第37話
いちゃつきカップルから距離を取るために、秋雨は森のさらに東側を突き進む。
その道中にブルーム草やジュウヤク草を見つけながら採集していく。
西側の森ほどではないが、所々薬草が自生しており、コンスタントに薬草が集まっていく。
しばらく採集をしていると、再び草むらがカサコソと揺れ動く。
(なんだ? 今度はどこぞの姉ちゃんが、すっぽんぽんで水浴びでもしてんのか?)
自身のラッキースケベ体質を嘲りながら、そんな皮肉を考えていた秋雨だったが、出てきたのは別のものだった。
「グルルルルゥ」
「なんだ、お前らか」
すっぽんぽんの姉ちゃんでなかったことに、少々がっかりした様子の秋雨だったが、それはそれで対応に困ったことになっていただろうと、ピンクな妄想を頭の隅に追いやる。
そして、草むらから飛び出してきた三匹のフォレストファングをどうするかに意識を向けることにした。
「まあ、俺に向かってきた時点でもう結果は見えているだろうがな」
秋雨がそう呟くと、三匹のうちの一匹がこちらに向かって突進してきたため、いつものように躱して首に手刀を落とし絶命させる。
そのまま次のフォレストファングの懐に入り込み、両手で顔を抑え込むとそのまま反対方向に捻じることで首の骨を折る。
「さて、残りはお前だけだ」
「グルルルル……」
仲間が一瞬のうちにやられてしまった事に動揺と焦りの表情を浮かべながらも、背中を見せた時点でやられる事を感じ取っているのか、フォレストファングは逃げない。
その行動を諦めて観念したと判断し、引導を渡すため攻撃しようとした秋雨だったが、突如として首筋に寒気が走った。
「……なんだ、こいつは?」
本能に従い、その場から横に飛び退くと、次の瞬間秋雨がいた場所に何者かの影が走った。
秋雨が振り向いた先にいたのは、フォレストファングを二回りほど大きくした狼のモンスターだった。
「デカいな、しかも今回に限っては鑑定しなくてもこいつがなんなのか大体見当が付くというね……まあ一応鑑定するけど」
そう言いつつ目の前に現れた巨大な狼に【鑑定】のスキルを使用すると、予想通りの結果が表示される。
【ヒュージフォレストファング】
ステータス:
レベル14(ランクD)
体力 210
魔力 44
筋力 56
持久力 48
素早さ 81
賢さ 31
精神力 66
運 2
スキル:連帯行動Lv3、逃走術Lv3、嗅ぎ分けLv2、かみつきLv3、ネイルスクラッチLv3
「さすがDランクだな。フォレストファングとは一線を画している。だが、俺には遠く及ばないな」
そう呟きながらも、秋雨はヒュージフォレストファングに対する警戒を強める。
いくら能力値が自分よりも下であろうと、油断していい相手などこの世に存在しないと彼は常日頃から考えている。
今回の相手も自分より能力が低いものの、戦いというのはステータスが高い方が勝つというものではない。
漫画やアニメに登場する敵キャラは、最初主人公よりも能力が優れていたりするものだが、なぜか決まって主人公が勝ってしまう。
その理由としては、自分の方が優れていると敵キャラが思い込み、主人公に対して油断してしまうからだ。
その事をアニメや漫画を穴が開く程見ている秋雨が理解していないわけがない。
だからこそ、秋雨は目の前に存在するモンスターに、十分すぎるほどの警戒を向けていたのであった。
「さあ、掛かってこい。俺の全力、お前で試させてもらおうか」
「ガァァァアアアアア」
秋雨の一言が、戦い開始のゴングとなったかのように、突進してくるヒュージフォレストファング。
そのスピードは、今まで秋雨が出会ったモンスターと一線を画すほど素早いものだった。
だが、レベル1の時点ですでに能力値が1000もある秋雨にとっては、止まって見える……とまではいかないものの、ゆっくりとした動きに見えていた。
その突進を余裕を以って躱した秋雨は、ヒュージフォレストファングの側面に回り込むと、拳を相手の腹に突き刺した。
「キャィィイイイン」
「む? どうやら内臓が破裂したようだな、さすがに八分の一パンチは、挨拶代わりとしては些か強力だったみたいだな」
すれ違いざまに繰り出した、八分の一パンチによってその手応えから内臓破裂を引き起こしたことに気付いた秋雨。
だが、その時になって秋雨は「しまった」と内心で呟きその失態を口にする。
「木剣を使うのをすっかり忘れていた……これじゃあ魔法剣士ではなく魔法拳士になっちまうな」
しかし、ここから木剣を使おうにも既に相手は内臓破裂という動きに支障が出る攻撃を食らっており、今から剣で攻撃しても今さら感が否めない状態となってしまっていた。
しかもヒュージフォレストファングを殴った感触では、とても木剣などという脆い武器では、強靭な毛皮を貫くには心もとないと秋雨は思った。
「ワォォォオオオオン」
「うん? なんだ?」
そう考えていると、いつの間にかヒュージフォレストファングが遠吠えで仲間に指示を出したらしく、フォレストファングたちが慌ただしく動き出した。
だが、その行動は秋雨を取り囲んで数の暴力に訴えかけるといったものではなく、森の奥に逃げるような撤退行動であることが見て取れた。
「馬鹿め、今さら俺から逃げられると思って――」
「ガルルルルゥ」
「……なるほど、そういう事か」
秋雨はヒュージフォレストファングが取った行動で全てを理解した。
先の秋雨の一撃を受けたヒュージフォレストファングは、秋雨を脅威的な敵であると認識する。
そして、自分たちが束になっても敵わないだろうと判断したヒュージフォレストファングは、せめて群れを逃がそうと指示を出した。
さらに群れのボスである自分が、秋雨を引き付けることで、一騎打ちの形へと持ち込んだのだ。
一騎打ちに持ち込んだのにはもちろん理由があり、それは基本的に一騎打ちで戦う場合、他の味方には手出し無用という暗黙のルールが存在しているからだ。
つまりボスである自分が、秋雨と一騎打ちに持ち込みさえすれば、仮に自分が敗北したとしても一騎打ちである以上他の仲間に手を出せば、この場合秋雨が礼儀知らずとして誹りを受けることになる。
だがこの場には秋雨以外の人間はいないため、秋雨がヒュージフォレストファングを倒した後、群れを追撃したところで誰も彼を責める人間はいないが、かくいう今対峙しているヒュージフォレストファングからすれば「フッ、所詮はその程度の人間だったか」と舐められることになるのだ。
「流石は一つの群れを束ねるだけの力があるモンスターだな。いいだろう、その一騎打ち、受けてやる。そして、お前が敗北しても群れには手を出さないと約束しよう」
そこから秋雨は一度間をおいてから続きを話し出した。
「ただし、俺に一騎打ちを挑んできたんだ。悪いがお前の命、もらい受けるぞ」
「グルルルルゥ」
秋雨の言葉を理解しているのかいないのか、それは定かではない。
だが秋雨が群れに対して興味を失ったことを肌で感じ取ったヒュージフォレストファングは、改めて目の前の敵に集中する。
「ガァァァアアアアア」
「益々以って見上げた根性だな、それだけの怪我を負ってそんな動きができるとは」
ヒュージフォレストファングは再び秋雨に向かって行った。
そして、秋雨に噛みつこうと、その大きな口を開いたのだ。
口の中には鋭い牙が並んでおり、噛みつかれたが最後体ごと食いちぎられるのが容易に想像できる。
だが、そんな攻撃を素直に食らってあげるほど、秋雨はノロマでもなければお人好しでもない。
「よっと、残念だがその攻撃は俺には当たらんぞ」
「グルルルルゥ」
この瞬間ヒュージフォレストファングは勝負を諦めた。
自分の最大の切り札とする攻撃が通用しない時点で、ヒュージフォレストファングに次の手はない。
そして、同時に他の仲間を逃がしたという判断が正しいものだったことに、ヒュージフォレストファングは内心で歓喜した。
「じゃあ、このままぐだぐだやっててもお互いのためにならんから、止めを刺させてもらうぜ……【
そう言うと、秋雨は右手に魔力を集中させ魔法を唱えた。
数分後、秋雨の目の前にはもう二度と動くことのないヒュージフォレストファングが大地に横たわっていた。
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