天づるし
一、絵日記
一九九○年の夏に祖父母の屋敷で奇妙な体験をしたことがある。
当時、小学校一年生だった僕は両親の気まぐれに付き合わされて、山梨県北杜市中に
そういった幸福な幼少の記憶の中に紛れ込んだ、ひと
アマチュアホラー作家となった僕は小説の種になるのなら、幸福だった記憶をバラバラに解剖して、ひと
僕は
はち月にじゅうよん日
きょうは、おじいいちゃんといっしょにお山にのぼりました。おじいちゃんはお山にすむ、おばけのおはなしをしてくれました。
とてもこわかったので、よるにへんなゆめをみました。てんじょうから、だれかがぼくをみおろしているのです。よくみると、ぼくとおないどしくらいの子どもだということがわかりました。
その子はニコニコとわらいながら、ぼくをずっとみおろしていました。
あさになって、おじいちゃんにきくと、それはジンタにちがいない、といっていました。おじいちゃんはとてもこわいかおをしていました。
もう、おじいちゃんにジンタのことをきかないようにします。こわいおじいちゃんはみたくないからです。
色鉛筆で描かれた絵は、
そこから覗く
震える僕を見下ろして笑う子ども。
その時に感じた危うさは絵日記にも表れているようで、翌日以降の記録には「ジンタ」という奇妙な存在については
何事にも
いずれにせよ、祖父母の屋敷には何か秘められたる謎があると感づいた。アマチュアがプロフェッショナルに少しでも近づくためには身を切らねばならない。
僕は祖父母との関係が険悪なものになろうとも、記憶の糸を
僕は手にしていた絵日記を
豊かな森が生み出す
枕元に置かれた時計の針は十二時を指そうとしている。山梨県北杜市行きの電車の
二、
山梨県北杜市、
――屋敷とは
その宿の
人の良い
歴史を感じさせる
幼い
祖父は
天井裏の子の
「もしもし、
市外局番に電話をかけるのは久しぶりのことだった。二十一年前に見た
「ああ、
「あのさ、仕事の用事で家の近くまで来てるんだけど。明日、そっちに行ってもいいかな。迷惑じゃなければの話なんだけれど……」
取ってつけたような言い訳を口にした
「そんなに遠慮する必要ないのよ。自分の家だと思って
祖母の
この
――肉親の過去を
祖母との会話が終わった頃には新進と夜は更け、師走の寒風が窓を頼りなく鳴らしていた。思えば、
明日はバスを乗り継いで
三、口を割る
祖父母が暮らす
「おお、よく来た。それにしても、大きくなったなあ。さあさあ、外は寒くなって来ただろう。中にお入りなさい」
――少しだけ
すっかり腰の曲がった祖母に導かれて、茶の間に
「立派になったもんだ。今いくつになったんだい――いやいや、やっぱり言わなくていい。それくらい計算できるから。まだまだ、
そう言うと祖父は
「そういえば、年末の大掃除をしていたら、小学校一年生だったときの夏休みの宿題を見つけてね。ほら、ひと夏をこっちで過ごしたことがあったじゃない――、その時の絵日記だよ。それには
酒に酔った僕は少しばかり
問題の絵日記を
――やはり、何かあるのか。祖父母は僕に
祖父は手にしていた
「わざわざ、それを
いいか、『ジンタ』の話はするな。
今や、祖父は僕の
「寝る場所をこさえたから、こっちにおいで。あの人も疲れているみたいだから、今日はもうお休みなさいな」
祖母に連れられて部屋を移ると、既に来客用の布団が敷かれていた。
「そんなに謝らないでちょうだいな。あの事だけはお前に知られたくなかったんだよ。あの子のお話はお
シッ、あの子に聞かれたら、
この部屋なら大丈夫だと思うけれど、いつまた、あの子が現れるか分かったもんじゃない。それじゃ、ゆっくりお休みなさい」
祖母はそんなことを一方的に話すと、慌てて
〈祖母の言う「あの子」とは天井裏の子どものことだろう。彼女の
僕は長い
――こんなことは間違っている。もう、このまま
頭の隅でそんなことを考えている
僕はしばらく
四、三つの資料
Ⅰ,とある
天井裏に子どもの
ああ、そりゃ、「
東北の
ただ、屋根裏とはいえ
ワシらが聞かされた
うん――、
まあ、
ワシらがお
ワシは難しいことは分からないが、お
Ⅱ,とある地方新聞記事の
また、
警察は特定の人物から
また、地元の
Ⅲ,とあるタブロイド雑誌の記事の
旧N県K村で
旧N県K村には、平地はほとんど見られず、道も
耕地面積が少ないために農業を
この制度では、まず、
このように
こうした、「おじろっぽ・おばっちゃ」
「
五、問い詰める
使い古されてボロボロになったボストンバッグの中には、三つの資料が押し込められていた。これらの資料を
僕は
僕は三つの資料が
僕は
「あなた達は、
細められていた祖父の
「
祖父は
「こんな三流記事から何が分かるというのだ。探偵にでもなったつもりか。
僕は怒りのあまりに手帳を投げ捨てた。この老夫妻が幼い子を殺めたとしか思えなかった。
「あなた達は
この新聞記事には『
そう言って僕が立ち上がると、祖父母の顔に明らかな動揺の気色が差した。彼らはむっつりと黙ったまま、動こうとはしない。彼らが
「あの部屋を
それにも関わらず、
二十一年前の夏に見せた、忌々しげな表情が、祖父の顔にありありと浮かんだ。それは、
「妻の
僕は怒りのあまりに震え始めていた。
「分かりました。
祖父の
「えーかげんにしろ、おい、ぶさらうぞ」
そう言うと同時に、祖父は僕の
僕は地面にぶつけた腕をさすりながら、
そのように考えを
僕は投げ捨てられたボストンバッグの中から、二十一年前の夏に書かれた絵日記を取り出すと、
(了)
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