第80話
「いらっしゃいませ。本日はどういった御用でしょうか?」
ダンジョン探索を行ったその日の深夜、秋雨は冒険者ギルドへとやってきた。目的はダンジョンで手に入れた素材アイテムと魔石がいくらで売れるのかの確認であり、今後活動していく上で重要な情報を手に入れるためだ。
「ダンジョンに行ってきた。素材の買い取りを頼みたいんだが」
「……かしこまりました。では、こちらに出していただけますでしょうか?」
秋雨が訪れた時間帯がもう夜中を回った深い時間ということで、受付嬢は少々訝しげになる。あと数時間もしないうちに夜が明け、早朝からやってくる冒険者たちでギルドはごった返すことになるのだが、受付嬢である彼女は何故彼がこんなド深夜に冒険者ギルドに足を運んだか、その意図が理解できなかった。
冒険者ギルドは、基本的に緊急事態が起こる可能性を想定して、二十四時間職員がギルドに詰めていることがほとんどで、その関係上冒険者ギルドのみならず各ギルドはいつでも営業しているのだ。
だから、いつ訪れてもいいことになっているのだが、朝起きて夜眠るという人間の基本行動に当て嵌めれば、秋雨の行動には些か違和感があった。
彼女もプロの人間であるからして、そのことについて指摘するようなことはしなかったが、秋雨の取っている他の人と異なる行動は、彼女の中に強い印象として残ってしまうことになる。
「……ちょっと待っててくれ」
「はい」
秋雨は腰に下げた鞄からスライムの核・一角ウサギの角・ゴブリンの骨・ウルフの毛皮をそれぞれ二個ないしは三個ずつ取り出そうとした。だが、その瞬間彼の中の警戒心が警告音を鳴らした。
明らかに鞄の大きさには不釣り合いな量が出てきたら、魔法鞄を持っていることがバレバレとなってしまう。実際は魔法鞄に偽装した普通の鞄を経由してアイテムボックスから取り出しているだけなのだが、どちらにせよそれは駆け出し冒険者がやるようなことではないだろう。
そのことに思い至った秋雨は、咄嗟の判断で受付嬢を待たせた状態で冒険者ギルドの外へと飛び出した。誰も見ていないことを確認すると、アイテムボックスに保管してある素材を麻袋に移し替え、再びギルドへと舞い戻る。
「これが素材だ」
「結構多いんですね」
「少し長めに潜っていたからな」
あとから素材を取りに行くという秋雨の行動については、特に怪しまれることはなく、すぐさま素材の確認を行っていく。
傍から見れば違和感のある行動だが、思考が鈍る深夜帯であることと、他の冒険者たちはすでに酒を食らって酔いつぶれていたこともあって、秋雨の行動を不審がる存在はいなかった。
ここで重要となってくるのが、一回のダンジョン攻略で入手できる平均的な素材の数量だ。
登録したばかりの駆け出し冒険者であり、他に仲間もいなさそうなソロで活動している冒険者の平均的な素材入手率はスライムの核が二個から五個、一角ウサギは一個から三個、ゴブリンの骨が0個から二個、そしてウルフの毛皮が0個から一個である。
秋雨が外に出ている間に鑑定先生を使って調べた結果、そのような回答を得られたため、それに則した個数の素材を用意することにした。
本当はそれよりも多くの素材を得ていたのだが、最初から大量の素材を納品しすぎると悪目立ちをしてしまうこともあり、今回は平均的な数を提示し控えめにすることにしたのだ。
受付嬢も登録したばかりの冒険者が大量の素材を取ってくるとは頭にないため、秋雨がわざと少なめに納品数を抑えていることに気付いていない。彼の策略が見事に嵌った瞬間だった。
「確認しました。スライムの核が三個、一角ウサギの角が一個、ゴブリンの骨が一個、Gランク相当のモンスターの魔石が五個で合計大銅貨四枚と銅貨二枚になります。よろしいですか?」
「それで構わない」
得られた金額はそれほど多くはない。だが、確実に日銭を稼ぐという意味では問題ないため、受付嬢が提示した金額に秋雨は首肯する。
すぐに支払処理が行われ、カウンターに大銅貨と銅貨が置かれた。それを受け取った秋雨は、持ってきた麻袋を回収すると、用が済んだとばかりに一言「では、また来る」とだけ告げて冒険者ギルドを後にした。
人気のない場所へと移動し、転移魔法を使って誰もいない宿の入り口付近へと移動をし、受付で鍵を受け取ると、自分の部屋へと帰ってきた。
「ふう、なんとかなったか……」
ステータスで確認してみたところレベルの上昇は確認できなかった。だが、得られた経験値は確実に秋雨を強くしているため、今後のレベリングに期待といったところだ。
そんな悠長なことを考えている秋雨だが、実のところいろいろと問題が発生していることに彼は気付いていない。
そもそもの話として、人気のない真夜中という時間帯にたった一人でふらりとやってくる冒険者などほとんどいない。大抵の冒険者は、早朝にどんな依頼があるのかを確認してダンジョンに赴き、日が傾く夕方頃に帰ってくる。たまにダンジョンに潜っている時間が長引いてしまうことも珍しくはないが、その場合得られた素材は次の日の朝に持ち込むことが多いのだ。
だというのに、秋雨は深夜にギルドに行き、素材を換金した。第三者から見れば、まるで人気を避けているかのような行動である。もちろん、秋雨が意図的に人気を避けているからこそそういった行動を取っているのだが、駆け出し冒険者が取る行動としては明らかに不自然なのだ。
さらに言えば、秋雨はソロである。彼がギルドの受付嬢に提示した素材の量は、新人の冒険者の実力からすればいい方であり、大抵の場合スライム数匹か良くても一角ウサギ一匹程度の素材しか得られない。
だが、秋雨はソロで行動しているにもかかわらず、スライムと一角ウサギに加え、さらにゴブリンまで討伐している。これは、ソロの新人冒険者としては快挙と言ってもいい成果であった。
初めてのダンジョンということを加味すれば、十分な成果であり、対応した受付嬢が秋雨に強い印象を抱くには十分すぎるほどの内容だった。
これが複数人からなるパーティーであれば、さしたる問題はなかっただろう。だが、自分のことを知られたくないという理由ゆえに、現時点で秋雨が仲間を集めるということは考えておらず、ソロでダンジョンに挑むという愚行を犯してしまった。
総じて言うのなら、今回の件については少しだけだが目立ってしまったことになるのだ。
ダンジョンに潜っていた時間を考えれば、ソロでも頑張れば手に入れられる範疇に収まっていることが幸いしており、受付嬢も「こんなこともあるのかな?」というレベルに抑えられている状況だ。
「ふぁー、寝るか」
そんなことになっていようとはさすがの秋雨も思っておらず、吞気に欠伸をしながら、明日に備えて休むことにしたのであった。
そして、翌日。明るくなった頃合いに目を覚ました秋雨は、簡単に身支度を済ませ、宿の食堂へと赴く。ナタリーヌのおっぱいに目をやり彼の内に秘めたる欲望を満たしつつも、朝食を食べたのち、街へと繰り出した。
「今日は街の散策だな」
いきなりダンジョンに挑むことになってしまったため、未だにこの街にどういった施設があるのか秋雨はその全容を把握しきれていない。そのため、今日は街の散策を行うことを優先したのだ。
ラビラタは中規模のダンジョンが存在していることもあって、そこから入手できる素材で潤っており、冒険者や商人たちにとっては稼ぐチャンスが転がっている。
「おっ、肉串か」
「おう坊主。匂いにつられてやってきたんか?」
「二本くれ」
「へい、まいど」
道中にあった肉串を売っている露店で買い食いをしつつ、ラビラタの街並みを秋雨は堪能する。途中で何度かスリがやってきたが、さり気なく避けつつ対応する。
冒険者の比率が高いこともあってダンジョンのない他の街よりも治安は悪く、たまに「ドロボー!」という叫び声が響き渡っていた。だが、冒険者自体が自警団的な役割を果たしているようで、すぐに近くにいた冒険者たちに取り押さえられ、泥棒は兵士に連行されていく。
そんな出来事を横目で眺めながら秋雨が歩を進めていると、人だかりができている場所が目に飛び込んでくる。
その中心に騒ぎの元凶がいるらしく、近づいてくるにつれその声が聞こえてくる。
「生意気な奴だえ! せっかくこのわちしが妻にしてやろうと言っているのだえ! 有難く思うのが平民というものであろう!!」
「お、お許しくださいませ。私には愛する夫が」
「そんなことはわちしの知ったことではないだえ! いいから来るのだえ!!」
「さあ、ドスケベーノ子爵がお呼びだ。大人しくこちらに来い!」
「や、やめてください! だ、誰かっ、誰か助けてください!!」
そこにいたのは、小奇麗だが下品なほど装飾品をジャラジャラとつけた小太りの男がいた。見るからに貴族らしき男は、平民の既婚女性を無理やりに連れ去ろうとしている様子であった。
貴族であるため、街の住人や冒険者たちも下手に手を出すことができず、助けたいが助けられないといった状況のようだ。
従者に引きずられるように連れていかれた女性は、子爵と呼ばれた男のもとへと連れていかれてしまい、近くへとやってきた女性を舐め回すように頭の先から足のつま先まで見回す。
「ふむふむ、遠目からでもなかなかのものだと思うておったが、間近で見るとやはり素晴らしいだえ」
「きゃあ、やめてください!」
一通り女性を見回すと、何の躊躇いもなくまるでそれが当然だと言わんばかりに、男は女性の胸を鷲掴む。ぐにゅりという効果音が聞こえてきそうなほどに形の変わる様を見るに、女性の胸が相当な柔らかさであることが見て取れる。
(くそう、嫌がる女性の胸を揉むとは、なんて羨ま……いや、けしからん!! ……ここで殺めておくか?)
秋雨の心の中で一瞬だが羨望の感情が浮かんだが、嫌がる女性の悲鳴を聞いて冷静さを取り戻す。そして、次の瞬間に彼の浮かんだのは明確な殺意であった。
しかしながら、多くの民衆がいるこの中で貴族を殺してしまえばどうなるのかは明白であり、秋雨とて表立って手が出せないのは変わりない。
不埒者から女性をどう救うのか考えていたその時、事態はさらに悪い方向に動いていくことになる。
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