第88話
「……これでアキーサ君のランクはEとなりました。これで二十階層までの攻略が可能となります」
「了解した」
シェリルが秋雨に疑惑を抱いた数日後、ギルドで規定された貢献度を達成したため、彼のランクが一つ昇格されることとなった。
Fランク冒険者がEランクに昇格する。それ自体は特に珍しいことでもない。しかしながら、その内容とはあまりにもかけ離れた裏の事情が今回はあった。
あれから、秋雨は確実に素材を納品しギルドへの貢献度を高めていった。相変わらず人目を避け深夜にギルドを訪れていたが、シェリルに指摘された通り納品する素材の量をその日によって変化させていた。変化といっても急激に変えたわけではなく、今日はこの素材が少ないあるいは取ってこられなかったという演出を入れることで、自身の実力は大したことはないと認識させようとしたのだ。
だが、返ってそれが不自然に思えたのか、疑惑を払拭するどころか逆に疑惑を深める形となってしまっていた。
そして、秋雨がEランクに昇格したタイミングでこのような提案がシェリルからあった。
「……パーティー?」
「はい、この先手強いモンスターも出てくることですし、これを機にパーティーを組んでみてはいかがかと?」
一見すると至極まともなことを言っているように思えるが、秋雨は彼女の思惑に気付いていた。
どういうことかといえば、不審な行動を取る彼を間近で監視する要員としてパーティーの参入を提案したのではないかということである。
仮に、秋雨が自分の特異性を秘匿する目的で深夜に冒険者ギルドを訪れていたり、素材の納品数を一定以上は出さないようにしていたりするのならば、実際にどういった戦い方をするのか知っておく必要があるだろう。
しかし、秋雨にとって自分の戦闘スタイルを知られることはあまり良くないことであり、これからもソロでの活動を考えていた。
「必要ない。安全性については考慮して動いているからな」
「ですが――」
「どうしてもというのなら、年齢は十代後半から二十代前半の長身短髪で胸の大きな美人女性冒険者であれば、考えてやらんこともない」
「……」
「そんな人間がどこにいる?」とばかりにシェリルは秋雨にジト目を向ける。本人も、自分が無茶な要求を行っているという自覚があって口にしている分、かなり質が悪い。
逆を言えば、それだけ彼がパーティーを組みたくないという意思表示でもあり、これは一筋縄ではいかないなとシェリルは改めて理解した。
言いたいことを言い終わると、得意げな顔を顔に張り付けたまま背中を向けシェリルに向かって後ろ手に手を振りつつ、今度こそ秋雨はギルドを後にした。
「まったく、なんて子なの。なーにが長身短髪爆乳美人の冒険者よ! そんな都合のいい人間がいるわけ……」
などと言いかけたところで、シェリルの言葉が途切れる。そして、はっとしたような顔を浮かべながら言葉を続けた。
「いる。いたわ。長身で短髪で爆乳で美人な女冒険者……」
奇しくも、秋雨の提示した条件すべてを満たす冒険者が一人いたことを彼女は思い出す。だが、そう思った次の瞬間には顔を顰め、難しい顔を浮かべていた。
「あの人はあの人で何かと問題のある人なのよね。仮にこちらが依頼したところで、快く受けてくれるかどうか」
その女冒険者も同じくソロの冒険者なのだが、なにかと問題を起こしている冒険者であり、ギルドとしても対応に困ることもしばしばある難ありな人材だった。
実力自体はCランクということで、ソロで活動している冒険者としては申し分ない。だが、その美貌は他の男性冒険者の目を引いてしまい、湧き上がる欲求を抑えられなかった者は、娼館に走るという実害が出ていた。
その女冒険者が特に素行が悪いというわけではなく、身体的な特徴が他の女性よりも優れているというだけなのだ。そのため、「お前の体は犯罪だ!」などとどこぞのアハーンな映像のタイトルのような言いがかりでなにかしらの罰則を与えるわけにもいかず、かといって他の冒険者と組ませても男は欲情し女はその誰もが羨む美貌から嫉妬で険悪な関係となってしまうという事態が頻発し、結局はソロでの活動をせざるを得ない状態となっていた。
「それに、あの子。かなりスケベみたいだし。いつも私のおっぱいを見てくるのよねぇー」
こういった男の負の視線というものは、女性にとってはあからさまにわかることであり、例え男がさり気なく見ていたとしても、女性からすればバレバレだったりするのだ。
秋雨に至っては、女性の胸を見るということを隠すことはせず「見たいものを見て何が悪い! そんな魅力的なものを体にくっつけているやつが悪い!!」と謎理論を展開してしまうほど、彼にとって女性の胸というのは特別なものであった。
これが一般男性であれば間違いなく「お巡りさん、この人です」案件なのだが、成人したばかりのまだ幼さが残る少年であるからこそ、そういった事案に発展しておらず、それに加えてまがいなりにもこの世界の神から与えられた肉体は伊達ではなく、それなりに整った顔立ちをしているため、女性からの受けも決して悪くはないのだ。
わかりやすく言えば「いいおっぱいしてるね」という言葉をイケメンかブサメンから言われた場合、どちらがより不快に思うかという話である。
イケメンからの言葉であれば賛辞として捉え、ブサメンからの言葉であれば最悪の場合ハラスメント行為として法的手段を取るということもあり得るだろう。
そんな見た目をしている秋雨からの性的な視線は、シェリルだけではなく女性にとっては「私ってそんなに魅力的なのかしら?」というプラスに捉えられることが多く、まさに顔で得をしているタイプであった。
つまりどういうことかといえば、これが生理的に受け付けないタイプの男性冒険者であれば断固として女冒険者と組ませるという考え自体起こらないが、見た目が悪くはない多少おませな少年冒険者であるならば二人を引き合わせることはやぶさかではないという結論になるのだ。
「一度彼女に声を掛けてみましょうか」
そんなことを口にしつつ、生贄……もとい、秋雨の監視役としてとある女冒険者が選ばれたのであった。
一方、ギルドを後にした秋雨は一度宿に戻って仮眠を取り、朝食をすませると、再び街へと繰り出した。
今日は新しい剣の作製を依頼したギムルとの約束の日であり、秋雨は剣を受け取るために彼の店へ足を運んだ。
「どーもー」
「ん? 来たか坊主」
店に入ると、そこには仏頂面で腕を組むギムルの姿があった。どうやら、朝から秋雨のことを待っていたらしい。
「剣は?」
「これだ。確認してくれ」
そう言って、鞘に納まっている剣を秋雨に差し出してくる。さっそく受け取り、鞘から剣を抜くと綺麗に輝く刀身が姿を見せる。それを舐め回すように確認すると、感触を確かめるように剣を構えつつ、重さによる動きの阻害がないかも確認していく。
もともと使っていた剣が木でできた木剣だったので、動きが阻害されるかと思いきや、先日のスチールスライムで得た経験値で強化されたことによって、以前と変わらず軽々と剣を秋雨は振ってみせる。
「どうやら問題なさそうだな」
「ああ、なかなかいい感じだ。それで、支払いについてなんだが。物々交換はできないか?」
「どういうことだ?」
秋雨の突然の言葉に、ギムルは怪訝な表情を浮かべる。基本的に物の売買というのは、金銭での取引が主であり、取引する物品と同価値の物での交換という考え方は、集落などの比較的金銭のやり取りが少ない場所で行われることがほとんどだ。
もちろん、ギムルが物々交換という取引方法を知らないわけではなく、今まで自分が売ってきた武器や防具のほとんどが金銭での取引だったため、秋雨の提案に戸惑っているというのが正確なところである。
たまに素材持ち込みで装備自体の作製依頼をされることがあり、素材の代金を差し引いた金額で取引することはあるが、素材代などすべての費用を相殺する形での物々交換による取引は今まで行ったことがなかったのだ。
「これとこの剣を交換してほしい」
「あ? こ、ここここここ、これはぁー!!」
「口の中に鶏でも飼ってるのか?」
秋雨が取りだしたのは、スチールスライムを倒したときにドロップした【メタリカ鉱石】と呼ばれる素材だった。
一体何が出てくるのかと目を細めていたギムルだったが、彼の手の中にある物体があの言わずと知れたレア鉱石であったことに驚きを隠せず、思わず語気がおかしなことになってしまった。
そのことにツッコミを入れる秋雨を無視するかのように、ギムルは彼に詰め寄った。
「こ、こいつをどこで手に入れたんだ!?」
「ダンジョンに決まってるじゃないか」
「てことは、あのスチールスライムを倒したのか!?」
「そうだが」
「馬鹿な! やつの体はかなりの硬さで、鋼鉄の剣でも傷一つつけることができないって言われてんだ。しかも、その動きも尋常じゃないくらい速くて、発見例はいくつかあるがまともに戦ったことがある冒険者は指で数えるくらいだってもっぱらの噂だ!!」
興奮冷めやらぬといった感じで、秋雨から受け取ったメタリカ鉱石を彼に突き出しながら力説する。その様子を見ていた秋雨は秋雨でふさふさと揺れるギムルの髭を見て「すげぇ揺れてるな。おっぱいだったら超絶爆乳並だな」などとこんなときでもおっぱいに対する執着を見せる彼であったが、そんな彼の様子を見てギムルが問い掛ける。
「坊主、なんか変なこと考えてないか?」
「いや、よく揺れる髭だなと思ってな」
「ん? そうだろうそうだろう。ドワーフの中でもここまで生え揃ってる髭を持ってるやつはなかなか……って、今は俺の髭なんてどうでもいいんだよ!!」
「いや、自分の種族のアイデンティティを否定するなよ……」
などと漫才に興じていた二人であったが、そろそろ本題に戻ろうと改めて秋雨がギムルに問い掛ける。
「で? この剣とこれを交換してもらえるのか?」
「……だめだ」
「これだけじゃ足りないか?」
「逆だ。むしろこっちがもらい過ぎてる」
「じゃあ、差額分を俺に払い戻してくれ」
「それでもいいが、俺の話に乗らないか?」
最終的にいろいろと話し合った結果、ギムルがある提案をしてきた。
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