狐者異
『絵本百物語・桃山人夜話』
巻第壱/第三より抜萃
一、頬肉の香草焼き
「いつだってきっかけは
「また、ホトケサンを食べるつもりか。あんたの仕事の腕前は認めるが、
「ミノル、そこがお前の悪いところだよ。この商売に同情や共感はいらない。それは命取りになる感情だ。これは、肉の塊だよ。機能不全を起こした時点で物質になるんだよ。ホトケサンを
「
その日から、
「あんたは腕のいい
「罪を感じなかったと言ったら嘘になる。だが、そういう感覚の鮮度はすぐに失われていくのも事実だ。正義や真理が
明晰な頭脳を持つ相棒のことである。
沈黙を破ったのは、キッチンタイマーのアラームであった。
アルミホイルの包みを白磁の皿に
「なあ、僕たちは罪人じゃないよな。
二、内腿肉のユッケ
昨晩、
〈
「ああ、食料が底を尽きそうだよ。メッセンジャーはまだ来ないのかい。もう、クラッカーは食べ
勢いよく玄関の扉が開け放たれると同時に、
――たしかに、
組織の伝達係は物資の
いつのことだったか、伝達係がふっつりと山小屋を訪れなくなったことがあった。二か月間ほど、
最後に残されたものは、組織から処理を押し付けられた一つの死体だった。
――やめようと思えばやめることもできた。でも、俺は人間の肉を食い続けている。楽しんでいるのだ。だが、それが悪いことなのだろうか。仕事に楽しみを
「あッ、メッセンジャーのクルマが来たぞ。もう、腹が
そう言うと、
油の浮いた顔面に、薄くなった頭髪。
「
「気を悪くしないでくれ。
この男の気まぐれのせいで、六十日間に
「あんたは俺のことを
「
しかし、
三、胸腺の赤ワイン煮込み
――おそらく、あのメッセンジャーは殺されているのだろう。そして、その犯人は
両手鍋に
「あんたの料理はさぞかし
〈
きっと、
「気持ちはありがたいけれど、僕はあんたのようにはなれないよ。これを食べてしまったら、神さまに見捨てられてしまうような気がするんだ。どれほど、血に濡れようとも、越えてはならない境界がある。それを
そう言うと、
「
――ああ、この味だ。
伝達係の男は
「僕は神さまに嫌われてもしかたがないことをしてしまったんだ。取り返しのつかないことをしてしまったんだ。僕はあんたの料理を拒絶したんじゃない。
食人と殺人のどちらの方が罪深いのか、彼らには分からない。しかし、この仕事を始めてから、どこか
「あのな、どうやら、僕は
だが、
「
この
「約束と違うじゃないか。こんな大勢でやって来て調べるなんて聞いていないぞ。あんたらは全てをぶち壊したんだ」
「あなたの指示に
「
――俺たちは
「人の子よ、
彼は黒服の男たちに
四、フィレ肉のステーキ
この
実際、
「私が知る唯一の自由は、精神および行動の自由である」とカミュは説いた。彼らが組織の〈所有物〉である以上、行動は常に
春の嵐が山小屋を
――
「どうやら、お前は自分の立場を
要するに、
「罪に対して
――僕は
青年の
「人の子よ、
組織との連絡が
――神さまに嫌われてもかまわない。僕は生き抜いてみせる――
焼き加減を見るために、フィレ肉にナイフを入れる。さらりとした血が
(了)
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