第89話



「ここだ」



 そう言って、ギムルは秋雨をとある場所へと案内した。彼が提案した内容は、世話になっている知り合いの商人に買い取ってもらい、その買取金から剣の代金を支払うということになったのだ。



 秋雨としては、欲にまみれた商人と顔見知りになること自体あまり望むところではないのだが、ギムルの説明では彼と同じく口は堅いということらしいので、やむなくその商人に頼ることを了承した形だ。



 ギムル曰く、メタリカ鉱石の相場自体がわからず、一体どれくらいの値段をつけるべきなのかという細かい査定ができないため、それを知り合いの商人にやってもらうということらしい。



 品物の良し悪しだけであれば、職人であるギムルでもできるのだが、それを具体的な金額として算出する時、一体いくらの値をつければいいのかわからないということであった。



 実のところ、彼の店に陳列してある品もその知り合いの商人の査定をそのまま使ったもので、自分が値付けした商品は一つもないのだという。



「それ商売人としてはどうなんだ?」


「ガハハハッ、あいつに任しておけば問題ない!」


「……」



 全幅の信頼を寄せると言えば聞こえはいいが、要はすべてそいつに丸投げしているという完全に責任を押し付けているだけの行為である。



 そんなギムルの態度に隠すことなく秋雨は呆れた表情を浮かべるが、そんなことなど気にした様子もなく彼はその商人が営む商会へと入っていく。



「おう、チャールズはいるか?」


「これはギムル様。確認してきますので、少々お待ちください」


「面倒だ。このままやつのいるところに入らせてもらう」


「ギ、ギムル様!?」



 細かいことを嫌うドワーフの気質がそうさせるのか、直接件の商人のもとへ行こうとするギムル。秋雨としても、面倒な手続きを踏むという手間を省けるのならば何の問題もないため、そのまま彼の後ろをついていく。



 商会のバックヤードに入り、さらに奥にある廊下を進んだ突き当りに一枚のドアがあった。それをノックもなしに勢い良く開け放ったギムルは、開口一番こう言い放った。



「おう、チャールズ。来たぞ」


「……来たぞじゃない。いつも言っているだろうギムル。俺に会うときは、ちゃんとした手続きを踏めと。何度言ったらわかるんだ」


「いいじゃねぇか。俺とお前の仲だろ」


「まったく……」



 そこにいたのは、執務机で書類と睨み合っている男性だった。年の頃は四十代くらいの中年男性で、生え揃った口髭とふくよかな体型に商人特有の背の低い帽子を被っている姿は、まさに某国民的RPGに登場する商人を思わせる。



 いきなりやってきた闖入者に呆れた視線を向けている彼であったが、その後ろに秋雨の姿を認めると、すぐにギムルに投げ掛ける。



「それで、その後ろにいる少年は何者かね?」


「とりあえず、人払いを」


「……わかった」



 その後やってきた従業員にしばらくこの部屋に誰も近づけないよう指示を出した彼は、秋雨に自己紹介をした。



「初めまして、俺はこの商会【チャールズ商会】で商会長をやってるチャールズ・アキンドーという者だ」


「秋雨だ。冒険者をやっている」



 チャールズの自己紹介に対し、短く簡潔に自己紹介をする。それを聞いて困惑の表情を浮かべるチャールズは、どういうことだと言わんばかりにギムルに視線を向けた。



「実はかくかくしかじかというわけなんだ」


「そんな説明でわかるわけ――」


「なるほど、お前が作った剣の代金と引き換えにある素材で物々交換しようとしたが、その素材の相場がわからないから困っていると。だから俺のところに来たというわけだな」


「……」



 チャールズの理解力に信じられないといった顔を向ける秋雨。そんな様子の彼を見たギムルが、豪快な笑い声を上げながら彼に説明する。



「俺とこいつはガキの頃からの付き合いでな。詳しく説明せんでも俺の言いたいことをなんとなくわかってくれんだ」


「幼馴染ってやつか」


「俺としては、グラマラスな超絶美人が幼馴染に欲しかったがな」


「抜かせ! そりゃあ俺だって同じだ。誰が好き好んでむさくるしい髭もじゃ親父と幼馴染になりたいと思う?」


「なんだとチャールズ! 大した髭もねぇつんつるてんが、生意気言ってんじゃねぇ!!」


「誰がつんつるてんだギムル! 俺はハゲてねぇぞ!! そういうお前こそ、最近生え際が怪しいんじゃないのか?」


「なにぃ!」


「なんだぁ!」



 それから、売り言葉に買い言葉の喧嘩が始まる。幸いなことに、二人とも踏み越えてはいけない領域をわきまえているのか、ただの口喧嘩に留まっており、肉体を使った喧嘩には至っていない。



 それでも、お互いに一歩も引かない状況が続き、それこそ手が出そうになりかけたが、痺れを切らした秋雨が割って入った。



「いい加減にしろおっさんども!!」


「「ぐべらっ」」



 至近距離で睨み合う中年男性二人の頭にチョップを落とす。手加減したとはいえ、その勢いはかなりのもので、二人とも床に叩きつけられる。



 しばらくして復活した二人だったが、秋雨のやった行為にご立腹のようで、二人して抗議の声を上げた。



「坊主、なにするんだ?」


「いきなり横暴すぎやしないか?」


「どうやらまた食らいたいらしいな。なんか文句でもあるのか? 今度はグーでいってもいいんだぞ? ああ?」


「「ありません。すみませんでした」」



 その後、年若い少年に中年男性二人が説教されるという何ともシュールな光景が広がっていたが、一通り説教が終わると当初の目的を果たすべく、秋雨は二人を促した。



「それで、話を進めろ」


「お、おう。それでお前に買い取ってもらいてぇ素材があんだ。坊主、出してくれ」


「これだ」



 そう言って、秋雨は手持ちから例の鉱石を取り出す。それを見た瞬間チャールズの語気がおかしなことになる。



「こ、ここここここ、これはぁー!?」


「おめぇも鶏を飼ってんのかよ……」



 メタリカ鉱石を見せたとき、ギムルが取ったリアクションと似たような反応が返ってきたことで、似たもの夫婦ならぬ似たもの幼馴染だなと秋雨は内心で呆れる。もしこの二人が男女の幼馴染であったなら、秋雨は間違いなく「もうお前ら結婚しろよ」というツッコミをしていたこは言うまでもない。



「ど、どこでこれを手に入れた!? 言え! いや、吐け!!」


「お、俺じゃねぇよ。俺が坊主を連れてきたのを見てたろうが! だったら、出所が誰かくらいわかんだろ!!」



 メタリカ鉱石を見たチャールズの反応はギムル以上で、執務などやっていられるかとばかりに椅子から立ち上がると、ギムルの胸倉を掴んで彼に詰め寄った。



 実際メタリカ鉱石をチャールズに見せるために取り出したのは秋雨であり、彼もその光景を見ていたはずなのだが、なぜかギムルに出所を聞くというおかしな状況になっていた。



 状況的に考えれば、メタリカ鉱石を持ち込んだのが秋雨であるということは明白であるからして、特に隠すことではない。だが、チャールズのあまりの剣幕からかそれとも胸倉を掴まれたことで服が首に食い込みその息苦しさから逃れるためそうしたのかは定かではないが、早々にメタリカ鉱石の出所が秋雨であるということをギムルが明かした。



「アキサメ少年。こいつの言っていることは本当かね?」


「ああ、本当だ。で、いくらになる?」



 チャールズの問いに短く答えた秋雨は、矢継ぎ早にメタリカ鉱石の値段を聞く。まるで出所については聞くなという態度であるが、ただ単に説明が面倒くさかったというのが本音だ。



 どちらにせよ、買い取り希望の客であるため、チャールズは余計なことは聞かず値段を伝えた。



「そもそもメタリカ鉱石自体が、なかなかお目にかかれるものじゃない。素材の有用性も高いことから末端価格でも金貨百枚は下らない」


「ほう」



 予想していた金額よりも二倍ほど高い金額であったため、秋雨は内心でほくそ笑む。思わぬ臨時収入に喜んでいると、さらにチャールズが言葉を続けた。



「素材もなかなかのもので、ある一定の技術を持つ人間でなければ加工自体が困難だ。だが、加工できれば相当な業物ができるのは確実だ」


「実際、今の俺じゃあ無理だな。ここらで加工できそうなのは、王都で一番の鍛冶師くれぇだろう」


「そう、絶対に加工できないわけじゃない。加工できる鍛冶師はいる。さらに、ここ数年でメタリカ鉱石が出たっていう話は聞いてない。そのことから入手難易度は超絶的に高いことは明白だ。冒険者ギルドに依頼として出すなら、最低金貨百五十枚の依頼になる」


「五十枚追加されたな。で、結局いくらよ」


「金貨二百五十枚でどうだ!?」


「うーん」



 チャールズの言葉に秋雨は唸る。それは、メタリカ鉱石というものがそれほどの価値があるのかという反応であったのだが、どうやらそれを金額に不満があると受け取ったようで、さらに値段を吊り上げてきた。



「なら、金貨三百枚!!」


「一つ聞くが、仮に金貨三百枚で買って売れる見込みはあるのか?」


「十分にある。それこそ高位貴族や王族になら金貨千枚でも買う人間はいるだろうな」


「ふーん」


「あっ」



 どうやらチャールズは気付いたようで、しまったという顔を浮かべる。意図したわけではないが、秋雨の質問によってメタリカ鉱石の売値が露呈する結果になってしまったのだ。



 金貨千枚のものをその三分の一以下の値段で買い取ろうとしたことになり、はっきり言って足元を見ているとしか思えない。



 しかしながら、普段生活している中で店に売っている商品の原価が〇〇で、売値との差が〇〇であるから店の儲けは商品一個当たり〇〇などということを考えている客はおらず、秋雨もその例に漏れることなくそういったことは気にしていない。



 それでも、できるだけ高く買い取ってもらいたいという気持ちがないわけではなく、ましてやプロの商人が金貨千枚で売れると豪語するのならば、多少は色をつけて買い取ってもそれなりに利益が出るのだろうと結論付けた。



「金貨五百枚」


「さ、三百五十」


「四百五十」


「よ、四百」


「四百三十。五百枚以上の儲けが出るんだ。俺が売る気になっている間にこれで納得しておいた方がいいと思うんだが?」


「わ、わかった。金貨四百三十枚でいい」


「それが賢明だな」



 二倍以上の利益を生み出す品を逃したくなかったのか、秋雨の脅し文句が効いたのかはわからないが、当初の買取金額よりも百五十枚以上高値で買い取ることに成功した。



 二人が交渉している間、段々と秋雨に対する呆れた視線が強くなっていき、思わずギムルが彼に投げ掛ける。



「坊主、容赦ねぇな」


「本来なら、金貨八百枚でも利益が出るものを半分程度で納得したんだ。むしろ感謝してほしいくらいだ」


「……」



 そう言われると返す言葉がないようで、ついにはギムルも押し黙ってしまう。一方でそれを聞いたチャールズも額から汗が流れ落ちているところを見るに、秋雨の言っていることが間違っていないことを物語っていた。



 ただ、忘れてはいけないのが、今の秋雨は悪目立ちしたくないということでわざわざ口の堅い商人を紹介してもらっている立場であり、買取についても依頼している側なのである。



 なぜ、ここまで上から強気に交渉できるのかは甚だ疑問なのだが、そういったことを差し引いてもメタリカ鉱石の希少性を考えれば、ここで逃してなるものかというチャールズの強い意志があり、立場的には上であっても最終的にメタリカ鉱石を売るかどうかは秋雨本人次第であることに変わりはなかった。



 そのため、秋雨の強気な交渉でも彼が引くことはなく、むしろ想定している売値の半分以下の値段で買い取れたことはチャールズにとって僥倖であったと言ってもいい。



 それから、メタリカ鉱石の買取金の金貨四百三十枚を受け取った秋雨は、その場でギムルに剣の代金である金貨十五枚を支払うと、商会をあとにした。その後、ギムルと防具の話になり、防具については既製品のものを見繕ってもらい、これで装備については新しいものに更新された。



 防具の代金を支払った後、ギムルとも別れた秋雨は、その足でダンジョンに潜ることにしたのだった。



 余談だが、メタリカ鉱石を手に入れたチャールズがさっそく商人としての伝手を使って売りに出したところ、最終的に金貨千五百枚という値で売れたため、チャールズとしては大儲けでほくほく顔であったのだが、それはまた別の話である。

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