Part0.5

「楓……………………どこにいったんだろうな」

 ベッドから起き上がり、リビングへと向かう中で千景は消えた幼馴染へと思いをはせる。行方不明になった当初千景は中学生であったため、広い日本の中楓を捜索できるような行動力も財力も持ち合わせていなかった。

 無事に見つかることを祈って今までをただ無力に過ごしてきたが、警察曰くその期待はしないほうがいいとの話だった。

「うっ」

 唐突に、千景の体を悪感が襲う。

 体の内側からくすぐられているような気持ちの悪い感覚とともに、また千景の頭の中にイメージが形成されていく。

 頭に浮かぶのはスーツを着た成人男性くらいの体躯に、鰐のような顔を持った二足歩行する化け物。

「またかよ」

 昔から、千景は唐突に変な感覚に襲われる。

 ぞわりと来る悪感には種類があり、むしろ心地いいと感じる場合もあるが、これは最悪なものだった。

 多い時で一日に五回ほど波が来るときもあるが、そのたびに奇妙な幻覚症状にまで襲われるのはかなり千景の精神に負担となっていた。

 壁にもたれかかってしばらくすると、依然として頭の中に鰐男イメージは張り付いたままだが、千景を襲っていた悪感はどこかへ行った。

 医者曰く精神的なものとしか言いようがないらしいが、生まれつきのものなので千景にはどうもそうは思えなかった。

 立ち上がってリビングに着くと、そこにはソファーの上でラフな姿でテレビを見る大学生の姉と、朝食を作る母の姿があった。

「おはよう」

「さっき変な音したけど、また例の?」

 姉、千咲は心配そうな表情で千景の顔をを覗き込む。

「うん、最近なかったから治ったかなとも思ってたんだけど」

「今度は何?三つ首の蛇?それとも鬼?」

 スマートフォンを取り出した千咲はメモのアプリを開いてそう問いかける。芸術関係の仕事をしたい千咲にとって、何かの拍子にいいアイデアになるかもということで千景の見た幻覚についてメモを取るのは習慣になっていた。

「鰐男」

「鰐?」

「赤色のネクタイを締めてて、革靴に紺色のスーツを着てて、体格は丁度一般的な成人男性くらいで、鰐の顔が首の部分から生えてるみたいな感じ。手も人間のじゃなくて人の手から鱗が生えたような感じになってる」

「なるほどね、ありがと」

 千景が千咲の隣へと腰かける。

「そのゲーム楽しい?」

 千咲がスマートフォンで開いてプレイしていたのは有名なアニメが原作になったゲームで、以前千景もプレイしてみたのだが長くは続かなかった。

「どうだろ、時間無駄にしてるって感じが否めないけど……………………それ言っちゃゲームなんてできないか」

 朝食の支度ができると、二人して食卓へ向かうことになった。

 食卓にはコップと一枚の木製の皿が並んでいて、コップにはアイスコーヒーが、皿の上に少量のバターが塗られたトーストに二本のウインナーが並んでいて、その横にはレタスが添えられている。

 その質素な食事は、貧乏ではないまでも決して裕福とは言えない眞浜家にとっての普段の朝食だった。

「いただきます」

 トーストを食べていた時に少しべたついた手の油を拭ったりなどして、朝食を食べていると、あるニュースが千景の目を引いた。

「やだ、すぐ近くじゃない」

 母、美咲が少し大きな声でそう言った。

 それもそうだ。近所で変死体が発見されたともなれば誰でも驚くに違いない。

「学校休みにならないかな」

「ならないでしょ、姉さんの大学ここから電車で一時間じゃん」

「そっか」

 ニュースによれば、見つかったのは二十代後半くらいの女性の死体で、横腹にまるで獰猛な獣に食い破られたような大きな穴が開いていたらしい。

「千景も通学路気を付けなよ?」

「大丈夫だよ、僕なんか狙うなら、それこそ姉さんの方がよっぽど狙われるでしょ」

「まあ私、千景と違ってモテるからね」

 そんな話をしているうちに家を出ないといけない時間が近づいていた。

「ごちそうさま」

 食器を片付けて、コーヒーだけでは足りなかったのでコップ一杯のお茶を飲み干すと、千景はそのまま洗面所へと向かう。

 洗顔用の石鹸とタオルを取り出して、ヘアバンドをつけるおしと蛇口の水を顔にかける。冷たい感覚に少し体を震わせると同時に、眠気も少し吹き飛ぶのを感じた。

 洗顔を終えると、そのまま寝癖を直し、準備のため一度自室に戻る。

 スマートフォンで高校の時間割を確認すると、昨日の時点で準備していた鞄の中身をもう一度確認する。

「大丈夫だな」

 持ち物の確認が済むと、着ていた寝間着をベッドの上に脱ぎ捨てて、急ぎ気味で制服に着替える。

 そして鞄を手に取って部屋を出ると、まだ眠そうに目をこすりながら廊下を歩く千咲と出会う。

「あ、いってらっしゃい」

「行ってきます」

 少し体の力が抜けるのを感じながら、千景はいつものように家を出る。

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