第18話 僕と宇宙保安官
僕は三脚に元通りはまった球体ハウスを見上げ、そしてその正面にドデンと鎮座する大きな大きな宇宙船を見上げた。その横には小さめの宇宙船が止まっており、タコみたいな宇宙保安官とイカみたいな宇宙保安官がマジックハンドから引き剥がした双子坊主を小突きながらその宇宙船に収容していた。
「エイト様、この度はアンセル姫をお守りいただき誠にありがとうございました」
声をかけられて僕は振り返った。金色の光に包まれていた時に空から聞こえてきたのと同じ声だ。そういえば、アンセルの変身バッジから聞こえてきた声でもある。振り向いた先には丸いメガネにきれいに整えられた口ひげがよく似合う背の高い執事のような格好の人が立っていた。白にも銀にも見える髪の色は元々の色なのか、年齢によるものなのか判断がつかない。そんな老執事がこちらに向かって深々と頭を下げていた。
「あの日、アンセル姫の行方が分からなくなったと連絡があった時にはもう頭が真っ白になりました。もしや宇宙海賊との争いの最中連れ去られてしまったのかと」
そう言ってオイオイと泣き始めた老執事に、少し離れた所で山田くんと星野と話していたアンセルが駆け寄ってきて背中をさすった。
「じいや、心配をかけてごめんなさい」
じいやと呼ばれた老執事はさらに声を大きくして泣き出した。
「地球に来てからもすごく大変だったんですよ。ここを見つけるのに何日かかったことか! ようやく見つかったと思ったら真っ逆さまに落下していて! じいやの心臓は止まるかと思いました!」
「自分でも無理をしたと思ってます。ごめんなさい」
「だからじいやは嫌だったのです。姫様が星のかけらの使節団に加わるなんて。そんなこと姫様はしなくともよろしいのです」
「それは違いますよ」
アンセルは目を見開いた。
「ボクはルナールの人々のおかげで生かされています。だからその人々のためにできることはなんでもやりたいのです。それが王族の務めだと思っています。それに、星のかけらの商談をまとめたのもボクですよ。だから最後まで見届けたかったんです。じいやをこんなに悲しませることになるとは思ってなくて」
「もちろん姫様は少しも悪くありません! わかっております。全て極悪非道の宇宙海賊どもが悪いのです!」
「良かったらこれどうぞ」
泣きじゃくるじいやに星野がハンカチを差し出した。後ろから山田くんもやってきた。じいやは白いハンカチをありがたく受け取ると盛大に鼻をかんだ。
「星野様はお優しいですね。ありがとうございました」
「気にしないで。それアンセル姫のだから」
「なんと! 姫様のハンカチを私めが使ってしまうとは!」
じいやが大慌てするのを僕はおかしく見ながら、山田くんにたずねた。
「そういえば博士はどこ?」
心なしか少しやせた気のする山田くんは困ったように笑った。
「宇宙船を冒険してるよ。それはすごい速さでプルプルしてた」
僕には博士の様子が手に取るように分かった。今頃、宇宙船の中を引っ掻き回してルナール星の乗員を困らせているに違いない。苦笑いして大きな宇宙船を見つめていると、小さな宇宙船の方から怒鳴り声が聞こえてきて、中からガムでぐるぐる巻きにされた男が転げ落ちてきた。ヒゲモジャ船長だ!
「俺は何もしてねぇ! 頼む、捕まえないでくれ! 止めろって!」
呆れたことにヒゲモジャ船長はこの期に及んで逃げようとしているようだ。その時、小さな宇宙船の中から細長い脚がシャキンと出てきた。まだその全体像は見えないけれど、僕の体は本能的に察したらしく想像しただけでブルっと体が震えた。8本の脚をわさわさ動かしながら甲高い声とともにそれは姿を現した。
「お前の悪事はとっくに分かってるんだぞ。中でもルナール星の姫君暗殺未遂は重罪中の重罪。覚悟しとけよ、この悪党め!」
「まさか姫がいたなんて知らなかったんだよぉ」
「知らないで済むわけないだろう!」
クモみたいな保安官は泣きわめくヒゲモジャ船長を細い脚で一発蹴って黙らせると、ヒョイと担ぎ上げて宇宙船へ戻っていった。
「宇宙海賊もつかまって、星のかけらも取り戻せて、本当にみなさんには感謝してもしきれません」
アンセルは僕たちの顔を見渡して微笑んだ。
「だって、友…」
友だちでしょ、と言いかけて僕は言葉を飲み込んだ。アンセルが不思議そうに首をかしげた。その動きに合わせて銀色の長い髪がさらさらと揺れる。僕の知っているアンセルと目の前にいるアンセルは同一人物だけど同一人物には思えなくて、僕は胸がキュッと締め付けられた。どうしてという気持ちで胸の奥がもやもやする。聞こうか聞かまいかしばらく悩んだけれど、僕は意を決してやっぱり聞くことにした。
「どうしてお姫様だってこと黙っていたの? 友だちになれたと思っていたのに」
僕は少しショックだった。アンセルのことを友だちだと思っていたのに隠し事をされていたことが胸の奥をもやもやさせていた。男の子だと思っていたのに女の子だったし、それになんとルナール星の姫だったし。
山田くんは僕とアンセルを見てオロオロしている。山田くんだってきっとショックだったはずだ。これまで何日も一緒に過ごしてきたのに、あんなに楽しそうにしていたのに、どこまでが本当なのか分からなくなってしまった。僕たちはアンセルにとって何だったのだろうか。
アンセルは緑色の目を伏せた。
「だますつもりは無かったんです。最初は少し警戒していました。でもそれはエイトくんたちだからということではなくて、ボクは立場上、誘拐されたりすると星全体の大問題になってしまうので身分を明かすことには慎重にならざるを得なかったのです。宇宙海賊が星のかけらを追ってくることも想像できましたし、それに加えてボクがいることが分かれば、彼らはなんとしてでもボクを連れ去ろうとしたでしょう。ボクは星のかけらよりもお金になるでしょうから」
「僕たちは黙っていてくれって言われたら絶対に言わなかったよ」
アンセルの立場を想像すると気持ちは少し分かった。だけど、もう少し僕たちのことを信頼して欲しかったと寂しく思う。アンセルは頭をぶんぶん振った。
「最初はそういう気持ちで黙ってたんです。最初は…。だけど、博士やエイトくんたちと過ごす毎日は楽しくてしょうがなくて。ルナール星ではみんながボクを敬ってくれます。それはボクが姫だからです。だから、こんなに親しくしてくれる人たちは今まで居なかったんです」
じいやが目を細めて微笑んだ。
「確かにアンセル姫がこんなに楽しそうにされているのは久しぶりに見ました」
じいやの指摘にアンセルは少し顔を赤らめた。
「そしたらボクはもうルナール星の姫だなんて言えなくなってしまいました。もしボクが姫だと分かったら、今までどおり仲良くしてくれるだろうか、それともルナールの人々のように少し離れたところからボクを見るようになるのだろうか。みんなはどっちだろうって考えたらどうしても勇気が出なくて言えませんでした。せっかくできた友だちを失いたくなかったんです。だから、だますつもりは無かったんです。だけど、ずっと黙っててごめんなさい」
アンセルはそう言って頭を下げた。お腹の前に重ねた両手が小刻みに震えている。じいやは目を見開いて硬直していた。自分の星の姫が地球の普通の少年に頭を下げている光景に脳の処理が追いつかなかったようだ。正直、僕も慌てた。信頼していなかったのはどっちだ。僕はとっさにアンセルよりも深く頭を下げた。
「疑うようなことを言ってごめんなさい。僕はきっといじけていたんだ。アンセルがお姫様だって知って急に雲の上の存在に思えて。星に帰ったら僕たちのことなんて忘れてしまうんじゃないかって悲しくなっちゃって。アンセルのこと友だちだと思ってたって言いながら僕が信じられていなかった。本当にごめんなさい」
「いいえ、ボクも早く言えば良かったんです」
アンセルは涙を拭っていた。僕はアンセルに恐る恐る手を差し出した。
「それじゃあ、これからもずっと友だちでいてくれる?」
「もちろんです!」
アンセルはまつげに涙を残しながらもニコッと笑い、差し出した僕の手を握り返した。良かった! 僕も思わず笑顔になる。
「ちょっとお、私たちもいれなさいよ」
星野がわざとらしく頬を膨らませ、僕たちの手の上に自分の手を重ねた。山田くんもこの流れに乗り遅れまいと慌てて星野にならう。僕たちは顔を見合わせると、何がおかしいわけでもないのに、一斉に吹き出し大きな声で笑い続けた。
ひとしきり笑ったあと、僕は、だけど、とアンセルに笑いかけた。
「男の子じゃなくて女の子だってことくらい教えてくれても良かったのに」
「えっ?!」
アンセルが驚いたような声をあげた。星野が呆れたようにため息をつく。
「そんなことも分かってなかったの?」
星野は最初から知ってたようだ。僕と山田くんは顔を見合わせた。キレイな顔だとは思っていたけど、博士も彼って言っていたし、だって、そんな…。星野は腕を組んでアンセルに苦笑いを向けた。
「男子って本当に鈍いわよね」
森では宇宙保安官たちによる捜査があらかた終わったようだった。博士も宇宙船の探検に満足したらしく、少年のような瞳を輝かせたまま僕たちのそばへやってきた。宇宙保安官たちは巨大なキノコと大量のポップコーンを彼らの小さな宇宙船の後方にくくりつけ終わった。宇宙の技術による結果が地球に残ることは宇宙法上良くないということらしい。宇宙船のもろもろを脚を使って指差し確認していたクモみたいな宇宙保安官は、指差し確認に満足したらしくいそいそとこちらに向かってやってきた。
「地球のみなさん。宇宙海賊の逮捕にご協力いただきありがとうございました」
甲高い声が僕たちを労った。いっちょ前にウエスタンハットを被ったクモみたいな宇宙保安官は僕に目を止めると、そっと1本の脚を僕の頭に乗せた。
「坊やも怖かったね。だけどもう安心だ。やつらは私たちがきちんと処罰するからね」
「あわわ…」
僕の足はガクガク震えていた。この森にはクモが多い。僕の家では見たこともないくらい大きなクモも出る。だけど、僕と同じくらいの大きさのクモはさすがに初めて見た。しかもそのクモの妙にフサフサした脚で僕は頭をなでられたのだ。生まれて初めて腰が抜けそうになった。僕は宇宙では絶対に悪さをしないと心に誓った。
「そうだ。これを忘れるところだった」
クモみたいな宇宙保安官は首に垂らした小袋から器用に小さな瓶を取り出した。中には丸くて白いラムネみたいなものが入っている。クモみたいな宇宙保安官は小瓶を博士に手渡した。
「地球人のみなさんはそれを飲んでください。大人は2錠、子どもは1錠。記憶消去薬です」
「記憶…消去薬?」
僕は思わず声をあげた。するとクモの脚がまた僕の頭をポンポンとなでた。ヒイッ!
「そうだ。地球はまだ宇宙人の存在を知らないはずの星だからね。君たちは少し多くを知りすぎてしまった。だから、この薬で記憶をリセットするんだよ」
「…」
僕は今度は声を出さなかった。代わりにみんなの顔を見る。星野、山田くん、そしてアンセル。今日まで一緒に過ごした思い出が全部消えてしまうのだろうか。みんなも動揺しているようだ。山田くんも本当に困った顔をしている。
その時、博士がコホンと咳払いをした。
「地球には『指切りげんまん』という約束を必ず果たすための方法があるんじゃ。宇宙人のことや今日までに起きたことは絶対に誰にも話さないと約束しましょう。だから薬は勘弁していただきたい」
「指切りげんまん?」
「そうじゃ。エイトくん、小指を貸しておくれ」
「う、うん…」
指切りげんまんなんかしてどうするんだろう。博士は僕の小指と自分の小指を絡ませて、例の言葉を唱えた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本呑ーます。指切った!」
クモみたいな宇宙保安官は口をパクパクさせた。
「約束を破ったら針を千本呑ませるのか?」
「えっ、いや、それは…」
言いかけた僕の言葉を遮るように、博士が悲しそうにうなずいた。
「そうじゃ」
「そんなことをしたら死んでしまうではないか」
「約束を破ったのだからしょうがあるまい」
「地球人はそんな覚悟で約束をするのか…」
クモみたいな宇宙保安官は明らかに困惑していた。アンセルとじいやも恐ろしいものでも見たように体を寄せ合っていた。クモみたいな宇宙保安官は長いうなり声のあと、ようやく口を開いた。
「分かりました。地球人が約束をそれほど大事なものととらえているとは知りませんでした。薬は飲まなくて大丈夫です。指切りげんまんをしましょう」
それから僕たちはクモの脚と指切りげんまんした。脚が8本もあるから1度に全員まとめてできた。僕が顔を真っ青にしていたので、クモみたいな宇宙保安官はまた気遣ってくれた。どうやら針を千本呑まされる恐怖で青ざめていると思っているらしかった。違います。僕が怖いのはあなたです。
宇宙海賊を乗せた小さな宇宙船は程なく地球から旅立った。近くの落ち葉を巻き上げながら、ゆっくりと上昇していく。木の高さと同じくらいの高さまで上がると、カメレオンのように周りの景色と同化して、もうどこにも見えなくなった。今ごろ満天に広がるあの星空のどこかを飛んでいるのだろう。
次はアンセルたちの番だ。それに僕たちもそろそろ家に帰らなくてはならない。
もうすっかり星が見える程度にあたりは暗くなっていた。お母さんがきっと心配している。今までこんなに遅くまで帰らないことはなかった。それに今日は学校から直接森まで来たから行方不明だとか大変な騒ぎになっているかもしれない。
アンセルにさよならを言ってお別れする。ほんの3秒もあればできることなのにいざとなると僕はなかなか言い出せなかった。山田くんも星野も同じように立ちすくんでいる。その時、じいやが両手を広げて僕たちをぐるりと見た。
「これよりみな様をパーティーにご招待したいのですが。もちろんご参加くださいますよね」
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