垢なめ
一、冷血漢
母が
その頃の僕は皆に
無論、母が亡くなったという事実は悲しかったが、都会での暮らし向きに嫌気がさしていた僕にとっては悪い話ではなかった。このまま宙ぶらりんな生活を続けるよりは
親類一同も母が亡くなったことに少なからず動揺していた。特に祖母は一人息子の父を先の戦争で失って以来、嫁である母と
僕の
二、
東京の空っ風を知らない祖母は
彼女は僕の冷たい
「この調子なら祖母が亡くなる日も遠くはないだろう。そうすれば屋敷はすっかり自分のものになるわけだ。すっかり処分してしまおう。後には何も残らないはずだ」
僕は
母の
「あんまりいい表情じゃないけれど、これくらいしか写真が残ってなくってね。みんなで色々と話し合ったのだけれどね」
祖母は言葉を
僕はうなだれる祖母の肩を抱きながら
長い時間を掛けて
部屋はきれいに片づけられていた。以前はこの部屋に世界の全てが詰まっているように感じたものだが、東京の人だかりに
母が
僕は
三、水の音
ピチャリ、ピチャリ、という
「この家も私と同様に
――すると、あの粘着質な
生まれ育った家であるはずなのに、勝手の知らない別世界に迷い込んだような、
僕は階段を
今夜もあの水を打つような音は確かな質感を
「おぞましい。こんな家は早く処分してしまった方が良いに決まっている。東京では大勢の人間が
目を閉じれば祖母の濡れそぼった
開け放たれた窓から
四、行李の中
恐怖は時に人を
「
僕は
僕は苦労して天井裏に乗り上げると、あらかじめ用意しておいた懐中電灯で辺りを照らしてみた。誰かが隠れているような
何もあるはずがないと
勉強机に乗せられた
鳴り響く
僕は何も知らずにこの奇妙な物の下で生まれ育ち、十数年間の生活を送ってきたことになるのだろうか。いや、以前まではあのいやらしい水の音は聞こえていなかった。すると、この家の誰かが、僕が
いずれにせよ、この家に隠された秘密の正体はまだわからない。しかし、かつてこの家で何やらおぞましいことが起こったことだけは確かなように思われた。
取りとめのない疑問が次々と思い浮かんでは消えていく。神経の糸は緊張するあまりに、
天井裏に隠された
小さな
誰かの
僕は机の中から手帳を取り出すと、次々と疑問を書き
五、鬼の血
「そうかい。屋根裏にそんなものが残されていたのかい。きっとお前のお母さんは
ああ、
戦争でお前のお父さんが亡くなったという
父親が
お前のお母さんは夫が出兵していることをいい事に、
あの人はお前の弟が生まれるとすぐに、
お前のお母さんは生まれたばかりの子を
こんなことは思い出したくもないし、なかったことにした方がいいのかもしれないだろうけれど、お前が苦しんでいるのを見ているのはもっと辛い。ああ、戦争が起こらなければこんなことにはならなかったのに。
私たちはお前のお母さんを
母親のお
お前にも辛い思いをさせてしまったね。まさか、そのようなことが起きているとは夢にも思わなかった。どうか、許しておくれ。お母さんを責めてはいけない。恨むなら私たちを
祖母は涙ながらにそんなことを告白した。母の
母親と切り離された
真実を
戦争から十数年が
戦争によって
(了)
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