第84話



「アキーサ様ですね。私、この街の領主ロンドウェル・フォン・コウハナブツジーン伯爵に仕えさせていただいておりますバルバトと申します。本日は、我が主があなた様にお尋ねしたいことがあるということでお迎えに上がりました」


「……」



 などと宣う執事服に身を包んだ老齢の男性の言葉に秋雨は反応しない。まさか、自分が予想した内容が当たっていたとは思わず、驚愕と困惑で呆然としていたからだ。



 老齢の男性は黒を基調としたいかにも執事ですといった風貌をしており、纏っている雰囲気も落ち着いていておそらくは使用人の中でもかなり位の高い人物であることが見て取れる。



(おそらくは家令か執事長だろうが、よりにもよって領主に見られていたとはな……これは、この街から逃げることも視野に入れるべきか?)



 秋雨としては、権力者に目をつけられることは何としても避けたいことであり、もし目をつけられてしまった場合、最悪街どころか国を変えるという選択肢も可能性の一つとして考慮している。



 ただの駆け出し冒険者である自分に対し、この街の最高権力者である領主が呼んでいるということは、どう考えてもあの日の一件のことであり、それ以外で彼を呼びつける理由がないのだ。



 少なくとも、秋雨が姿を消したことを目撃し、魔法を使って貴族に攻撃したことを知っていない限り呼び出すという行為を取らないはずであり、今回そういった選択をしたということはすでにあの日彼がやらかしたことを知っており、それについて追及するために呼び出したと考える方が自然だ。



(領主からの呼び出し。断りたいが、状況的には断れないだろう。もし呼び出しに応じなければ、あの一件の人物が俺であると判断される可能性が高い)



 どうやって自分があの時の人物なのかを突き止めたのかは知らないが、あの時点で顔を見られていたことを考えれば、その容姿から自分に辿り着くことは比較的難しいことではない。



 領主という立場から自身が治める街の情報を入手することは容易く、自分の息のかかった人間を忍ばせることもできるだろう。



「わかりました」


「では、こちらへ」



 ここで断ることは得策ではないと判断した秋雨は、大人しく彼についていくことにした。



 宿の外に止まっていた貴族が乗りそうな豪華な馬車に乗り込むと、秋雨は布石のためバルバトに話し掛ける。



「この街の領主様が、一体俺になんの用でしょうか?」


「さあ、私も詳しい話は伺ってはいないのですが、“とにかく、連れてこい”という一点張りでございまして。私どもも困惑している次第なのです」


「そう、ですか」



 その後、他愛のない話をしながら領主の屋敷に到着し、応接室の一つに通される。しばらく待っていると、あの日に目が合った男性が部屋に入ってきた。



「おお、やはりあの時の少年だな。さて、話を聞かせてもらおうか?」


「一体なんのことでしょうか?」


「とぼけても無駄だ。あの日、お前は三つの魔法の同時展開というとんでもないことを成し遂げた。その若さで大したものだ」


「言っている意味がよくわかりません」


「旦那様、そのようにいきなり用件だけを伝えるのはいかがなものかと。ひとまずは自己紹介をなされてはいかがでしょうか?」


「そ、そうか。ならばそうしよう」



 いきなり登場するや否や、名乗りもせず詰め寄ってくる。そんな彼を見かねたバルバトが、自己紹介をしてはどうかと窘める。



「我が名はロンドウェル・フォン・コウハナブツジーン。伯爵位を持ったこの街の領主である」


「アキーサです。この街で駆け出し冒険者として活動してます」


「で?」


「なんでしょう?」


「お前が使った魔法はどのようなものなのだ?」


「一体何を言っているのですか? 魔法とは一体」



 お互い自己紹介が済むと、すぐに伯爵が追及してくる。しかし、秋雨は困惑の表情を顔に張り付けて訳がわからないとばかりにすっとぼける。



 完全にあの日のことがバレていると最初は焦った彼だが、バルバトの顔を見るに“本当にこんな少年が主の言っているような偉業を成したのか?”と目を細めながら疑いの目を向けている。



 その向けている視線の先が伯爵であることを推察するに、おそらくはこういったことが以前に何度かあり、その時も伯爵の勘違いということで終わったことがあるのだろうと秋雨は判断した。



 そして、そこに活路を見出した彼は、全力ですっとぼけることで何とかこの場をやり過ごそうとしたのである。



 前世の秋雨が幼い頃、それはそれは大層ないたずら小僧であり、そのいたずらが見つかって追及されてもあたかも自分はやっていないととぼけることが上手かった。それに騙された大人たちの追及の手から何度か逃れることに成功しており、今回もその手を使うことにしたのだ。



「いつまでとぼけているつもりだ? あの場にお前がいたことは、私がこの目でしかと見たのだ!」


「あの場とはなんですか?」


「……あくまでも白を切るというのだな。いいだろう。ならば、お前の化けの皮を剥いでやる」



 そこからは、伯爵の追及が始まり、それをのらりくらりと躱すという謎の攻防が続いた。まず初めに伯爵が突いてきたのは、あの場に秋雨がいたということだった。



 それは顔を覚えられているのと姿が消えていたとはいえ、完全に目が合っている状態だったため、秋雨も否定することは難しいと踏んで、あの時あの場にいたという事実は認めた。



 だがしかし、あの場にいたとはいえそれが高度な魔法を使ったという証拠にはならず、一進一退の攻防が続いた。



「く、お前もなかなかに強情だな。いい加減認めたらどうだ?」


「事実でないことを認めるなんてことはできません。そういうのを言いがかりというのですよ?」


「こうなったら仕方がない。あれを持てい!!」


「かしこまりました」



 二人のやり取りを見ていたバルバトは、伯爵の言葉にすぐさま反応し、部屋を出ていく。あらかじめ用意されていたとしか思えないほどの早さで戻ってきた彼の手に握られていたのは、時計のような見た目をした道具だった。



「お待たせいたしました」


「うむ。これでお前の嘘を暴いてくれよう」


「これは?」


「こちらは【魔力計】というものでございまして、生物が持つ魔力の量を測ることができる魔道具にございます」


「これを使ってお前の魔力量を測定し、お前が高度な魔法を使ったことを証明してやろう。あれほどの魔法を使うのなら、体内にある魔力量はとんでもないことになっているはずだからな。これでお前も言い逃れできまい!」



 魔法を行使するためには、当然だが魔力が必要となってくる。高度な魔法を使うためには魔力を多く持っていなければならない。そのため、魔力を多く持つ者はそれだけで魔法の才能があると言われている。



 今回の場合、秋雨の魔力量を【魔力計】を使って測定することでその魔力量を調べ、伯爵が目撃したと言い張る件の少年が彼であるということの証拠とするようだ。



「それではっきりするのならどうぞご自由に」


「ふん、そう言っていられるのも今のうちだ」


「では、こちらの取っ手を握ってください」



 秋雨は渡された魔力計を受け取ると、支持された通り側面部の取っ手部分を握る。どうやら、その取っ手から魔力を検知し対象の魔力量を測定する仕組みらしい。



(なるほど、そういう仕組みか。……であれば)



 魔力計の仕組みの概要を把握した秋雨は、さっそくある手段を講じる。今まではっきりと意識はしてこなかったが、魔力を練るにはへその下辺りにある丹田と呼ばれる部分を意識することで血液のように体内を巡っている魔力を出力させることができる。



 同じ原理で丹田部分を意識することで逆に体内の魔力の出力を極端に抑えることも理論上可能であり、今回はそれに該当する。



「では、計測を開始します」



 そう言って、バルバトが魔力計の上部にあるボタンをぽちっと押す。すると、魔力計から“ドゥルルルルル”というエネルギーを充填するような音が室内に響き渡る。



 しばらくその状態が続くと、最後に“チン”という電子レンジの過熱が完了した時のような音が鳴った。



「測定が完了しました」


「結果はどうなった!?」



 測定が完了すると矢継ぎ早に伯爵が詰め寄ってくる。秋雨から魔力計を受け取ったバルバトは測定結果を彼に伝えた。



「アキーサ様の魔力レベルは」


「魔力レベルは?」


「……青マイナスレベルでございますね」


「ば、馬鹿な!!」



 魔力計には、魔力を計測するための専用メーターが存在しており、左から白・青・黄色・黄緑・橙・赤・紫・黒・銀・金という順番の色がある。白に近くなればなるほど魔力量が少なく、逆に金に近ければ近くなるほど魔力量が多いということになっており、その色ごとにもマイナス・フラット・プラスという三段階のレベルが存在している。



 バルバトが口にした秋雨の魔力量の測定結果は、下から数えて二番目のマイナスレベルの魔力量ということになり、言うまでもなく少ない部類に入る魔力量である。



 とてもではないが、この程度の魔力量では精々一つの属性魔法を使う程度のことしかできず、仮に高度な魔法を使えたとしても一発で魔力切れを起こしてしまうのは想像に難くない。



 もちろん、本来の秋雨の魔力量であれば金プラスを叩き出していただろうが、精密な魔力操作によって体内の魔力を極端に抑えた結果、魔力計の測定を欺くことができたのである。



「この魔力量では、高度な魔法の行使は不可能でございますね。とてもではありませんが、すぐに魔力切れを起こしてしまうでしょう」


「なん……だと? ば、馬鹿な。あり、えない」


「これで、伯爵様が目撃したという少年が、俺とは別人であることが証明されましたね」


「アキーサ様、大変申し訳ございません。我が主がとんだ勘違いをいたしまして」


「いえ、間違いは誰にでもありますから。もう帰ってもいいですかね?」


「もちろんでございます。玄関までお見送りいたします」



 それから、放心状態の伯爵を無視するかのようにバルバトが秋雨を見送る。そして、彼がいなくなったあとのことといえば……。



「……」


「旦那様?」


「……」


「ロンドウェル坊ちゃま?」


「あいたっ! な、なにをするバルバト!?」


「それはこちらの台詞にございます。今回もまたあなた様の勘違いで多大な迷惑を被ったのですから」


「ち、違う! 何かの間違いだ! あの少年が魔法を使うところを確かに見たのだ! 決して勘違いなどではない!!」


「言いたいことはそれだけですか? 私も耄碌したものです。あなた様の教育を見誤ってしまうとは……今から再教育を施さねばなりませんね」


「や、やめろ! お、俺は――」


「問答無用!」



 それから、夜な夜なコウハナブツジーン伯爵家から中年男性の悲痛な叫び声が聞こえてくるという噂が流れたが、すぐにそれは鳴りを潜め人々から忘れ去られた。



 後日、ご機嫌伺いで挨拶に行った貴族や商人たちは憔悴しきった伯爵の姿に病気を疑う者もいたが、伯爵家の優秀な家令でもあるバルバトがそれを否定したため、彼がなぜ弱っているのかその理由を理解することはできなかった。



 まるで毎晩うわごとのように「バルバト怖い、バルバト怖い」と日々うなされているとも知らない周囲の人々は、彼が何故弱っているのかその理由に思い至らず、しばらく首を傾げていたが、時間が経つにつれ元気な姿を取り戻した伯爵を目撃したため、そのことを追求する者は次第にいなくなったのである。



 こうして、伯爵の手から辛くも逃げることに成功した秋雨は、宿に戻ると誰もいない室内で一人ほくそ笑むのであった。

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