古椿の霊
ふる
事ありとぞ。すべて
鳥山石燕『今昔画図続百鬼』より
これは、
二度とは目を
人間は不条理を許せない
これから、書き残すことも、そういった浅ましい根性から思い至っただけの
黒地の天幕に穴を開けたような満月が、ポッカリと浮かんでいる。銀白の月光は
太陽とは違う、一度、死んだ光の下で咲き誇る花は
屋敷はシンと静まり返り、まるで人の気配がない。僕は畳に広げられた布団から起き上がると、乱れた
僕はこの屋敷を知らない。ただ、全く覚えのない場所であるはずなのに、不思議と懐かしい感じがする。座敷に漂う
相変わらず、屋敷は静寂に包まれていたが、拒絶されているようには思えなかった。長年、
僕は
掌に収まるほどの大きさの
粘りのある香気と甘味が
「ホホホホホホホ」
湧き上がる感情を噛み締めていると、背後の座敷から女の高笑いが聞こえてきた。僕の掌から
僕は息を飲んで女の美貌に
――ああ、あの女の肌の白さの美しい事といったら、全く信じられないほどだ。おや、あれは誰だろう。僕が寝ていた布団に男がいる。ぐっすりと眠っているようだ――
「ウフフフフフフフ」と笑いを噛み殺しながら、女は熱っぽく男に頬ずりする。肌と肌を打ち合う音が
どれくらいの時間が経ったのだろう。女は男の上で
――ああ、あの男が恨めしい。彼女の
獣じみた僕の眼差しを見て取ると、
「ホホホホホホホ」思わず、女から目を
女の幻影を追うようにして、
――殺してやる。この世界で僕以上に自由を楽しむことは許さない。どうせ、全てが幻で出来ているのなら、僕の手で
男の
――ああ、そうか。これは僕だ。こいつの正体は僕だったんだ。すると、僕は自分自身を殺そうとしているのか――
安らかに寝息を立てる愚かな男の正体は、他でもない僕自身だった。か細すぎる首に絡んだ手指に力が入る。
憎悪の情念は不思議な炎となって燃え盛り、「
――何ということはない。これは幻なのだから。この男の肉体は抜け殻のようなものだ。霊魂不在の人形だ。僕はこうして実存しているではないか。こんなものは必要ない。一つきりで充分だ――
徐々に体重を乗せて、男の
だが、男は一向に目覚める気配がない。ただ、
ボキンという鈍い音が座敷に響いた。それは
僕は必死になって、男の
そして――、久しい時間が流れた。いつの間にか、夜は白々と明けている。真っ赤な太陽がのっそりと昇り、座敷の内を
組み伏せられた男の顔には死相が浮かび、その気色は無論白い。人を殺したという実感はなかった。しかし、「ああ、この男は確かに死んでいるな」とだけ思った。
暗闇の中では判然としなかったが、男の
男の
男の
それは、一輪の
死人の体から血を吸い上げて咲いた花は、目にも鮮やかな赤である。男の肉を
僕はそこに女の幻影を見出さずにはいられなかった。これまでに、何人の男達が彼女の
「ホホホホホホホ」女の
無数の
女の正体について思いを
もはや、恐怖は一切感じない。ただ、〈美しい存在に触れた歓喜〉と〈
私たちは次の言葉を知らなければならない。どれほど理性で取り
夢は、
味をもつことがしばしばある。
――ジークムント・フロイト
(了)
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