第36話
時は少し遡る。
「何、会いたくないだと?」
男性職員からもたらされた報告内容に、レブロは思わず問いかけてしまった。
今日もまた朝一でギルドに出勤し、新規の冒険者リストをチェックしていたところ、ドアがノックされ入ってきた職員から予想に反する報告があったからだ。
元Aランク冒険者の眼光は、常人である男性職員にとって、蛇に睨まれた蛙状態であるため、身を縮こまらせる。
レブロは自身が知らず知らずのうちに彼を威圧していたことに気付き、すぐに態度を緩める。
そして、詳しい内容を聞くためさらに男性職員に質問をぶつける。
その結果、秋雨という冒険者がギルドマスターである自分を異常に警戒しており、会う事すら憚るといった具合の拒絶反応を見せている事が見て取れた。
彼の行動を一つ一つ吟味していき、その結果一つの仮説が浮かんできた。
(おそらく、小僧は俺という個人に会いたくないというよりも、“ギルドマスター”という肩書を持つ俺に会いたくない感じだな。そこから予想される可能性は3つ。一つは、面倒事に巻き込まれたくない思いから来る面会謝絶の可能性。もう一つは、小僧が裏稼業に生きる人間で表の稼業を生業としている人間との接触を拒んでいる可能性。最後はそれ以外の何か個人的な理由から俺と会うのを避けている可能性だ)
この3つ中で一つ目の予想が一番可能性が高く、二つ目が一番可能性が低い。
最後の個人的な理由というはっきりしない不確定な要素が介入しているため、レブロは自身が予想した可能性の中で、秋雨が自分に会いたくないのは面倒事に巻き込まれたくない事からくる拒絶の意思であるという結論に至った。
(色々と裏で小僧の動きを調べたが、真夜中に冒険者登録を済ませ、再び真夜中にやってきて薬草の買い取りを依頼している事から、奴があまり人目につかないよう立ち回っているのは明白だな。おそらくその理由は、面倒事に巻き込まれるのを嫌って人との接触を必要最低限にまで押さえているからだろう。だとすれば、少々厄介ではあるな)
これが普通の新人冒険者であるのなら、こんな回りくどい立ち回りをする事はしないし、その必要もない。
だが、レブロがこの短期間での秋雨の行動を辿っていくと、明らかに人との接触を最小限にしている意図が見受けられる。
彼が泊っている宿【白銀の風車亭】でも、毎度毎度食事を部屋に運ばせているという話がレブロの耳に入ってきており、その徹底ぶりが窺える。
レブロが異常だと感じているのは、それを成人になって間もない15歳の少年が行っているという事だ。
秋雨が仮にもう少し大人であるのなら、人生経験からくる行動予測だと納得できるのだが、15歳の少年が人生経験豊富な歳かと問われれば、答えは“否”である。
だからこそ、どうして秋雨が大人でもやりそうにないストイックな行動を取り続けているのかが、レブロには理解ができなかったのである。
“面倒事に巻き込まれたくない”という表面的な理由は予測できても、なぜそこまで頑なに面倒事に巻き込まれたくないのかという深層部分の理由が思い当たらないのだ。
(これは、是が非でも小僧に会わなければなるまい……)
秋雨の行動の意図を理解するためには、やはり本人に直接会って確かめる必要があると結論付けたレブロは、再び新規冒険者の情報が掲載されたリストに目を落とし掛けたところで、まだ男性職員がそこに立っていたことに気付き、内心で苦笑いを浮かべ彼の退席を促した。
「すまなかったな、報告ご苦労。仕事に戻ってくれ」
「は、はい、わかりました」
男性職員が部屋を出ると、腰を下ろしている椅子の背もたれに体重を預け、レブロは彼に会うための算段を頭の中で練り始めるのだった。
「ここに来るのは数日ぶりだな」
秋雨が転移魔法を使ってやってきたのは、この世界に最初に降り立った場所だった。
そこはグリムファームから徒歩30分の距離の場所なのだが、偶然にもグリムファームの東側に位置していた。
そのため、グリムファームから一度門兵を経由し、街の外に出てしばらく歩いたところで、誰も見ていないのを確認した後、転移魔法を使用して移動した。
ここに来た目的は、ヒュージフォレストファングが西側の森に出没するという情報をベティーから聞いたため、面倒事に巻き込まれてたくないと思った秋雨が、東側の森での薬草採集に切り替えたためだ。
東側にある森は西側と比べ木々が覆い茂っておらず、所々地面がむき出しになっている部分がある。
森というよりも林に近い場所であったが、薬草自体はそれなりに自生しているようで、さっそくブルーム草を発見した。
「うん? なんだ?」
秋雨がブルーム草を摘んでいると、草むらがカサコソと音を立てて揺れている。
気付かれないようゆっくりと近づいていくと、そこには衝撃の光景が広がっていた。
「ちょ、ちょっとぉ~、こんなところでだめだってばぁ~」
「いいじゃないか、別に誰も見てねぇんだし」
「そ、それは……そ、そうなんだけど」
「……」
その瞬間秋雨は無表情でその光景を見つめていた。
そこには、いちゃつくことに神経を注ぐ若い男女の姿があったからだ。
(またいちゃついてやがんのか……まったくこの世界のカップルはどいつもこいつも見境なく愛を振りまきやがって、けしからん!!)
秋雨が内心で悪態をついている間にも、彼らのいちゃつきが続いており、いよいよ男が限界を迎えたようで、女に問いかける。
「な、なぁ、もう我慢できない……キスしていいか?」
「いいよ、来て。たくさんしよ~」
その後彼らがどうなったのかはわからなかった。
なぜなら秋雨が男が発した言葉を女が了承した時点でその場を後にしていたからだ。
秋雨はいよいよ自身のうちに眠る熱い滾りを抑えられなくなってきているため、近々に金を貯めて娼館に行くことを視野に入れ始めるのだった。
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