第85話



「はっ」


「ギギィ」



 伯爵との一件から数日が経過し、秋雨はダンジョン攻略に勤しんでいる。当初の予定通り何事もなく順調にダンジョン攻略を進めている彼は、現在八階層まで進出していた。



 たった今、手持ちの剣で蟻型のモンスターであるダンジョンアントをなぎ倒したところであったが、ここで残念なお知らせが発生する。



「む、さすがにこの剣も寿命か」



 グリムファームの冒険者ギルドでもらった木剣は、硬い材質のしっかりとしたもので、なかなかに丈夫に作られていた。しかしながら、さすがに硬い甲殻を持ったモンスターの前ではその丈夫さも役に立たず、刃先がへたってきており、あと数回打ち込めばポキリと折れてしまうだろう。



 今まで折れなかったことが不思議なくらいに丈夫だった木剣も、秋雨との冒険はここまでらしい。



 こうなってくると、以前防具を新調した時に武器も新しいものにしておけばよかったと秋雨は内心で後悔する。



「今まで助かった。感謝する」



 役目を終えた木剣に礼を言うと、彼は一度ダンジョンを後にした。



 余談だが、そのあと襲ってきたモンスターは秋雨の拳によって尽く打ち沈められ、剣など必要ないのではと思わせるほどの戦いぶりであったことを言及しておく。



 時間帯はまだダンジョン攻略を始めたばかりだったこともあって、早朝から朝方に変わる時刻で昼になるまでまだ時間の余裕がある。



 そんな中、秋雨が向かった先は冒険者が利用する店が建ち並ぶ場所で、目的は新しい剣の新調だ。



 トンテンカンという鉄を打ち鳴らす音が響き渡る区画へとやってきた秋雨は、さっそく木剣の代わりとなる新たな剣を探すべく目についた店へと入った。



 店に入ると、陳列棚にダガーやショートソードといったありとあらゆる種類の武器が置かれており、好きに見ていってくれといった具合に乱雑に置かれている。



 店員はおらず相変わらず聞こえてくる鉄を打ち鳴らす音から、誰かいることはわかるものの、どうやって清算するのかといった状況に秋雨は一瞬だけ戸惑った。



「まあ、とりあえず見てみるとするか」



 店員を呼ぶにしても、自分のお眼鏡に適う武器を見つけてからの方が手っ取り早いと考えた秋雨は、短剣や剣の置かれているコーナーの武器を見て回ってみた。



「できれば短剣ではなく、少し短めのショートソードタイプの剣が理想だな」



 今まで使っていた木剣の長さがショートソードに分類するものであったため、可能であればその長さの剣があれば望ましい。



 よって候補となる剣はかなり絞られるが、その分自分に合う武器が限定されることを意味していた。



「これは長すぎる。こっちは……げ、刃こぼれしてるじゃないか。こっちは逆に短すぎるな」


「……なにをしている?」



 しばらくあーでもないこーでもないと秋雨が悩んでいると、いつの間にか店の奥から人がやってきていたようで、不意に声を掛けられる。そこにいたのは、身長百六十センチのがっちりとした体格をした髭面の男であり、その姿はどこからどう見ても……。



「ドワーフか?」


「俺がドワーフじゃなきゃ何だってんだ? それよりも、何か欲しい武器があるのか?」



 そう聞かれたので、素直に新しい武器の新調だと伝えると、以前に使っていた武器を見せてほしいとドワーフの男が言ってくる。



 少し悩んだが、そうでもしないと武器を売ってくれなさそうな雰囲気を感じたため、素直に腰に下げていた木剣を差し出す。



「これだ」


「これだってお前……木剣じゃねぇか。こんなもん、冒険者ギルドが新人に配ってるようなシロモンじゃねぇか。よく今まで死ななかったな」


「まあ……」


「いや、坊主の腕なら逃げることくらいはできるか」


「やはりわかるか」


「わからいでか!」



 秋雨がドワーフの男に剣を見せることを渋った理由……それは、剣を見ればその使い手の技量がバレてしまうのではないかと危惧したためだ。一流の職人は、物の良し悪しを推し量れることは当然として、壊れた物がどういった理由でそのような状態になってしまったのかをある程度見極めることができる。



「傷自体は小さなものだが、あと二、三回振るえばこの傷が元でぽっきりと折れちまうだろうな。これが未熟な腕を持った奴なら、折れた状態で持ってくるはずだ。だというのに、坊主が寄こしたこの剣は、折れる一歩手前ぎりぎりのものだ。それは、お前さんがそれを見極めることができる腕と目を持ってるってことだ。それくらい、普通の職人なら当たり前にわかるぞ」


「……」



 ぐうの音も出なかった。確かに、秋雨は木剣の状態を見てこれ以上使用すれば折れてしまうだろうと考えていた。だが、どうやらそれを見極めるためには、ある一定の剣の腕と剣の状態を見る確かな目が必要だったらしい。



 一流は一流を見抜くという言葉があるのかはわからないが、このドワーフの男にとって武器を見ればその使い手の技量を見抜くことは造作もないことだということが理解できる。



「安心しろ。職人は口が堅い。坊主が自分の力を隠しておきたいっていうことは、なんとなくだが理解できる」


「それは助かる。最悪あんたを殺して口封じしなければならないと思っていたところだ」


「過激すぎるだろ! どこの快楽殺人者だ!!」


「秘密を厳守するためには、時として殺人が許される場合がある」


「ねぇよ!!」



 などと、少々冗談が過ぎたが話は新しい武器が欲しいという本題に移行する。



「で、どんな武器がお望みだ?」


「基本はその木剣と同じ長さがいい。材料は鉄か鋼鉄で」


「この木剣を使ってたんなら、かなり重くなるぞ?」


「そこは慣れていくしかない」



 木製の木剣と鉄製の剣では使用している材質の重量が異なるため、どうしても鉄の剣の方が重たくなってしまう。それは仕方のないことであり、その点については重さに慣れるよう鍛錬を積むしかない。



 某国民的RPGに登場する勇者たちは、操作する人間によっては新しい街に行くたびに武器を新調するということになる。だが、そのたびに鍛錬する間もなくその武器が持つ性能を十全に発揮しているのだが、そのことを考慮すればあのゲームに登場する勇者たちは生まれながらにチートを保有していることになる。



「坊主、手を見せてくれ」


「そんなものを見てどうするんだ?」


「そいつに合った武器を作るには、手を見るのが一番早ぇからな」


「作ってくれるのか? 他に仕事があるんじゃないのか?」


「問題ねぇ。それに、坊主に合う剣は、今ここに置いてある武器の中にはねぇ。だったら、俺が作るしかないだろうが。わかったら、さっさと手ぇ出せ」



 店の人間にそう言われてしまえば、秋雨とて反論できない。確かに、既製品の中で選ぶよりも自分自身の手に合ったオーダーメイド品の方がいいということは明白ではある。しかし、それは同時に職人であるドワーフの男に負担になるのではないだろうかとも彼は考えていた。



 だが、当人であるドワーフの男は何でもないことのように言ってのけた。よく物語の中でドワーフは仕事中毒者(ワーカーホリック)である描写が多いが、この世界においてもドワーフは仕事大好き人間だったようだ。



 自分専用の武器を作ってもらえるのならば、秋雨としてもそれに越したことはないので、ドワーフの男に押し切られる形で手を差し出す。その手をまじまじと見つめる時間がしばらく流れる。



(こ、こいつは!? 木剣の損傷具合の見極めでもそうだったが、この坊主かなりの腕前らしいな)



 秋雨の手を見た瞬間、ドワーフの男は彼が相当な手練れであることを確信する。彼の実力については木剣ですでに証明されていた。だが、たまたま壊れる前に持ってきたという偶然的な要素が拭いきれず、本人の口から意図的にその状態で持ってきたという証言は得られていたものの、それも本人の自己申告に過ぎず、偶然を意図的と言い張っているだけの可能性もあった。



 しかしながら、今回は本人の手を見るという行為を行い、相手の実力の査定をドワーフの男自身が行っているため、ごまかしが利かない。長年多くの冒険者を相手にしてきたドワーフの男の目から見ても、秋雨の手は歴戦の強者のそれだったのだ。



(であれば、中途半端な剣だとすぐに使い物にならなくなるかもしれん。ここは……)



 秋雨の実力から計算して鉄や鋼鉄などといった材質の剣ではすぐに剣自体が音を上げてしまう可能性があった。ならば、それ以上の素材で剣を作ればいいと結論付けるのは自然の流れである。



「坊主、少々割高になっても構わないか? お前さんの腕が良すぎて、鉄や鋼鉄レベルの剣じゃすぐに使い物にならんようになるぞ」


「別に問題ない」


「それと、防具はどうする? ……ってか、よく見たら使われてる素材はフォレストベアーか? 武器と防具に性能差がありすぎるぞ」


「当たればどうということはあるからな。攻めるよりも守りに重点を置いた方が生存率も高くなる」


「そりゃそうなんだが、それにしたって木剣はないだろ木剣は」



 慎重な行動を心掛けている秋雨にとって、強い武器よりも己を守れる防具の方が重要であり、某国民的RPGにおいては新しい街にやってきたときには武器よりも防具の方に目が行くタイプであろう。



 女神にもらったチートがあればある程度のことはなんとかできてしまう彼にとって、攻撃力というものは己の拳や魔法で事足りてしまい、駆け出し冒険者にとって重要とされる武器をあまり欲してはいなかった。



 それでも以前戦った魔族のような存在がいるため、防御力だけはなんとかしておきたいという思いがあり、最悪生きてさえいれば逃げることはできるという判断から、防具だけはそれなりのものを作ってもらっていた。



「まあ、とにかくだ。使うのはダマスカス鋼とミスリルを合わせた合金を使う。駆け出しとしてはかなり上等なもんだから、それなりに長く使えるだろう」


「値段はどんくらいだ?」


「そうさな。素材がこっち持ちということを考えれば金貨十五枚ってとこだな」


「高いな。やはりここは殺すしか……」


「なんでそうなる!? 一旦人殺しから離れろよ!! そして、指をポキポキ鳴らすな!! 怖いわ!!!!」



 それからドワーフの男と話し合ったが、金貨十五枚という値段は変わらず、秋雨にこの世界にきて初めて借金ができた。ドワーフの男としても、駆け出し冒険者である彼がいきなりそんな大金をぽんと出せるとは思っておらず、何回かに分けて払ってもらおうと考えていたようで、彼が提案した分割払いを了承してくれた。



「とりあえず、三日くれ。三日でお前に合った剣を作っておいてやるから」


「わかった。三日後また来る。俺は秋雨だ」


「ギムレットの息子、ギムルだ」


「これ借りといてもいいか?」


「持ってけ」



 そう言って、秋雨は店に置いてあった繋ぎになる剣を借りることにし、店をあとにした。

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