第83話



「さて、いよいよ次の階層か」



 貴族との一件があった数日後、秋雨はダンジョンに通っている。あれから改めて街の散策を行い、大体どこにどんな建物があるのかを把握すると、ダンジョンでのレベル上げを行っていた。



 相変わらず、冒険者の出入りが少ない深夜の時間帯に訪れては手に入れた素材を換金しているのだが、その成果はあまり芳しくない。



 その理由としては、やはり目立った行動を取らないよう秋雨が自重しているというのが大きく、ギルドに納品している素材自体も駆け出し冒険者が一日に納品する平均の個数というのもあって、稼ぎとしてはそれほど多くはない。



 なんとか現在滞在している宿の宿代よりも稼げてはいるので、宿なしの生活になることはないものの、このままだと自転車操業になりかねないと判断したか秋雨は、ここで少しだけ動くことにした。



 どういうことかといえば、冒険者のランクを一つ上げることにしたのである。



 ダンジョンの構造上、下の階層行けば行くほど難易度が高く強いモンスターが徘徊しており、場合によっては罠なども設置されていてその分命の危険度が増す。そのため、冒険者ギルドは冒険者のランクによって立ち入ることのできる階層を制限しており、これによって冒険者の死亡率を劇的に低下させることに成功している。



 逆を言えば、ランクが上がらなければいつまで経っても下の階層に入ることができず、宿代でその日の稼ぎが消えてしまう自転車操業ライフを続けることになる。それを回避するべく彼は下の階層を目指すことにした。



 だが、ランクを上げるということはその分ギルドや他の人間に注目される可能性が上がってしまうため、いきなり目立った行動をして手っ取り早くランクを上げるという異世界ファンタジーものの主人公がやるような方法ではなく、毎日一定の個数の素材を納品することでコツコツと貢献度を稼ぎ、ランク昇格の基準を満たすという一般的な方法を取ったのである。



 その結果、受付嬢に対して“実力は並程度だが安定した素材を手に入れることができる相応の実力を持った新人”という一般的な実力の範疇という印象を持たせることに成功し、規格外によるランク昇格ではなく、一般枠での昇格に成功したのであった。



 一時期、ギルドの目を盗んで下の階層に侵入を試みようとした秋雨だが、見つかったときのリスクが大きいのと手に入れた素材の買い取り先がないということで断念したのだ。



 そんなわけで、秋雨は見事ギルドに怪しまれることなく最低ランクから一つ昇格を果たし、Fランクの冒険者となっていた。



 結果的には、グリムファームの冒険者ギルドで使用していたギルドカードと同じランクになっているが、そのランクに至るまでの過程が異なるため、秋雨はその事実を記憶の彼方に封印した。



 改めてだが、ここでラビラタのダンジョンについて説明する。ラビラタのダンジョンは全三十階層からなる中規模のダンジョンであり、冒険者のランクによって攻略することができる階層に規制がかけられている。それが以下の通りだ。




 G:一~三階層まで


 F・E:四~十階層まで


 D・C:十一~二十階層まで


 B以上:二十一~三十階層まで





 ダンジョンは、階層が下になればなるほど出現するモンスターの強さと罠の危険度が上がっていく。そして、ある一定の階層ごとに強さのレベルが変化することが多い。



 例えば、十階層と十一階層に出現するモンスターの強さを比較すると、明らかに別物であり、そこに何らかの大きな壁が存在しているかのようだ。



 長年にわたってダンジョン攻略に力を注いできた冒険者ギルドは、その法則性に気づき、冒険者の強さによってランク分けし、そのランクごとに攻略可能な階層を設定することで、冒険者の死亡率を激減させることに成功した。



 ちなみに、Aランクの冒険者となれば、五十階層までのダンジョンの攻略が可能となり、Sランク以上で攻略可能階層に制限がなくなる。



 というわけで、Fランクに上がったということで意気揚々と新しい階層のダンジョンへと攻略に向かおうとした矢先、それを邪魔するかのように来客があった。



「アキサメくん、ちょっといいかしら?」



 朝食を済ませ部屋に戻っていつものようにベッドに腰を掛けて今日の予定を精査していたところ、部屋の外からナタリーヌの声が聞こえてきた。居留守を使うわけにもいかないため、大人しくドアを開けて応対する。



「なにか用か?」


「君にお客さんが来ているのだけれど、心当たりある?」


「客?」



 そう言われて、秋雨は脳内でここ数日の自分の動きを反芻する。だが、その行動内で知り合いになった人間は皆無であり、精々がギルドの受付嬢と今目の前にいるナタリーヌくらいしか口をきいていない。



 それはそれでどうなのかという疑問が浮かんでくるが、それだけ彼が慎重に行動してきた結果であり、現時点で彼の本当の実力を知っている者はいないはずであった。



「ないな。大体俺がこの街で話したことがあるおっぱいは、ギルドの受付嬢と六十八点のお前だけだ」


「……なんでおっぱいが基準になってるのかな? そして、六十八点ってなによ!?」


「何をそんなに怒っている? 六十八点は合格ラインだぞ?」


「そんなこと言われても全然嬉しくないんだけど……。まあ、とにかく伝えたからね」



 秋雨の辛辣な評価に抗議するナタリーヌだったが、今は朝の忙しい時間帯であるため、彼に用件だけ伝えると、仕事に戻って行った。



 彼女からの話を聞いて秋雨は脳をフル稼働させ、自分を訪ねてきた人物の可能性を考える。



「まさか、冒険者ギルドに俺の正体がバレたか?」



 現在秋雨はこのラビラタで【アキーサ】という偽名で冒険者活動を行っており、本当の名前を伏せた状態で動いている。それがバレたため、事実確認のためにギルドが彼を呼び出したとすれば一応辻褄は合う。



 しかし、ギルドの規約に偽名を使って活動してはならないという決まりもなければ、二重登録を行ってもいけないというものも存在しない。ただ、ギルドが発行するギルドカードの偽造は重罪で、冒険者ギルドから登録の抹消だけであればまだマシな方であり、最悪の場合しばらくの間牢屋にぶち込まれることになる。



 当然、秋雨が冒険者ギルドの規約に違反しているということはなく、ギルドから呼び出しを食らうようなことはしていないため、今やってきている客はギルドの人間ではない。



 であるならば、一体誰が来ているのかという話に戻るのだが、ここで秋雨は一つの可能性を思いつく。



「まさか、あのエロ貴族の件がバレたとかか?」



 ここ数日秋雨がラビラタで行動したことといえば、街の散策と低階層のダンジョン攻略のみであり、第三者の目から見てもどこにも不審な点は見受けられない。ラビラタに来て客観的に唯一おかしな行動を取ったとすれば、ドスケベーノ子爵に制裁を加えたことくらいしか思い至らなかった。



「だが、そうだとしたらなぜバレた。この街にやってきてから俺の行動を常に監視していたとでも言うのか? いや、少なくともあの件が起こる前までは俺を監視しているようなそぶりはなかった。たまに、あの件以降怪しいやつと目が合うことはあったが、仮にそれがエロ貴族の一件がバレたことによるものならば、一応筋は通るか。くそ、失態だ。あの場で誰も見てないからと軽率に姿を消す魔法を使ったのは失敗だったか」



 秋雨はあの件の行動でもし仮に自分が光学迷彩で姿を消す瞬間を見られていたとすれば、そしてその瞬間を目撃した人間が魔法に精通しており、なにかしらの魔法を使って姿が消えた自分の行動を看破していたとしたら、その相手から接触してくる可能性は高いという結論に至った。



 どう考えてもそれ以外の可能性は考えられず、仮に今回の相手が貴族だった場合、厄介なことになるだろうと彼は考えていた。



「もしかして、あのエロ貴族を止めていた……確か、硬派な人物っていう名前の貴族だったか? 俺があの場からいなくなる前、確実に俺と目が合っていた」



 ドスケベーノ子爵との一件を思い出しているうちに、秋雨はあの場を収めた貴族のことを思い出す。



「考えていても仕方がない。虎穴に入らずんばおっぱいを得ずとも言うしな。ここは出たとこ勝負で会ってみるとしよう」



 この世に存在しない格言を宣う秋雨であったが、このまま考えていても状況は一変しないということで、その来客とやらに会ってみることにした。

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