第38話


「退屈なのじゃ!!」



 グリムファームの都市から西に数百キロ、馬車にして二週間ほどの距離に位置する王都【バッテンガム】。

 その王城のとある一室に一人の少女が駄々をこねていた。



 彼女の名はアリス・ウィズ・オスカー・ワンダーランド、バルバド王国現国王の娘にしてワンダーランド家の正当な後継者である。

 歳は13歳とまだ成人はしていないが、艶やかな長い金色の髪にサファイアを埋め込んだような碧眼を持ち、同世代の少女と比較しても幾分大人びた雰囲気を持つ美少女だ。



 年相応の身体つきをしており、最近胸部の辺りが膨らんできている事に内心で喜びを感じていることは彼女だけの秘密だ。

 そんな彼女が何をしているのかと言えば、お城での生活に嫌気が指し刺激を求めて外の世界を見てみたいと、お付きの従者に我がままを言っているところであった。



「そうは申されましても、アリス王女殿下はやんごとなき身分の御方でありますれば、お城でお過ごしいただくのは当然の事でございます」


「何が当然じゃ! こんな何もない退屈な場所なぞ、妾にとっては牢屋と何も変わらぬ」


「アリス様……」



 妥協を知らない若き主に困った表情を浮かべる侍女であったが、ここで引いては彼女を諫める者がいなくなってしまうと考えた。

 そして、心を鬼にしてアリスにとっては耳が痛くなるような言葉を投げかける。



「アリス様、あなたは将来この国を背負って立つ御方なのです。このバルバド王国の民の安寧はあなたの肩に掛かておられるのですよ?」


「うっ……」


「あなた様にとってこの城は居心地の悪いものなのかもしれません。ですが、この王都や他の都市には、日々の食べ物にすら事欠いている人々がいるのです。そのような人を一人でも多く救うのが、アリス様の為すべきことであると、私はそう信じております」


「……」



 アリスがいくら我が儘な姫であっても、自国の民を引け合いに出されては、それ以上の反論はできなかった。

 侍女の言う通りアリスはバルバド王国の王位継承権第一位の座についており、実質的なこの国の継承者であった。



 当然アリスの他にも継承権を持つ者は何人か存在するが、それも所詮は彼女に何かあった時の代用品に他ならなかった。

 それを理解していないほど、アリスも物分かりが悪くないらしく、ため息を一つ吐くと諦めたように口を開く。



「わかったのじゃ、もう外に行きたいなどととは言わぬ」


「お分かりいただいてありがとうございます」



 侍女の安堵した声を聞きながらも、それでもアリスはこの退屈な日々をなんとかしたいという思いから離れることはできなかったのである。

 この数か月後に秋雨とアリスは邂逅を果たすことになるのだが、それはまた別のお話である。







「ゴホッ、ゴホッゴホッ」



 秋雨がヒュージフォレストファングと一騎打ちを展開していたのと同時刻、グリムファーム領を治めるマリエンベルク伯爵家の主寝室にとある人物が病の床に伏していた。



 年の頃は四十代で、髪は白髪が少し混じっているものの、その眼光は未だ現役の騎士を思わせるほどに鋭い。

 病のせいもあり、手入れが全くと言っていいほどされていない顔は無精髭が生えているものの、精悍な顔立ちは男前のそれである。



 彼こそ、秋雨が現在拠点としてその身を置く都市【グリムファーム】の地を治める当主ランバー・ド・フィルル・マリエンベルクその人であった。



「おのれ……あの外道貴族め、よもやこの私がこのようなことになるとはな……」



 そう言いながら、天蓋付きの豪華なベッドの掛布団をこれでもかと握りしめるが、病の影響かその力はまだ元気であった彼を知っている者からすれば見る影もない。

 そんな恨み言を吐いている彼の元にドアがノックされる音が響き渡る。



 ノックした者は、彼の許可も待たずにドアを開け入室する。

 通常であれば、相手の許可なく部屋に入る行為は礼を失する行為なのだが、部屋に入ってきた人物とランバーとの関係を鑑みれば、それも頷ける相手だった。



「あなた、お加減はいかがですか?」



 彼女こそランバーの妻であり、彼に変わって現在のグリムファーム領における執務を代行している人物、キャメル・ララ・ポッツァ・マリエンベルクである。

 ランバーよりも少し年下の三十代中盤で、青い髪にこれまた青い瞳を持つ麗人だ。



 白を基調としたドレスの胸元は今にもこぼれ落ちそうな二つの膨らみがあり、同世代の女性と比較しても肌艶も良く、とても三十代には見えないほどだ。

 部屋に入ってきたキャメルは、そのままランバーの元へ歩み寄ると未だ力一杯に握っている手に自分の手を重ね合わせる。



「すまないキャメル、私がもっと奴の動向に注意を払っていれば」


「今はそのような事はお気になさらず、ご自分のお体の事をお考え下さいまし」



 そう言いながら、キャメルは握っているランバーの手に力を込めた。

 この時ランバーは歓喜に満ち溢れていた。“彼女を妻に迎えられて本当によかった”と。

 しかし、自分の命はもう半年しかないと医者に宣告され、こうしてただただ死を待つことしかできない状況だった。



 そんな重苦しい空気の中、キャメルはそれを破るかのように口を開いた。



「あなた、私はあなたに謝らなければならないことがあります」


「なんだい?」


「あなたのもとに嫁いで早19年、その間に私は一度たりとも子を成すことができませんでした」


「……」



 それはキャメルがずっと胸の内に秘めていた思いであったが、ランバーは薄々彼女のがその事に悩んでいたことに気付いていた。

 だからこそ、彼はキャメルの言葉に反論せず黙ってそれを聞いていたのだ。



「貴族の女としての役目も果たせず、あまつさえ夫の死をただ黙って見ている事しかできない私は、もはやいるだけで邪魔な存在です」


「もういい」


「私は悔しいです。子を産むこともできず、今もこうして最愛の夫の死を見ているだけなど――」


「もういいんだ!」



 そう言うとランバーはキャメルを強く抱きしめた。

 まるでその存在を確かめるように、彼女が必要な存在だと訴えるように。



「キャメル、お前との結婚は死んだ親父から半ば強制されたものだったかもしれない。俺も最初はどこの誰とも知らぬ相手と結婚などと思いながら、これも貴族の務めだと割り切ってたかもしれない」


「……」


「でも今確実に言えることがある。それは、お前と結婚出来てよかったということだ。何度お前の笑顔に救われたことか、今ではお前と結婚しろと言った親父に感謝しているくらいだ」


「あなた……」



 今までの思いを吐き出すように、ランバーは涙で震えながらもキャメルに告げる。

 彼女もまた涙で顔を濡らしていた。



「いつまで一緒にいられるかわからないから、今から言っておく。キャメル、愛してる」


「私も愛しております」



 そう言葉を紡いだ二人は誰ともなしに顔を近づけ唇を重ねた。

 秋雨がこの二人と出会うのはもう少し先になるのだが、これもまた別のお話なのであった。




――――――――――――――――



凄く対照的な話でしたね~。

この二人が秋雨とどう関わっていくのか、正直言ってまだ考えておりません!!

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