第八章 ダンジョンの最下層
第90話
90話
「こちらがアキーサ君の条件に合った女性冒険者のミランダさんです」
「……」
大金を手に入れた翌日、冒険者ギルドにやってきた秋雨は突然そんなことをシェリルの口から聞かされる。そして、紹介された女性冒険者というのが何の因果か、彼の見知った人物であったのだ。
誰かといえば、秋雨が街の散策をしている際、襲われそうになっていたところを秘密裏に助け出した女冒険者であり、その時「俺のおっぱいが!」という恥ずかしい台詞を宣った相手でもあった。
(た、確かに長身で短髪で爆乳で美人な冒険者だが、まさか俺の無茶ぶりな条件に合う人間がいるとは思わないだろ!!)
「これで、パーティーを組んでもらえますよね?」
シェリルのしてやったりな顔はともかくとして、秋雨はため息を一つ吐くと、彼女に反論を開始する。
「確かに、俺の提示した条件に見合う冒険者ではある。だが、大事なことを忘れてはいないかね? ワトソン君」
「私シェリルですけど」
「そんなことはわかっている。とにかくだ。俺はこう言ったはずだ。“考えてやらんこともない”と。条件に合う人間が出てくれば、必ずパーティーを組むなんてことは一言も言っていないのだよ。ワトソン君」
「だから、シェリルですってば。そんな子供みたいな言い訳……」
「まだいたいけな少年ですが? 何か?」
「どの口が言うんだか……」
「ちょっといいか?」
秋雨とシェリルの二人が口論していると、横からミランダが割ってい入った。彼女は怪訝な表情をしており、見るからに今の状況を理解していないといった様子だ。
「あたしも、シェリルに何の説明もないままこんな夜中に呼び出されたんだけど? まさかとは思うけど、その少年とパーティーを組めって話じゃないだろうな?」
「……マジかよ。詳しい説明してなかったのか? 普通するだろ」
「二人が揃ったときに説明した方が手間が省けると思っただけです。それに、私が説明するまでもなく状況はわかったじゃないですか」
この言い草である。自分が詳しい説明をしていないことを棚に上げ、結果的に意図が伝わったのだからよいではないかという自分勝手な意見を言っているのだ。
そんな開き直るシェリルに二人のジト目が突き刺さる。彼女の説明不足を小一時間ほど追及したいと考えた秋雨だが、今はそれよりも確認するべきことを優先することにする。
「ミランダさん、だっけ? いくつか質問してもいいか?」
「なんだ?」
「おっぱ……ケフン、失礼。あんたのランクはいくつなんだ?」
「……? Cだ」
「聞いたかシェリル。この時点で、俺がこの人とパーティーを組むことはあり得ない」
「なんでですか?」
途中よからぬことを口走ろうとしていたが、秋雨が彼女に聞きたかったことは、冒険者としての格であるランクだ。パーティーを組む際に重要になってくるのは、冒険者同士のランクであり、このランクがかけ離れている場合、圧倒的な戦力差が生じてしまう。
つまりは、パーティーを組む際の理想的なランクは、同じランクを持つ者かランクの差が一つしか違わない者だ。
「つまり、俺のランクがEで彼女がCということは、二つも離れている。一つならまだなんとかなったかもしれないが、これでは戦力に差が出てしまい、とてもではないがまともな連携を取ることはできないだろう」
「……」
(ほう)
秋雨のもっともな指摘に、シェリルは反論する言葉がなく、ミランダは内心で感心していた。冷静に相手と自分の実力を客観的に捉え、隠すことなく事実として口にする。これができる人間が一体どれだけいることか。
ましてや、それが低ランクの部類に入るEランクの若い冒険者が言っているのだから、それがどれだけ稀有なことであるかは想像に難くない。
「ということで、今回の話はなかったことに――」
「いや、あたしは構わない」
「え?」
「お前に興味が湧いてきた。一度お試しでパーティーを組もう。合わなければ、またソロに戻ればいいだけだからな」
秋雨が口八丁でその場をやりきろうとしたところ、それを遮るかのようにミランダがパーティー結成を承諾してきた。
彼女の意外な申し出に目を白黒させる秋雨だったが、これにシェリルが顔を輝かせる。二人とも難色を示していたところから一転して、片方が承諾したとなれば、あとはもう片方を説得すれば問題ないという状況にまで逆転した。
「アキーサ君、どうですか? 一度でいいので、ミランダさんとパーティーを組んでみるというのは?」
「……」
「お願いします! 先っちょ、先っちょだけでいいんです!!」
「それ、意味が違うから」
一体そんな言葉をどこから仕入れてきたのか知らないが、明らかに間違った表現で使われていることに、秋雨は呆れた表情を浮かべる。
そして、改めてミランダとパーティーを組む利点について精査する。彼女のランクがCということは、彼女と組めば二十階層までの立ち入りが許可されることになる。秋雨としても、目立った行動を避けるためにも自身のランクをできるだけ上げないようにしたい思いがあり、そういった意味では彼女とパーティー組むということに一応の旨味はある。
(それに、このおっぱいをみすみす逃すのは……ごくり)
秋雨らしいといえばらしいが、ミランダの持つ肩書と同等以上に彼女の胸に執着している様子だ。それだけ男にとっては重大な案件であり、女性には永遠に理解されないであろうくだらないことなのだが、今の彼は真剣に彼女のおっぱいと慎重な行動をする事案を天秤にかけていた。それだけ、おっぱいは偉大なのである。
「いいだろう。一度だけ組んでみるとしよう」
「本当ですか!? やったぁー!」
これでパーティーが結成されることになったのだが、なぜか一番喜んでいるのが当人同士ではなくシェリルというおかしな状況であったが、彼女には秋雨の実力を把握するという目的があるため、まずは第一段階を突破したことに安堵したといった心境なのだろう。
それから、ひとまずは日が昇ってから改めて二人でダンジョンを攻略するという話になり、一度準備のため秋雨は宿に戻った。
夜が明けた早朝、準備を整えた秋雨はダンジョンへと向かった。
ダンジョン入り口に到着すると、そこに壁にもたれながら待つミランダの姿があった。
「待たせてしまったか」
「問題ない。あたしも来たばかりだ」
「じゃあ、さっそくだが行くとしようか」
そう言って、ミランダを連れ立って歩いていく。やはりというべきか、長身爆乳美人の彼女は目立つようで、他の冒険者からいろいろと野次のような声の掛けられ方をしていた。
「ひゅー、いい女だぜ」
「そんなガキと一緒にいくよりも、俺らと一緒の方が楽しめるぞ」
「け、おめぇの小せぇのじゃ奥に届かねぇよ」
「なんだとゴルァ!?」
「やんのかゴルァ!?」
朝っぱらから下品な会話が飛び交う中、それを気にした様子もなく秋雨とミランダは転移魔方陣のある場所へとやってきた。
「どの階層から行く気だ?」
「とりあえず、手始めに十階層からやっていこうと思っている」
「大丈夫か?」
秋雨がEランクということもあり、いきなり十階層から挑もうとする彼にミランダが問い掛ける。Eランク冒険者が攻略することができる階層は十階層までであるが、実質的に十階層からはDランク冒険者でなければかなりきつい状況になってくるのだ。
出現するモンスターの強さもさることながら、低階層で出現していたモンスターが徒党を組んで行動することが多くなり、グループ一つ当たりのモンスター数も三から七と複数で固まっている場合がほとんどだ。
「大丈夫だ、問題ない」
「……」
一部の界隈では大丈夫ではない台詞を口にしつつ、本人がそう言うのであればということで、ミランダはそれ以上何も言うことはなかった。
そんなわけで十階層にやってきた二人だが、まずはお互いの実力を把握しておこうという話になり、一人ずつモンスターと戦ってみるということになった。
「ていっ」
(ほう、Eランクにしては良い動きをするな。確かに、これならあと二、三階層深く潜っても問題はなさそうだ。というか、Dランク冒険者と言われても納得する動きだ)
秋雨の戦いぶりを見て、ミランダは内心で感心する。Dランク冒険者と遜色ない動きを見せる秋雨に対し、彼の評価を上方修正することにした彼女であったが……。
「ふんっ」
――スタスタスタスタスタスタスタ。
「じー」
「……おい」
「じー」
「何を見ているんだ?」
「おっぱいだが、それがどうかしたか?」
「なぜ、いちいちモンスターを蹴散らすたびにあたしのおっぱいを見に来るんだ!?」
「それが男というものなのだよ、ワトソン君」
「あたしはミランダだ!」
「やはりお前もなのか」
世界で一番有名な探偵の助手である名前を出したのだが、それはあくまでも秋雨がいた地球での話であって当然この世界ではまったく知られていない名前である。
そのためミランダから返ってくる言葉も間違いを指摘するものでしかなく、秋雨はそのことを残念がっていた。
そんな状況の中、ダンジョンを進めて行きつつ交代でモンスターの対処をしながら下の階層に進んでいったところでそれまで様子見をしていたミランダが内心で呟く。
(確かに、Eランクの冒険者としては上位だ。Dランク冒険者と比べても変わらないくらいの実力はある。だが、なにかが引っかかる)
今までの秋雨の戦い方を見て、ミランダはなにか違和感を覚えていた。それもそのはずで、秋雨は彼女と同行している間ぎりぎりで倒せるレベルにまで自分の実力を隠しており、精々がちょっと強いEランクの冒険者という演出を行っていたのだ。
現在攻略中の階層に出現するモンスターにぎりぎり対処できる実力を演出しており、本来であればワンパンで倒すどこぞのヒーローの如く、鎧袖一触でモンスターを蹴散らせるのだ。
しかし、それをやってしまうとミランダに実力がバレる恐れがあり、彼女がシェリルに秋雨の実力を確かめてこいという密命を帯びていた場合、ギルドにも今まで秘匿してきた実力が伝わってしまう可能性があった。
だからこそ、秋雨はミランダの前では決して隠れた実力を出すことはない。だが、野生の勘なのか冒険者としての感覚なのか、彼の動きに確かな違和感を覚えた彼女は彼の実力を測りかねていた。
「あ、あれは!? スチールスライム」
「ダニィ!?」
そこにまるで謀ったかのようなタイミングで、スチールスライムが出現した。
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