと彼の行動には呆れるばかりであるが、そのことを指摘すると「そこまでだ!!」と力強い反応を示されることが容易に予想できてしまうのがなんとも悲しいことである。



 そんなこんなで邪な理由とはいえ、人助けをしながらやってきた王都であるが、国一番の都市というだけあってその規模はかなりのものだ。



 バッテンガムの人口はおよそ百万人だが、その規模の人口を支えるには相当な面積が必要であり、実質的に国で最も規模の大きい都市になるのは必然なのかもしれない。



 バッテンガムの構造は、国王を始めとした王族たちが住まう王城を中心としていくつもの城壁がそびえ立ち、貴族たちが住む貴族街、有力商人などの富裕層が住む富豪街、一般の市民が住む住宅街、そして貧困層たちが住む貧困街といった具合に区分けが行われている。



 もちろん、住居区以外にも冒険者ギルドや商業ギルド、役所や図書館などといった公共施設などが点在する公共区と呼ばれる区画も存在し、それ以外だと商会などが経営する商業区、職人たちの工房がある区画など用途に合わせて特定の建物が多く密集している。



 そして、これはあくまでもそういった傾向というだけであって、どんな分野でも変わり者はいるため、あえてまったく関係のない場所に工房や商会などが建っていたりもする。そのため、あくまでも一つの基準として見られることが多い。



「おっと、ごめんよー。……ぐっ」


「ああ、こっちこそすまない」


「……ちっ」



 かなり人が密集している場所であるため、スリなどの軽犯罪が起きることが多く、秋雨をカモだと思ったのかわざとぶつかってくる人間がいた。



 もっとも、その程度の相手にどうこうされる秋雨ではなく、すれ違いざまに出してきた相手の手をまるでつまみ食いをしようとした人間を止めるかのように叩き落した。



 割と強めに叩いたことで盗人がぐぐもった声を出すが、軽く舌打ちをしてすぐに去って行った。



 秋雨も特に追うことはせずそのまま歩を進めて行くが、明らかに田舎から出てきたお上りさんの少年という見た目をしているため、その後何度かカモ扱いで近寄ってくる輩がいた。



 相手の手をしばらく叩き落としていると、しばらくしてそういった人間は来なくなったので、まずは冒険者ギルドを目指す。



 さて、ここで言い忘れていたが、秋雨の見た目は日本人らしい黒髪黒目をした少年の姿だが、今の彼は茶髪の青い瞳をした少年に変装している。



(グリムファームとラビラタでかなり目立ってしまったからな。ここいらで見た目を偽装した方がいいだろう)



 という理由から秋雨は変装することを思いついた。そして、今までの行動パターンから自分の正体がバレる可能性に思い至った彼は、この王都では普通の少年冒険者として振舞うことにしたのである。



「ここが王都の冒険者ギルドか。やはりデカいな」



 道中にあった露店の店員などから冒険者ギルドの場所を聞き出した秋雨は、その案内に従って冒険者ギルドへと辿り着く。造りは石製のレンガで頑丈そうな印象を受ける。



 肝心の内装については今までのギルドと同様で、木製の床に入り口から向かって左側に受付カウンターがあり、右側には十数組のテーブルと椅子が設置され、ちらほらと冒険者たちが酒をあおっている姿から酒場兼食事処だと推察される。



「いらっしゃい、何か用か?」


「冒険者登録をお願いします」


「わかった。これに記入してくれ」



 空いていた受付カウンターには、無愛想な男性職員がいた。秋雨が登録を頼みたいと言うと、スムーズに登録手続きをしてくれる。



 ちなみに、冒険者の登録には料金はかからないが、登録後一か月以内に依頼を受けなければ登録が抹消されてしまう。



 ただ身分証を得るために登録する者もいるため、このような措置が取られているが、それでも冒険者とはいえ特定の組織から保証される身分というのは魅力的のようで、そういった目的で冒険者登録する者は後を絶たない。



 男性から登録の書類を受け取った秋雨は、必要事項をすらすらと記入していく。今回は念には念を入れ、丁寧な口調の少年を演じることにし、ギルドに訪れる時間帯も他の冒険者同様明るいうちに足を運ぶことにした。



(ギルド自体が一つのまとまった組織だからな。そこには、目には見えない横のつながりがあるはずだ。俺の情報が他のギルドに共有されている可能性は高いと見た方がいい)



 秋雨が前世でよく利用していたコンビニで、よく好んでサンドイッチを購入していた。そこでたまたま耳にしたのが【サンドイッチ男】というどこぞの芸人を思わせるあだ名だった。



 コンビニという一つの組織内で、そういった呼び名が共通認識として知れ渡っているということは、同じ系列のコンビニでもその情報を共有している可能性は十分に考えられる。



 だから、初めて利用するコンビニでも「あれが噂のサンドイッチ男か」とコンビニ店員の間で有名人として認識されてしまうということはあり得る話なのだ。



 もっとも、よくサンドイッチを購入するというだけでは情報としては弱いかもしれないが、営業妨害レベルの迷惑行為をしてくる客であれば、周辺のコンビニでも有益な情報として共有されることはあるだろう。



 そういった点を考慮し、自分の情報がすでに冒険者ギルドで共有されていることを予想した秋雨は、先手を打って新しい人物像で冒険者活動を行うことにしたのである。



「書けました」


「ん。……特に問題はなさそうだな。じゃあ、これがギルドカードだ。ギルドの規定についてはこの冊子で確認してくれ」



 そう言って、渡されたギルドカードを秋雨は確認する。そこにはこのような記載がされていた。




【名前】:フォールレイン


【年齢】:15歳


【使用する武器】:剣


【特技】:なし


【ランク】:G


【クエスト達成数】なし


【現在受注しているクエスト】:なし




 名前は、本名の秋雨をそのまま英語に変えフォールレインとした。そして、使える武器は剣のみとし、魔法は使えないということにしておいた。



 これならば、どこにでもいるただの剣士としてしか見えないだろうし、口調自体も人前では敬語をメインに使っていくつもりであり、なおかつ見た目も黒髪黒目ではく茶髪青目のどこにでもいそうな少年となっている。



(これならば、仮にミランダが追っかけてきたところで他人であると言い張れる。完璧な作戦だ。ふふふふ……)



 そう内心でほくそ笑みながら男性職員に礼を言いつつ、おすすめの宿を聞き出した秋雨は冒険者ギルドをあとにした。



 ここでテンプレ通りならば、厳つい見た目をした先輩冒険者が絡んでくるのだろうが、比較的治安のいい王都ではそういったことは起こらない。仮に起こったとしても、他の冒険者が止めに入ったりするような暗黙のルールが設けられているため、新人冒険者にとっては有難い話であった。



 しばらく、王都の街並みを眺めながら近寄ってくるスリを躱しつつ歩いていると、目的の宿を発見する。



「いらっしゃいませー、お食事ですか? それともお泊りですか?」


「泊りでお願いします」


「かしこまりました。料金は食事付きで銀貨二枚、なしだと銀貨一枚と大銅貨五枚となっておりますが」


「とりあえず、食事付きを三日分でお願いします」


「では、銀貨六枚になりまーす」



 応対してくれたのは、秋雨と同世代の少女であり、ブロンドに緑色の瞳がチャーミングで、発育がいいのか同世代の女の子と比べて胸が大きかった。



(いかん、いかんぞ秋雨。ここで胸のことについて言及してはならん!)



 自分がグリムファームやラビラタで活動していた冒険者だとバレないようにするためには、女性についてある程度性的な言動を節制する必要があると考えていた。



 事実ミランダに対して「おっぱいが素晴らしい。おっぱいが素晴らしい」と連呼していた記憶があり、仮に彼女が王都まで追いかけてきて自分に辿り着いた時、自分とアキーサが別人だと思わせるためにも、日頃からそういった言動を抑えておく必要があるのだ。



「あのー? どうか、しましたか?」


「いえ、なんでもないです。自分はフォールレインといいます。これから、お世話になります」


「私はケリーです。この宿の店員やってます。こちらこそ、よろしくお願いします」



 簡単な自己紹介を済ませ、鍵を受け取って部屋へと向かう。



 さすが王都の宿だけあって、今まで秋雨が泊ってきた部屋とは異なり、部屋数が多く一階にも部屋があった。だが、ギルドの紹介する宿とあってか、それなりに宿泊客が多く、彼の部屋は今まで通り二階の部屋割となってしまう。



 階段を上り、廊下を歩いていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。



「ああ、ジョージ。今日もたくましいわ」


「アンジェラもいつにもまして素晴らしいよ」


「ジョージ」


「アンジェラ」


(ちぃ、リア充どもめ、盛ってんじゃねぞ!!)



 それから、女性の艶のある声が聞こえてきたため、内心で悪態をつきつつも、秋雨は部屋へと向かった。彼自身、人のことを言えた日々を送っているとは思えないのだが、灯台下暗しなのか、そのことを棚上げしてしまっている。



 ともかく、部屋へとやってきた秋雨は今後の活動拠点となる場所の確認を始める。広さは今までの部屋よりも少し広く、冒険者が泊まることが多いためか、大きめのベッドが設置されている。



 調度品などはなく、簡素なテーブルと椅子に衣類などを入れておくためのタンスとクローゼット、帽子やコートをかけておく立て掛けが設置されており、一通りのものが揃っている。



 窓を開けると、立地のいい場所なのかちょうどいい角度で日差しが差し込み、ポカポカ陽気な気分にさせてくれる。



「さて、舞台はいよいよ王都編へと突入する。物語的には第三部といったとことか」



 などと言いながら、今後の予定を頭の中で組み立てていくが、結局のところいつもと変わらず街の散策を行うということで決着がつく。



 時刻は昼を少し過ぎたところであり、まだ昼食を食べていなかったため、秋雨は部屋に鍵をかけて一階へと下りる。



 この宿も例にもれず一階に酒場と食堂を兼ねた食事処があり、昼のピークを過ぎたが、それなりの客で賑わっていた。



「いらっしゃい、ご注文は?」


「肉とサラダとスープで、あとパンもお願いします」


「なら、Aランチのセットだね。少々お待ちを~」



 席に座ると、すぐにウエイターの女の子が注文を取りに来る。十代中頃のショートヘアーが可愛い褐色肌の女の子で、むちっりした体型の巨乳美人さんである。何がとは言わないが、おそらくFだろう。



 しばらくして料理が運ばれてきたので、秋雨はすぐに食べ始める。



「うん、なかなか美味いな」



 客の入りを見るからにかなり繁盛しているとは思っていた秋雨であったが、期待通りの味であった。これならば、宿泊客でなくとも食事だけをしに来る客もいるくらいの味であると彼は納得する。



 腹が減っていたということもあって、一人前の料理をぺろりと平らげた秋雨は、受付に鍵を預け街へと繰り出すことにした。

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