第65話



 秋雨から伝言の紙切れを受け取ったローズは、急ぎギルドへと向かっていた。



 ここで思い返してほしいのだが、彼女はある特定の男性に異常にモテる傾向があり、秋雨もまたその現場を二度も目撃している。



 だが、彼女自身そういった経験は慣れてしまっているのか、はたまた諦めの境地に到達しているのかは定かではないが、今回もその事案が発生した。



「よぉ、ねぇちゃん。ちょっと俺らと遊ばねぇか?」


「あ、あの、急いでるんで結構です」


「そう言わずによぉ、大人しくしてりゃあ乱暴に扱ったりしねぇからさ」



 早くギルドへと戻りたかったローズは、ギルドから距離が近いが人通りの少ない裏路地を使っていた。だがしかし、そういった人の少ない場所というのは犯罪の犯行現場になりやすい。であるからして、彼女が悪漢に絡まれることは最早テンプレという言葉で片付けられてしまうほどに定番化していた。



 ローズ自身、自分がこういった人間に絡まれやすいという自覚はあるものの、ただちょっと運が悪い程度の認識しかないため、どうして自分がこんな目に遭いやすいのか理解はしていなかった。



 だからこそ、自分が取った行動が原因で今の状況に置かれているという自覚がないために、このようなことが頻繁に起こっていた。



「や、やめてください」


「いいじゃねえか、ちょっとくらい」


「そうだぜ。ちょっと雲の数を数えてればすぐに済むからよ」



 ローズの前に現れた二人組の悪漢は、徐々に彼女の元へにじり寄って来た。二人組の内一人の男が、彼女の肩に手を置くとそのまま路地の壁際へと追いやる。



「きゃっ」



 なんとかしようと抵抗するローズだったが、女の力で男の腕力に対抗できる訳もなくすんなりと壁際に追いやられ退路を断たれてしまう。



 悪漢たちのいやらしい顔つきとこれから自分に降りかかるであろう事態にローズは内心で恐怖する。



(た、助けて……誰か、助けてください)



 そんなローズの思いも空しく無遠慮な男の舐めまわすような視線が彼女に突き刺さる。服の上からでもわかるほどの大きな膨らみ、艶めかしい腰つき、ふっくらとした太腿、その全てが高スペックだ。



「あんっ、やっ……」



 恐怖と嫌悪感を感じつつも彼女の体を蹂躙する男の視線によって、まるで直接的に触れられたと錯覚してしまい、出したくもない嬌声を上げてしまう。そのなんとも奥ゆかしいほどの妖艶さと、肉欲的な色気も相まって男たちの顔がさらに醜悪に歪む。



 最初の頃より男たちの股間部分が明らかに変化しているのが目に飛び込んでくる。何日も風呂に入っていない男の体臭と生臭い息がローズに降りかかる。



 ある程度ローズの胸を愉しんだ男は、彼女のブラウスのボタンに手を掛けた。男が最初に言っていたことはどうやら事実だったようで、武骨ながらもできるだけ優しくそして一つ一つブラウスのボタンを外していく。



 田舎の村落出身であるローズが、王侯貴族が着けているようなしっかりとした下着を持っているはずもなく、精々が麻布を巻き付ける程度のものしかない。



 しかしながら、彼女の巨大な双丘を支えるほどの性能を持ち合わせていないのは明らかで、ブラウスのボタンが外されると同時に巻き付けていた布が綻び彼女の胸が白日の下に晒される。



 透き通るような真っ白い肌と先端部分でその存在を主張する桃色のそれは、男が見れば誰もが興奮を覚えてしまうのは確実であった。



「うひょー、顔は少し幼いが体は十分だぜこりゃ」


「お、おい! お前ばっかりずるいぞ。俺と替われ!!」



 二人の男が自分を巡って口論しているのを、ローズはどこか他人事のように静観していた。



 それはこれから自分が経験したことのない体験が待っていることに対する不安と、彼女自身の性に対する好奇心からくる期待とが入り混じったような複雑な感情で、もはや自分が何を望み何を拒絶したいのかよくわからない状態だった。



(ああ、これから私はこの人たちに初めてを奪われちゃうんだ……最初は好きな人とがよかったけど、しょうがないかな)



 諦観的な感情とは裏腹に、これから待っているであろう悲惨な結末を受け入れ始めようとしたその時、口論している男たちの後ろから突然声が響き渡った。



「女の子一人に男二人が何やってんだい!」


「ぐはっ」


「ぐへっ」



 突然後ろから声を掛けられたことで反応が遅れた男たちは、突然現れた闖入者の不意打ちをくらって気絶してしまった。



 突如として起きた出来事に呆然としていたローズであったが、自分が誰かに助けられたと理解すると目に涙が溢れてきた。



「大丈夫かい?」


「あ、ありがとうございま……あ、あなたは、キャ、キャシーさん!?」



 ローズを助けてくれた人物、それはいつも彼女が担当していた冒険者のキャシーだった。



 担当していたといっても、ローズがキャシーの受付を担当するようになってまだ日が浅くそれほど親しい間柄ではないが、顔見知り程度の認識はお互いにあった。



 そして、キャシーといえば秋雨が冒険者として採取した薬草を納品していた時にパーティー勧誘をしてきた【赤き薔薇レッドローズ】という名の冒険者パーティーのリーダーであり、秋雨の実力に気付いた人物の一人でもあった。



 まだ事態を飲み込めていないローズに、肩を竦めながら口端を三日月のように歪ませ悪戯っぽく言い放つ。



「そんなことよりも、早いとこその凶悪なものを仕舞ってくれないかい? それとも、アタイに見せつけてるつもりなのかい?」


「え? あ、きゃあ!」



 そう言いながら、キャシーはローズの胸部に視線を巡らす。その視線をローズが追って見ると、自分が未だに胸をさらけ出していることに気付いたのだ。



 いくら同性が相手であろうとも自分の肌を晒すのは恥ずかしいことであるため、ローズは小さく悲鳴を上げると慌てて身なりを整え始めた。



 それを指摘したキャシーといえば、いたずらに成功したとばかりに手を叩きながら大笑いしている。そんなキャシーの姿を恨めしそうに睨みながらも、服装を正したローズが改めて彼女に礼を言った。



「そんなこと気にすんじゃないよ。アタイがここを通りかかったのはたまたまなんだからさ」


「いえ、キャシーさんがいなければ私は今頃花を散らしているところでしたから……やっぱり、初めては好きな人とがいいですしね」


「そんな情報はどうでもいいとして、あんた何か用事があったんじゃないのかい?」


「え? あ、ああ、そうでした! 急いで戻らないと」



 キャシーの言葉を受けて我に返るローズ。今自分がギルドマスターの指示を受けて動いていることを思い出した彼女は、秋雨から受け取った伝言の紙をポケットから取り出す。



 彼から託された紙があるのを確認すると、再びポケットにしまい込み冒険者ギルドへと向かった。キャシーが「冒険者ギルドまで一緒に送ろうか?」という申し出を快諾して一緒に来てもらったことを付け加えておく。



 道中トラブルに巻き込まれたものの、なんとか冒険者ギルドへと帰還することができたローズは、ここまで一緒に付いてきてくれたキャシーに礼を言って別れると、すぐにギルドマスターのところへと歩を進める。



 ギルドの受付のさらに奥にある木造のドアを数回ノックしてしばらくすると「入れ」と返って来たためドアを開ける。ローズの目に飛び込んできたのは、執務室のような場所だった。



 来客用の長いソファーが二脚と、その中心に簡易的な低めのテーブルが置かれており、そこが来客と話し合いをする場所であることが窺える。



 ローズ自身冒険者ギルドへやってきて日が浅いため、このギルドマスターの部屋に足を運んだのはこれが初めてだったが、彼女から見たこの部屋の感想としては「普通に整頓された綺麗な部屋」というものであった。



 そんな感想を抱いていると、その部屋の主であるギルドマスターのレブロが怪訝な表情を浮かべているのに気付いた。



「あの小僧はどうした? 連れて来いと言ったはずだが」


「は、はぃ……こちらの用件を伝えるとこれを渡されました」


「……これは?」



 レブロの問い掛けに秋雨とのやり取りを伝えると、彼からの伝言が書かれた四つ折りの紙をレブロに渡した。



 怪訝な表情を崩さずさらに眉間に皺を寄せるレブロが、秋雨の伝言である四つ折りの紙を開いて内容を確認する。



(そういえば、あの人変な事言ってたっけ)



 ここでローズは秋雨の言っていた「紙を渡したらすぐに部屋を出ろ」という言葉を思い出す。しかし、彼女に誤算があるとすれば気付くのが少し遅かったということだろう。



「おい、これは冗談か何かか?」


「え?」



 明らかに怒気を含んだ声色にローズは怯えながらも、たった今まで自分が持っていた紙を「この紙の内容を読んでみろ」とばかりにこちらに差し出してくる。



 それを受け取ったローズは、その紙に書かれていた内容に思わず言葉を失った。その紙に書かれていたのは一言でこう書かれていた。



“バーカ、バーカ、バーカ、お前なんかに二度と会うかよ!!”



「説明してもらおうか?」


「いや、その、こ、これは……」



 その後、二時間に渡ってレブロの説教は続き彼に来客があったという理由によってようやく解放された。もし、このまま来客がなければあと三時間は説教モードが続いていただけにローズにとっては救いの神だっただろう。



 それから、解放された後用事を済ませてギルドに戻ってきていたキャシーに「どうしたんだい?」と聞かれたので、事の顛末を話すと「そりゃえらい目にあったね」と慰められることになってしまい、増々自分の不運を嘆くことになるローズであった。

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