第15話 僕と星のかけら2

 僕と博士は山田くんの待つモニタールームに走った。山田くんは画面を見ながら、くちゃくちゃガムを噛んでいた。「こんな時になんて気が抜けているんだ」、なんて彼を責めてはいけない。これは博士がお願いしたことなのだ。山田くんは僕たちに気がつくとプーっと風船を膨らませてパチンと割った。


「明日はあごが筋肉痛だよ」


 そう言って、山田くんは机の上のガムでできたたくさんの風船たちを遠い目で見つめた。1つ1つ丁寧に捨て紙に乗せてきれいに並べられている。ぶどう味にいちご味、あれはオレンジ味だろうか。机の上はいろいろなフレーバーのガム風船でカラフルに染められている。これには食べることが趣味の山田くんもさすがに飽きたらしかった。


「これだけあれば十分じゃ。残りのガムはお礼にあげよう」


「あ、ありがとう…」


 とっても困った顔でお礼を言った山田くんは、すぐにもっと困った顔をしてモニター画面を指差した。


「大変! もうすぐ出てくるよ!」


 山田くんが指差す画面は真っ白だった。映画館に売っている大きなポップコーンのバケツを真上から撮影したかのような画面一杯のポップコーン。星野とアンセルは休むことなく大砲を撃っているようで、森のカメラから送られてくる映像はどんどん真っ白のモニターを増やしていった。


「ほらここ!」


 視線をさまよわせる僕に、山田くんがコツコツとモニターをつついて示す。良く見ると、ポップコーンの海がごそごそと動いている。しばらくすると、ニョキッと右腕が出てきた。続いて、ウンショッと左腕が出てくる。少し離れたところからは右足が飛び出していた。宇宙海賊がポップコーンから脱出するのも時間の問題だ。


「博士、急ごう」


「そうじゃな」


 僕と博士は、山田くんが体を張って作ったガム風船をお盆に載せて、モニタールームをあとにした。僕たちが向かった先は球体ハウスの入り口だ。ガムテープで巻かれたマジックハンドが僕に向かって手を振っていた。


「直してもらったの? 良かったね!」


「応急処置じゃがの。エイトくん、ガム風船を渡しておくれ」


「うん!」


 僕は博士の指示どおり、マジックハンドにガム風船を渡していく。博士が星のかけらをそっと当てると、ガム風船はみるみる膨らみ、球体ハウスの入り口をなんとか通り抜けられるくらいの大きさにまで大きくなった。入り口の下にはモグランド2号とおもちゃの兵隊が待機している。マジックハンドから彼らの手に巨大ガム風船が託された。博士はぷるぷる震えて大きく息を吸い込んだ。


「ガム風船、突撃ー!」


 博士の掛け声を合図に、モグランド2号とおもちゃの兵隊が弾けるように森に向かって走り出す。スピーカーから山田くんの声が聞こえてきた。


『エイトくん、テレビをつけて。映像を送るよ』


 部屋の隅にあるテレビには、カラフルなガム風船が猛スピードで森を突っ切っていく様子が映っていた。しばらくすると、映像が切り替わり、ポップコーン地獄からなんとか抜け出した宇宙海賊たちが息も絶え絶えにうなだれている光景が映し出された。ヒゲモジャ船長が自慢のアゴヒゲに絡まっているポップコーンを忌々しそうに振り落とした。


「船長、星のかけらなんて大したもんじゃねぇですよ。もう帰りましょうや」


 双子坊主の1人が心底くたびれた顔をしてパンパンに膨れたお腹をさすりながら言った。双子のもう1人も同じようにお腹をさすると大きなゲップをして、その思わぬ音の大きさに顔を赤らめた。船長はネオンライトのように光る歯をギリギリいわせながら突然2人をグーで殴った。そして、新たに飛んできたカプセルをドッジボールの要領で見事にキャッチすると、そのまま遠くへ投げ飛ばした。海賊たちはカプセルにレーザー銃で熱を加えると、より早くポップコーンが破裂することをこの短い間に学んでいた。伊達に長いこと宇宙海賊を名乗ってはいないのである。船長は殴られた頬を手で抑えて涙目の双子坊主たちをギリッとにらんだ。


「お前たちの言うとおりだ。星のかけらなんて、俺みたいな宇宙一の海賊が泥まみれになってまで手に入れるほどのもんじゃねぇ」


「船長、泥まみれじゃなくてポップコーンまみれですぜ」


「うるせぇ!」


 ヒゲモジャ船長はポップコーンを双子坊主の口にねじ込んだ。イライラがマックスなのだ。双子たちはいっぱいにポップコーンを詰め込まれて口をモゴモゴさせている。船長は地団駄を踏んで双子たちに説教をした。


「そもそもお前たちには俺を敬う心が足りてねぇんだ。帰るかどうか決めるのは船長の俺だ! お前らは黙って俺の言うことを聞いてりゃ良いんだ!」


 双子坊主が目を見開く。


「「んー! んー!」」


「だからうるせぇって言ってんだろうが! またポップコーン詰めるぞ!」


「「んー…」」


 ヒゲモジャ船長は言いつけどおり静かになった双子坊主たちに気を良くした。腰のベルトからレーザー銃を取り出し、なめるように見つめた。


「星のかけらはもうどうでもいい。お前らの銃も貸せ。3丁分の威力を合わせればあのとんちきな家もさすがに消えてなくなるだろ」


 双子坊主の1人がようやく口の中のポップコーンを全て片付けることに成功し、船長の後ろを指差した。


「ゲフ。船長、うるさいって言われたので言わなかったんですが…何かこっちに来てます」


「何っ?!」


 ヒゲモジャ船長は慌てて振り返る。すぐそこに船長の宿敵、巨大ガム風船を抱えたモグランド2号が狙いを定めて構えていた。船長は即座に銃を構える。しかし、モグランド2号が放ったガム風船は銃が光を放つよりも早く、目標物にぶつかって弾け、銃を握りしめる船長の腕ごとベタベタのガムで包み込んでしまった。船長はもう片方の手でガムを取ろうとしながら双子坊主に怒鳴った。


「そういうことは早く言え! バカヤロウ!」


 ガムの粘着力は強力だった。ガムを取ろうとしてもかえって周りがベタベタになり事態は悪化する一方だった。そこへ、おもちゃの兵隊たちもようやく追いつき、海賊たちに追いガム風船をお見舞いした。


「チクショー!!」


 ヒゲモジャ船長の怒鳴り声が裏の森に轟く。驚いたカラスが木から飛び出し、今にも沈もうとする夕日を背にどこかへ飛び去っていった。空はずいぶんと暗くなっている。一番星がキラキラ光っていた。


 僕たちはモニタールームに集合し、ガムで身動きの取れなくなった海賊たちを確認した。僕は自然と拍手をしていた。つられて博士が拍手をし、山田くんと星野も続いた。みんなニコニコ笑っている。アンセルが瞳を潤ませ、最後に拍手の輪に加わる。それは誰よりも大きな拍手だった。


「僕たちの勝ちだ!」


 宇宙海賊との長い長い戦いがようやく幕を閉じた。星のかけらは青白い光を放ち、確かに僕たちの目の前にある。僕たちの完全勝利だ。僕たちは興奮で頬を紅潮させ、球体ハウスではしばらく拍手が鳴り止まなかった。

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