第100話
(い、いきなり何を言ってるんだ? 俺が災いをもたらすだと……?)
突然の問い掛けに、わけわかめな状態となってしまう秋雨であったが、ライラの表情はきりりとした真剣な表情を浮かべているため、それが決して冗談ではないことがわかる。
仮に彼女が本気で言っているのだとすれば、どういった意図でそんな突拍子もないようなことを聞いているのかわからず、秋雨は彼女の問いに答えあぐねていたが、ひとまずはその問いに素直に答えてみた。
「質問の意味がよくわかりませんが、少なくとも冒険者が王都にやってくるのはダンジョンが目的だからですよ? それに、もし僕がこの王都に災いをもたらす存在であるのなら、こんな真っ昼間の往来でほっつき歩いているはずがないと思いますが?」
「そ、それは、確かにそうだが……」
反論しようのない正論をぶつけられたことで、ライラも秋雨の返答に困惑していた。その隙をついて秋雨はこっそりと彼女に鑑定をかけてみることにする。
名前:ライラ・フィル・テスラ・バルバド
年齢:17
職業:バルバド王国第二王女・王族
ステータス:
レベル41
体力 148966
魔力 119765
筋力 2188
持久力 1799
素早さ 2533
賢さ 2044
精神力 2521
運 3366
スキル:身体制御Lv2、格闘術Lv3、剣術Lv4
炎魔法Lv2、風魔法Lv3、光魔法Lv2、生活魔法Lv2
(ふーん、一般ピーポーにしてはやるじゃん。ああ、王女だから一般ピーポーではないか)
ライラのステータスを鑑定したときに出た秋雨の感想はそれであった。一般人と比べればかなりの強さを持っているが、今の自分と比較すればそれほど強敵には感じない。
ただ、彼が一番初めに戦ったヴァルヴァロスという魔族といい勝負をする程度といったところであり、はっきり言ってしまえば今更感が強い気がしていた。
「王女殿下、僕のような些末な存在を相手にさせるなどあってはなりません。是非とも、お役目に戻られてください」
「……」
秋雨は自分という存在を下に見せることで、上位者であるライラの顔を立てる形を取ったがその実は異なりを持っている。一見すると、相手の立場を慮った丁寧な言葉であるが、実際に彼の言っていることはこうである。
“俺に構うな! 今観光を楽しんどんじゃボケェ”、“俺に構ってる暇があるんなら、テメェの仕事をきちんとこなしてからにしやがれこの役立たずが!!”
そんな意味が込められているなどとは思うはずもなく、ただの気のせいだったのかと思い始めるライラであったが、それに待ったをかける人物がいた。
「貴様、言わせておけば。ライラ殿下に指図する気か?」
「そんなつもりは――」
「ええい黙れ! この者をひっ捕らえろ!!」
「はっ」
「よろしいのですか? このような往来の場でそのようなことを口にされるなど」
「なに?」
秋雨の言葉に、彼を捕らえよと指示を出した騎士が訝し気な顔をする。その顔で何も理解できていないことを知った秋雨は、あからさまな溜息とともに事情を話し始める。
「この場には我々以外にも民たちが見ております。そして、どういった経緯で僕に声を掛けてきたのかも見ている。そんな状態で僕を捕らえれば、民たちには“何もしていない人間を罪人として連行した存在”として見られるでしょう。そうなった場合、その悪評はあなたではなくその上司にあたるライラ殿下がすべて被ることになるのですが、それを理解しておいでですか?」
「っ!?」
そこまで言われて騎士は初めて自分の仕出かしたことを理解する。そして、次の瞬間には苦虫を噛み潰したような顔で秋雨を睨みつけた。
「もうよい」
「殿下。しかし」
「その少年の言うとおりだ。今回は引く。だが、忘れるなフォールレイン。この王都で少しでもおかしな真似をすればお前を捕らえる」
「肝に銘じます。あなた様も一国の姫としてのお立場をもう少しご理解された方がよろしいことを進言致します。あなた様の悪評はバルバド王家のみならず、現国王陛下の評価も落としかねないということを」
「くっ、行くぞ!!」
ライラの言葉にカウンターパンチを食らわせるように苦言を呈する秋雨。それは彼女にとって“お前こそ、王族としての立場や務めをもっと理解しろや。そんなんじゃ他の王族や父親である国王まで悪くみられるぞ?”と言われている気がして、彼の言葉は彼女の心を大きく抉った。
踵を返して去って行くライラたちを見据えながら、秋雨は後悔の念に苛まれていた。彼が考えていたことはたった一つである。
(やらかしたぁー! 王女相手に何を宣ってるんだ俺はぁー!!)
あまりに横柄な態度に思わず反論してしまったが、下手をすれば不敬罪でその場で打ち首もあり得た案件だ。それだけ、王族の持つ権威は大きく、彼女が白と言えば黒いものも白となってしまうのである。
「目、つけられたかな? これは、初っ端から先行きが怪しくなってきやがった」
ライラたちの後姿を見送ると、秋雨も未だ野次馬がいる中彼らから逃げるようにその場を後にした。
「ふ、ふふふふふふ」
「殿下?」
「ベルトン。あの者の言、聞いていたな?」
「はっ、しかと。不敬罪で斬首いたしますか?」
秋雨と別れたライラは、しばらくすると不敵な笑みを張り付け先ほどの彼とのやり取りを思い出す。そして、お付きの騎士に件の少年との出来事を改めて問いただす。
一見すると、秋雨の放った言葉は不敬極まりないものであり、王族であるライラにそのような物言いができるのは、国王を含めても数えるほどだ。であるからして、ベルトンの言ったように不敬罪で極刑に処せられても不思議ではなかった。
「馬鹿者! それでは、あの者が言っていたことを認めることになってしまうではないか! 重要なのは、あの少年がそれをすべて見越した上で宣ったということにある」
「……すべて、あの少年の掌の上だったと?」
「ああ、間違いなくこちらが不敬罪を適用させない言い方であの場を乗り切ったことになるな。しかも、こちらの王族としてのあれこれに苦言を呈するというおまけ付きでだ。そんな状態であやつを不敬罪で処刑しようものなら、私が王族として未熟者であると自ら認めたことになってしまうだろう」
「な、なんという姑息な」
もちろん、秋雨にそんな意図は断じてなく、ただムカついたから“お前調子に乗んなよ”という感情でその場の勢いのままに口にしてしまっただけなのだが、ライラにとってはこちらのカードを封じるための最善の手を打ってきたという印象に映ったらしい。
「それは違うぞベルトン。逆だ逆」
「逆、でございますか」
「我々にも、ああいった形で付け入る隙があるということを暗に教えてくれたのだ。あの場を乗り切るためだけならば、ただ許しを請うだけで済んだだろうからな。そういった意味では、あやつの言う通り私はまだまだ未熟なのかもしれんな」
「そ、そのようなことは」
「よい。だが、このまましてやられただけの状態は癪だ。ベルトン、あのフォールレインという少年。目を離す出ないぞ?」
「……承知いたしました。何人か、うちの手のものを付けさせます」
やはりというべきか、あの年齢でそこまでの策略を巡らす秋雨に対し、危機感を抱くのは当然のことであり、ライラは監視を付けるよう指示を出す。
まさか、そこまでの大事になっているとは夢にも思わない秋雨であるが、すべては身から出た錆……自業自得といってもいい彼の失態である。
こうして、王族であるライラに目を付けられることになってしまった秋雨であったが、たかが数人の監視が付いた程度で彼を止められるはずもなく、彼女たちは彼に翻弄されることとなるのであった。
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