第66話
「さて、この辺りのはずなんだが」
目的地の到着した秋雨がぽろりと呟く。秋雨はとある素材を求めて森へとやってきていた。
マリエンベルク伯爵家の養子の件についてどうなったかといえば「考える時間が必要なので二、三日時間をくれ」とだけ答え屋敷を後にした。
今の秋雨の目的は、マリエンベルク家が抱える問題である現当主ランバー伯爵の病気を治療することと、伯爵夫人との間に後を継がせるための男の子を生ませることだった。
当主であるランバー伯爵が患っている病は、【イビル病】という今のこの世界の医療技術では治療が不可能な不治の病として存在している恐ろしい病気だ。
尤も、この病がなぜ不治の病なのかと言えば、この病気の存在自体が知られていないことと治療するための薬が開発されていないことに起因している。
だがしかし、すべての事象を見通す秋雨の持つ【鑑定先生】の力に掛かれば、【イビル病】の治療薬に必要な素材を知ることも簡単にできてしまう。
そして、その素材を採取すべく森へとやってきたというわけだ。時刻はすでに夜の帳が下りた暗闇が支配する時間帯となっていたが、秋雨の身体能力の高さによって暗闇でもある程度状況を把握することができている。
「ブモォー」
「なんだ、ただの豚か」
実際のところはフォレストボアという猪なのだが、どうやら秋雨にとってはただの豚に過ぎないということなのだろう。
そのまま森を突き進んでいくと、さらにモンスターの出没する頻度が上がっていく。だがしかし、圧倒的な能力を持つ秋雨にとっては大した相手ではないようで、ほとんどのモンスターが鎧袖一触に打ち沈められていく。
イビル病を治療するための薬草が自生しているのは、今いる森をさらに奥に進んだ沼地に生えているらしいと鑑定先生が教えてくれた。
そのまま、順調に森を進んで行くと森が途切れている開けた場所に出た。
(うん? 誰かいるのか)
そのまま歩を進めて行くと、男と女の話し声が聞こえてくる。良からぬことでもしているのかと頭の中がピンク色になりかけた秋雨だったが、どうやらそういった雰囲気でもない。
声の主に気取られぬよう草むらの陰に隠れた秋雨は、彼らの声に意識を集中させた。
「それで、あの男はまだ死んでないのかしら」
「ああ、今もしぶとく生きている。まったく、早く死んでくれればいいものを……」
「だからって私たちが直接手を下すこともできないしね。……まったく、世の中って、ほんとままならないものだわ」
草陰から男女の会話を盗み聞きしていると、なんとも物騒な会話が聞こえてくる。
そんな中、月を覆い隠していた雲が途切れ、月光が男女の姿を映し出した。
薄い紫の肌に妙に整った顔立ちをしており、そしてなんといっても特徴的な頭部から生えている角が彼らが何者なのかを表している。
(あれは多分……魔族だな)
魔族、それは生まれつき高い魔力を持ち人並み以上の生命力と悪意に満ち溢れた存在としてよく物語で描かれている。どうやらこの世界での魔族もその御多分に洩れないようで、整った顔立ちながらもその顔からは悪意しか感じられない。
そもそも魔族とは邪神が作り出した他種族を滅ぼすための先兵という説もあり、基本的には自分たち魔族こそが至高の種族であり他の種族は我らに平伏し傅ずくべきであるという傲慢な考え方を持っている。
だからこそ、物語でも悪役として登場することが多く人族の勇者が魔族の王である魔王を討伐するなどという英雄譚や御伽噺が作られることが多いのだ。
しかしながら、全ての魔族がそうであるというわけではなく、また種族や立場の異なる者達の視点から見れば人族や獣人族などといった他種族のうちの一つでしかなく、場合によっては神として崇められていたり世界のバランスを保つ調停者などとされていることもあるということを付け加えておく。
「ねぇ、そろそろ隠れてないで出てきたらどうかしら?」
(……バレたのか?)
魔族についての情報を秋雨が頭の中で整理していたその時、不意に女の魔族が声を上げた。彼らの会話が途中で途切れたことを不審に思っていた秋雨だったが、どうやら何者かが様子を窺っていたことに気付いていたからこその沈黙だったようだ。
だがもしかしたらカマかけの可能性も捨てきれないので、女の言葉を鵜呑みにせずそのままだんまりを決め込んでいると、突然彼女の体から魔力が放出され黒い槍の形をした何かが秋雨の足元に深々と突き刺さった。
「バレていないとでも思っているのかしら? そこにいるあなたよあなた。出てこないならそれでもいいけど、姿を見せないのならこのまま串刺しにしてしまうわよ。それでもいいのかしら?」
(どうやら、カマかけではなく本当にこちらの位置がバレているようだな。……ちっ、仕方がない)
完全にこちらの位置を気取られたことに内心で舌打ちをする秋雨だったが、バレているのであれば隠れる必要はないと判断しそのまま悠然と彼らのいる場所にまで向かって行く。
秋雨の姿を視認した魔族たちは目を見開き驚いた様子でわかりきったことを口にした。
「こ、子供!?」
「隠れていたのはお前だけなのか? 他に仲間は?」
「この場にいるのは俺だけだが、それだどうかしたのか?」
秋雨はこの隙に二人の能力を把握すべくこっそりと【鑑定先生】にお願いして二人を鑑定してもらったのだが……。
名前:ヴァルヴァロス
年齢:96
職業:中位魔将
ステータス:
レベル88
体力 156479
魔力 300651
筋力 2334
持久力 1388
素早さ 2176
賢さ 6090
精神力 4785
運 2034
スキル:身体制御Lv5、格闘術Lv6、剣術Lv6、
炎魔法Lv6、雷魔法Lv6、闇魔法Lv7、精神魔法Lv5
名前:マリアナ
年齢:133
職業:上位魔将
ステータス:
レベル???
体力 ?????
魔力 ?????
筋力 ?????
持久力 ?????
素早さ ?????
賢さ ?????
精神力 ?????
運 ?????
スキル:?????
(げ、二人とも俺よりもステータスが高ぇぞ。こりゃ戦闘になったらヴァルヴァロスって男の魔族はなんとかなっても女の方はぜってー勝てないぞ。ステータスが見れないってのは、おそらく格上過ぎて見れないってことだろうしな)
この世界にやってきて初めての強敵に内心で困惑していると、その様子をどう受け取ったのか女の方が口を開く。
「あらあら、そんなに怯えちゃってどうしたの? 魔族を見るのは初めてかしら?」
「マリアナ、お遊びはやめておけ。ここにこのガキがいたってことはさっきの会話も聞かれたことになる。……さっさと始末するべきだ」
「んもう、少しくらいいいじゃない。こういうのはご無沙汰なんだからぁー。さあ坊やお姉さんがたっぷりと可愛がってあ・げ・る」
(来るか?)
絶対的強者が襲い掛かろうとこちらに向き直り秋雨が身構えたその時、女から突然殺気が薄れていくのがわかった。
「えー、このタイミングで通信魔法とかどんだけ間が悪いのよ。しょうがないわね、はいこちらマリアナ」
女はそう悪態をつくと自身の耳に手を当ててまるで電話のように誰かと話している。その間秋雨は警戒を解いてはいないが、なぜか男の方はこちらを見下したような視線は向けているものの襲ってはこないようだ。
「なんですって、今すぐ帰ってこい? どういうことなのかしら? ……え、リリムがポカをやらかした? そんなことわたしの知ったこっちゃないわよ。今ちょうど新しいおもちゃを見つけて楽しもうってところだったのよ。そんなくだらないことで邪魔をしないでちょうだい!」
女は話しているであろう相手にそう吐き捨てるように言い放つと、通信を切ってしまった。そして、再びこちらに意識を向けてきたその時、再び彼女が耳に手を当てて通信魔法で会話を始める。
「もう、いい加減にしてちょうだい! 今いいところ……っ!? こ、これはま、魔王様。申し訳ありません、貴方様だとは思わず。はい、はい。……畏まりました。直ちに魔王城に帰還いたします」
女の魔族は不承不承といった感じで通信相手であろう魔王にそう返答する。そして、恨めしそうな顔をこちらに一瞬向け後ろ髪を引かれる思いがありありと誰もがわかるほど顔に浮かべながらも、隣にいる男の魔族に指示を出す。
「魔王様のご命令じゃ仕方ないわね。今回は諦めてまた今度にしましょ。ヴァルヴァロス、あとはあなたに任せるわ」
「了解した」
「坊や、そいうことでお姉さんが相手できなくなちゃったけど。こっちの男がわたしの代わりに可愛がってくれるからがっかりしないでね。じゃあ、生きていたらまた会いましょう」
女はそう言うと秋雨に投げキッスをしてそのまま闇の中へと消えていった。どうやら転移系の魔法を行使したことは理解できたが、その詳細を知ることはできなかった。
女が消えていくのを黙って見ていた男の魔族がここでようやく口を開く。しかし、その態度は相変わらず不遜なもので決して友好的とは言い難いものであった。
「ふん、あの女は何を愚かなことを言っているのだ。魔族である我々とまともに戦える人間など存在しない。つまり、小僧。お前はここで俺の手によって死ぬということだ」
醜悪な笑みを顔に張り付けながら、男はさらに言葉を続ける。
「だが、お前とてこのまま何の抵抗もせずに死ぬのは嫌だろう。冥土の土産に一発殴らせてやろう。さあ、全力で殴ってくるがいい」
(そうかそうか、殴らせてもらえるのならここは遠慮する必要はねぇよな。ふ、馬鹿な魔族だぜ)
男の提案に内心でほくそ笑みながら自分の全力をぶつけるため、秋雨はすたすたと男の方に近づいていった。男の魔族にとってその歩幅が死へとカウントダウンだとも知らずに……。
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