二口女

 頭脳口ふたくち人面疔じんめんてう業病ごうびょうのごとくいひなせども、ふる医書ゐしょにもいでたり。されどもやまひをここりをきくに、おほくはけんどん邪見じゃけん無慙むざん放逸ほういつともがらにあり。しからば業病ごうびょうともいふべきか。いづれにもみづからの悪心あくしんより引出ひきいだやまひなり。

                                    

           『桃山人夜話・絵本百物語』より



 一、疑念


 天和てんな貞享じょうきょうの頃だったと思う。下総国しもうさのくにの千葉というところに夫妻があった。延宝えんぽう飢饉ききんの余波はいまだにおさまらず、夫妻の暮らしぶりもまた尋常じんじょうではない。

 夫である農夫の成太せいたは先妻の子を先の飢饉ききんで亡くしてから、昼夜を問わず田畑に出ては一心不乱にくわを振るい続けている。成太せいたは小柄な百姓であったが、まだ若いこともあって人並ならない膂力りょりょくを持ち合わせていた。彼の手に握り締められた唐鍬とうぐわは振り下ろされる度に風を切り、大地に着くと共に重い音を立てて、未墾みこんの土を耕すのだった。 

 成太せいた開墾かいこんへの熱意は執着に近しいものだった。子を失った悲しみと苦しみが彼の身体に熱をそそいでいたと言った方が正しい。実際、成太せいた頭蓋ずがいの内側にはこうべれる金色の稲穂への期待の念は一切なかった。ただ、言い知れない焦燥と不安が彼の肉体を突き動かしていたにすぎない。豊作も凶作も成太せいたにとってはほとんど意味をなさなかった。わば、自暴自棄の心が彼の胸の内をむしばんでいたのである。

 寝ても立ってもいとけない先妻の子の姿が目に浮かぶ。成太せいたは家にいることを極端なまでに恐れてもいた。非常な事態だったとは言えども、先妻の忘れ形見の子を死なせてしまった罪悪感は拭えない。

 家に帰れば彼の後妻とその間にできた子が自分のことを心待ちにしていることは知っていた。しかし、それを受け入れるほど彼の精神は弛緩しかんしていなかったし、神経は引き絞られる弓の弦のように緊張きんちょうしていた。

 先妻の子を亡くした事実そのものがなかったかのように振る舞う後妻の姿に、一抹いちまつの違和感を抱かずにはいられないほどに成太せいたの胸中は穏やかざるものであった。

 先妻の子が亡くなってから四十九日しじゅうくにちが経とうとしている。後妻たちは落ち込む成太せいた気遣きづかってか実にあっけらかんとしていた。まるで、そのような出来事など初めからなかったかのように、平素とわりえのない生活を営んでいる。成太せいたの中で芽生えた違和感はやがて疑念のつぼみみのらせるようになった。もしかしたら――と成太せいたは考えてから頭を振って重い唐鍬とうぐわを大地に突き立てた。

 汗を拭いつつ天を仰ぐと、いつの間にか茜色に染まっていた。成太せいたは腹の底にまった暗い感情を抱えながら、野良のら作業さぎょうの帰り支度じたくようやく始めた。使い古された唐鍬とうぐわ風呂敷ふろしきを結びつけて肩に掛けると、彼は思案しながら帰途きといた。ただ、空に舞う鴉だけが成太せいた悄然しょうぜんとした後ろ姿を見守っていた。

 ――なぜ、あれの子だけが生き残ったのか。確かに食料は充分ではなかったが、飢饉ききんを乗り越えるために相応な努めは果たしてきたつもりだ。あの子だけがひとり寂しく飢死うえじにするなどあり得るのだろうか――

 成太せいたは腹に抱えた不穏な疑念を晴らすため――後妻を問い詰めて事実を明らかにする――だけの勇気を出せずにいた。いくら一心不乱にくわを振るい続けても、解答は導き出されないことは、教養のない成太せいたにも理解できた。彼は黙々と仕事をこなすことで重要な問題から目を背けていたにすぎない。不思議なことに成太せいたが満身の力を込めて唐鍬とうぐわを振りかぶる度に疑念もまた比例して膨張していくのだった。

 成太せいたは過酷な農作業ごうですっかり重くなった両腕もろうで唐鍬とうぐわの柄に掛けながら、頼りない足取りでのろのろと家路いえじいた。いずれ、解答を導き出さねばならない事への重圧が彼の足のかせとなっていた。もしかしたら――という言葉が頭蓋ずがいの内で激しい明滅を繰り返す。彼は唐鍬とうぐわにないながら鴉連中に見送られ、にもかくにも家に向かい始めた。暗い感情を腹に抱えた農夫の後ろ頭を鴉達はいつまでも見詰めていた。


 二、傷痕きずあと


 唐鍬とうぐわかついだ成太せいたが重い足取りで家に着くとそこは惨事さんじ最中さなかだった。むせかえるほどの血の臭いが辺りには満ち溢れていた。

 下男げなんは薪割り用のよきを手に固く握って青ざめた顔で立ちすくんでいる。後妻のナツは血に濡れた髪を頬に垂らしながら頭を抱えてうずくまっている。

 阿鼻叫喚に包まれた家の様子はまさに地獄そのものだった。成太せいた唐鍬とうぐわを投げ出すと大粒の涙を流している子のもとに駆け寄ると、震える肩をむんずとつかんで事の次第を話すようにさとした。後妻の子はしゃくりあげながらも、だいたい次のようなことを、ぽつりぽつりと話し始めた。

「あのおじちゃんが母様ははさまの頭をよきで割ってしまったの。母様ははさまは、じきに暗くなるから薪割りはそれくらいにしておきなさい、とおっしゃったのに。おじちゃんが大きくよきを振り上げた時に、母様ははさまが危ないと叫びながらわたくしに覆い被さったの。それで――気が付いたら母様ははさまは頭から血を流して倒れ伏していたの。母様ははさまわたくしかばって怪我をしてしまったの。わたくしがおじちゃんのお仕事を後ろで見ていなかったら、こんなことにはならなかったのに」

 どうやら下男げなんの不注意からよき逆手さかてに握られていたらしい。背後で幼子が仕事を見ているのに気が付かないまま、勢いよく振りかぶられた凶器は子をかばおうとした母親の後ろ頭をしたたかに打ったようである。後妻のナツの後頭部には三寸ほどの深い傷が刻まれ、そこから脈々と血潮が溢れている。

 成太せいたは土埃と泥にまみれた手で流血を止めようとして傷口を強く抑えた。ナツは痛みのあまりにうめいていたが、農夫の脳髄は意外にも冷静だった。泣きじゃくる子を叱咤しったして桶に水を汲ませると手と傷口を洗い、恐怖に震える下男げなんに医師を呼んでくるように命じた。下男げなん成太せいたの指示を聞くと跳ねたような足取りで家を飛び出して行った。

 あれよこれよとしている間に界隈かいわいに暮らす者達が成太せいたの家に集まってきた。血に強いおんなしゅうはナツの傷から血がこぼれ落ちないように布を裂いてあてがった。無邪気なおとこしゅう何時いつでも医師をかついで来れるように提灯ちょうちんを片手に忙しなく駆け回った。ナツの顔色は相笑わず青ざめていたが痛みにうめくだけの意識はしっかりとつかんでいたようだった。村中の者達がナツの介抱をしたおかげで数刻後には、彼女の流血は止まって一命を取り留める事になった。

 農夫である成太せいたの判断は不思議にも的確であったが、彼が流血に堪えられるほどに冷静でいられたのは、腹にまった泥のような暗い感情が起因きいんしていた。後妻に対する疑念を払拭ふっしょくするまでは彼女に死なれるわけにはいかなかった。老いさらばえた医師は成太せいたの的確な処置をしきりにめそやしたが、ある種の執念が彼を一瞬間だけ冷静にしたにすぎない。成太せいたにはどうしても明らかにしなければならない疑いがあった。

 後妻であるナツの怪我は深いものではあったが、村中の者達が懸命に看護した甲斐かいもあり、徐々にだが快方に向かっていった。夫である成太せいたはその間も一心不乱に唐鍬とうぐわを振るい、一年ひととせでいくつもの田畑を開墾かいこんすることとなり、暮らし向きに幾分いくぶんかの余裕ができた。

 実りの時節が訪れれば全てが順風満帆に進むに違いない、と村中の者達は羨望せんぼうの眼差しで見守っていた。しかし、夫妻の間には容易には埋めがたい溝が依然として深く刻まれており、家の内には不穏な将来を予感させるものがあちらこちらに散りばめられていた。

 後妻の子が父親である成太せいたに、一種異様なしたわしさの込められた眼差しで彼を見詰めるようになったのも、その一部であると言えよう。とこせる母親の代わりを務めることが多くなった子はいつの間にか、父親である成太せいた恋慕れんぼに似た感情を抱くようになっていたのである。不意ふいに目が合う時などは頬を赤らめてうつむくことすらある子の様子を成太せいたわずらわしく思うようになった。母親であるナツが気付かないはずもない露骨な媚態びたい辟易へきえきした成太せいたは次第に家を空けることが多くなった。

 嫌悪の感情が彼を開墾かいこんへと向かわせた。それに伴って家は益々ますます富み栄えることになる。夫妻の生活を支えていたものは罪の意識であったに他ならない。成太せいた憤懣ふんまんくわを振るうにしたがって大きく膨らんでいった。


 三、頭脳口ふたくち


 怪我が快方に向かうと共にナツはしきりに自分と共寝ともねすることを求め始めた。

 成太せいたは初めこそ、まだ尋常じんじょうな身体ではないのだから――と言葉を濁して有耶無耶うやむやにしてきたが、彼女の懇願が次第に物狂おしさをていしてきたので、ついには枕を共にすることになってしまった。勿論もちろん成太せいたの心持ちはふるわない。腹に抱えた疑念を晴らすまでは、ナツの胸に肉体をゆだねる気にならなかったことは言うまでもない。それでも、成太せいたは夫としての務めを果たした。

 短く切り揃えられてしまった後妻の髪を撫でながら、暗闇の中で成太せいたは思案せずにはいられない。果たしてこの疑念を妻に問いただすだけの勇気が自分には残されているのだろうか。日々の活力は繰り返される開墾かいこんに費やされている。

 成太せいたは目前にえられた問題を積極的に解き明かすことを恐れていたのである。彼は農耕に精を出すことで自身の不甲斐ふがいなさを補おうとしていた。暗い過去をいたずらに暴き苦しむくらいなら、結果を先延ばしにして煩悶はんもんする道を無意識下に選択したのである。

 ――自分はなんと甲斐性かいしょうのない男なのだろう。妻を疑い始めてからじき一年いちねんが過ぎ去ろうとしている。その間にやって来たことといったら田畑を耕すばかりで何も進展していない。それどころか、家の中は不穏な雰囲気で満ち溢れている。娘のあの意味ありげな流し目の正体は何だろう。あの瞳で見詰められると酷くいやな気持ちになる――

 成太せいたは妻の髪を節くれだった指でぐしながら、強く彼女の肉体を抱き寄せた。正体の知れない不安が成太せいたつぶそうとしていた。嫌悪すべき女の肉体が暗闇に閉ざされたむろの中で唯一ゆいいつ確かなどころとなっていた。

 成太せいたは妻の顔をまじまじと見詰めることを忌避きひしていた。ひしと肉体を抱き寄せることで逆説的に恐怖の対象から逃れられた。得体の知れない者を抱き締めながら成太せいたようやく不安に耐えていたのである。

「ねえ、その身体の震えはわたくしおびえているからなのでしょう。そんなにわたくしのことが恐ろしいのですか。分かってますよ――、貴方あなたおっしゃろうとしていることくらい分かります」

 ナツは成太せいたの堅い胸板に顏をうずめながらつぶやいた。その言葉を耳にして成太せいたの心臓が跳ねるように鼓動したが、彼はがんとしてそれにこたえようとしなかった。思考を口にすれば虚偽うそいつわりだと見抜かれてしまうに違いないほど、ナツの細いのどぶえから発せられた声は冷たく鋭いものだった。

「ねえ、貴方あなたわたくしのことなど愛してはいないのでしょう。この傷がついた身体を愛せないのは分かります。だから、せめてものつぐないとしてわたくしは自身の現身うつしみである娘を差し出しました。ですが――、貴方あなたはそれを拒みました。それどころか、近頃は私共わたくしどもきらって近づこうともしません。貴方あなたは以前の奥様のことをいまだに思っていらっしゃるのでしょう」

 成太せいたの背中に鋭い痛みが走った。ナツの爪が彼の背中の肉を裂いていた。成太せいたは痛みに堪えるためにナツの肉体を強く抱き締めた。ナツのほそのどから歓喜のうめき声が漏れ出でた。彼女はその愉悦を深く味わうために益々ますます力を込めて爪を立てる。

「ああ、わたくしはこの傷をつけてくれた下男げなんに感謝すらしているのです。この傷痕きずあとのおかげで貴方あなた私共わたくしどもと繋がることができているのですから。私共わたくしどもは田畑に向かう貴方あなたの後ろ姿を何度もなみだんで見送りました。亡くなった奥様の子が憎くて仕方しかたがありませんでした。死してなお貴方あなたの心魂をめる奥様とその子をうらみました。いまでも、あの子のことを思い出す度に、くびころしてやりたいと感じます」

 背中に走る痛みに堪えかねて成太せいたの指がナツの後ろ頭にある傷痕きずあとに触れた。それを刺激することで彼女の暴力の注意を逸らそうとしたのである。

 しかし、成太せいたが暗闇の中で触れた傷痕きずあといびつな形をしたべからざる亀裂きれつとでもいったようなものだった。

 亀裂きれつ成太せいたの指をくわえるようにしてうごめいている。皮膚の下にあるはずの頭蓋ずがいは歯のように割れて、脳漿のうしょうは舌のように形をして固まっている。成太せいたの心臓は怖気のあまりに凍りついた。

「ねえ、貴方あなたはとっくの昔に気が付いていたのでしょう。あの子が飢死うえじにしたのは私共わたくしどものせいでございます。そうです――、あの子にくばるべき食料は全てわたくしの娘に与えました。貴方あなたの愛情を奥様方から取り戻すためにはしょうがないことでした。

 それでも、あの子は貴方あなたの心魂をとらえてむところ知りません。ああ、憎らしい。憎らしい。あの子をこの腕でくびころして、その肉を食べてしまえばよかった。この身体にあの子の肉が宿っていると知ったら、貴方あなたは少しでも私共わたくしどもを大切にしてくださったかしら」

 二つの口唇こうしんを持つ女のうらごと一向いっこうまらない。後ろ頭に刻まれた傷痕きずあとのような物は、相変わらず、成太せいたの指をねぶくわえている。成太せいたは抱いていた疑念が正しかったことを知ると同時に意識を手放してしまった。

 弓の弦を引き絞るように緊張した神経は異常に耐えることができなかった。ゆめうつつ狭間はざまで語られた寝物語ねものがたり成太せいた摩耗まもうした精神を崖の下に突き落としたのである。彼は半ば意識を失うようにして、ついには深い眠りへと落ちていった。


 四、低徊


 下総国しもうさのくにの千葉というところに夫妻があった。農夫は開墾かいこんのために重い唐鍬とうぐわを振るいながら思索する。あの夜半やはんに妻が語った寝物語ねものがたりを二度と聞くことはなかった。成太せいたもナツにいてただそうとしなかった。ただ、奇妙なことにナツは一度ひとたび解いたはずの包帯を再び頭に巻き始め、かたくなに夫の前で外そうとしなくなった。それが意味するところを成太せいたは知っていながらも目を逸らし続けることにした。

 稲が実る時期になっても成太せいたの家は一向いっこうに豊かになる様子もないのを、村の者達は不思議に思い始めていた。彼が耕した田畑からは相応の収穫があるはずなのに、成太せいたの家は相変わらず貧しさのあまりに喘ぐような暮らしをしている。まるで、亡くなったはずの娘が米を食っているかのように顎足あごあし勘定かんじょうに合わないのである。

 成太せいたの預かり知らぬ間に蓄えていた米が確実に減っている。その理由がナツにあることは明らかだったが、包帯の下に隠された奇妙な傷痕きずあとを思うと、彼女を責めて事の次第をつまびらかにする勇気は出なかった。成太せいたは問題の解決を先延ばしにするために、また唐鍬とうぐわを振るい始めたわけである。

 ――これはごうというものに違いない。全ての責任を妻子に押し付けることは出来ない。あの夜に語った通り、ナツは娘を飢死うえじにさせたのかもしれない。しかし、それほどまでに妻子を追い詰めてしまったのは俺自身であることも確かだ――

 全てを投げ出して妻子を追い出すことは容易たやすかったが、そうした強弁きょうべんに訴えたところで、安らかな暮らしを取り戻す余地よちすでにないように思われた。妻子を投げ捨てたところで己の罪をまざまざと突きつけられるだけである。認めがたい現実を受け入れるだけの余裕を彼は持ち合わせていなかった。愛情は執念となり、執念は罪であり、罪はごうとなって実を結んでいた。ほつれてからまった因果いんがの糸を断ち切るには、すべきことをさねばならない。成太せいたの腹の底には暗い感情が泥のようにまっていた。くわを振るう度にその泥は熱をもって煮え始めていた。

 ――すべきことをさねばならない。それはこの唐鍬とうぐわを妻子のあたまくだした後に、自分もまたつちかえるべくただちに命を絶つことに他ならない――

 成太せいたすべきことを理解していたが、それをとして実行するだけの勇気を出せずにいた。彼はひたすらに唐鍬とうぐわを土に打ちつけることで腹に抱えた悪意を誤魔化ごまかして、導き出さねばならない解答を有耶無耶うやむやにするしかできない。成太せいたの背中を焦燥と不安がじりじりとあぶっていた。因果いんが袋小路ふくろこうじごうに焼かれて喘ぐ餓鬼がきが彼のまことの姿だった。

 唐鍬とうぐわを握る手は疲労のあまりに震えているが、成太せいたは勇猛果敢に荒涼とした大地に向かって行った。その姿を見て村の者達は猛者もさたたえたが、実際の彼はどこまでも臆病おくびょうであったにすぎない。成太せいたは一心不乱にくわを振るうことで、どうしようもない現実から目を背けていたのである。黄昏たそがれどき天窮てんきゅうを舞う鴉達だけが彼の正体を知っていた。成太せいた臆病おくびょうに気づいているのは彼らだけだった。

 ――きっと、俺はこうしてくわを振るい続けながら死んでいくのだろう。宿世すくせの運命をうらみながら何事なにごとをもさずに死んでいくのだろう。ああ、鴉が鳴いている。じきに家に帰らねばならない刻限になるに違いない――

 からまりほつれた因果いんがごうを断ち切るためには、すべきことをさねばならない。しかし、彼にはその熱意が致命的なまでに欠落していた。農夫はふつふつと湧いてくる暗い感情を腹の底に抱きながら、一心不乱に唐鍬とうぐわを振るい続けるばかりである。下総国しもうさのくにの千葉に住む夫妻のすえは、天を高く舞いながら野次やじを飛ばす鴉達だけが知っている。


                                                                 

                     (了)


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