第14話 僕と星のかけら

 球体ハウスの外では宇宙海賊とおもちゃの兵隊の攻防戦が続いている。球体バリアが宇宙海賊の放ったレーザー光線を弾くたびに、球体ハウスはビリビリと震えて、僕たちにその衝撃の大きさを伝えた。心なしかどんどんと振動が大きくなっている気がする。


「球体バリアはいつまで保つかの…」


 博士が小さくため息をつく。その時、エプロン姿のアンセルと星野が両手いっぱいに丸いカプセルを抱えて僕と博士の待つ球体ハウスの展望台にやってきた。球体ハウスの展望台とは球体ハウスの最上部にあり、普段は星を見るための望遠鏡が設置されている。僕が巨大キノコの上で確認したあの望遠鏡だ。しかし、今は望遠鏡は取り外され、代わりに大きな筒状のものが取り付けられている。博士の最終兵器、何はなくとも大砲だ。


「博士、頼まれていたものを持ってきました」


「バターもちゃんといれといたわよ」


 アンセルと星野からカプセルを受け取ると、博士は待っていましたとばかりにぷるぷる震えた。


「おぉ、ありがとう。よし。じゃあエイトくん、準備は良いかの?」


「ばっちりだよ!」


 僕は照準器を覗き込んだまま博士に向かって親指をグッと突き出した。照準器は怒り狂うヒゲモジャ船長をバッチリとらえている。博士は嬉しさのあまり震え上がった。


「ついに…ついに…これを使う時が来た…」


 博士は淡く青白い光を放つ星のかけらを手に取り、うっとり見つめた。地球中どころか宇宙中探してもめったに手に入らないその物体は博士をメロメロにしている。僕はだらしなくにやけた顔の博士を思わずにらんだ。


「博士早く! ヒゲモジャ男が動いちゃう!」


「おぉ、すまんすまん」


 博士ははっと我に返り、星のかけらをそっとカプセルに近づけた。星のかけらは一際強く明かりを発し、それに応えるようにカプセルはみるみる大きくなっていった。カラカラと小気味よい音をたてながらバレーボールくらいの大きさになったカプセルが抱えきれなくなった博士の腕から次から次にあふれだす。


「す、すごい! 本当に大きくなったぞ! いったいぜんたいどういう仕組みなんじゃ?! 気になる気になる気になるぞ!」


 実は、博士は星のかけらへの興味をずっと我慢していたのだった。星のかけらがルナール星にとってどれだけ大切なものなのか、アンセルとの日々を通じてしかと感じていたからこそ、自分一人のために知的好奇心を満たすことをためらっていたのだが、宇宙海賊と戦うため、使えるものは何でも使わなければならないこの状況下で、博士はとうとう我慢することをやめた。星のかけらの神秘に直に触れた博士は震えに震え、その震えはしばらく止まらなかった。


「もう博士ったら!」


 大きくなったカプセルに囲まれ、囲まれていることにも気が付かずに星のかけらの不思議に思いを巡らし、すっかり使い物にならなくなった博士を押しのけ、みかねた星野が大砲にカプセルを押し込んだ。同じく大砲に近寄ってきたアンセルは発射レバーに手をかけ、僕を見た。


「エイトくん行きます!」


「うん、オッケー」


 アンセルが体重をかけてレバーを引く。アンセルが尻もちをつくと同時にカプセルは勢いよく外に飛び出し、見事ヒゲモジャ船長に的中。船長は奇声を発しながらカプセルもろともふっ飛んでいった。


「よし、当たった!」


 僕とアンセルは顔を見合わせハイタッチした。星野がニコッと笑い、手慣れた動きで次のカプセルを大砲につめた。


「この調子でどんどん行くわよ!」


「「おぉー!」」




 モニタールームでは山田くんが森のカメラを操作している。展望台に転送された映像は混乱の中にある宇宙海賊たちをとらえていた。


「「船長!」」


 双子坊主が木の幹にもたれて目を回すヒゲモジャ船長に駆け寄っていく。船長がはっと目を覚ました。


「こんなもんで俺を倒せると思うなよっ!」


 船長はこめかみに青筋を浮かべながら横に転がるカプセルを力任せに叩きつけた。カプセルは「ふしゅう」と情けない音をあげ、ぐしゃりとへこんだ。双子坊主の1人が鼻先をくんくんと宙に向けた。


「なんだかいい匂いがしますぜ」


「本当だ。香ばしくて美味しそう…」


 もう1人の双子坊主が同じように鼻をくんくんさせる。自然と垂れてきたヨダレを裾でぬぐった。船長は2人の腑抜けた顔を見ていらだたしげに舌打ちした。


「俺の鼻が24時間年中無休でつまってんのは知ってんだろ。んなこと分かるかよ」


 最初に匂いに気がついた双子の1人がこんどは耳をそばだてた。


「なんだか音がしますぜ」


「本当だ。ポコポコ何かが弾けるような…」


 船長は顔をしかめたままうなずいた。


「それは俺にも聞こえる」


 宇宙海賊たちは音の出どころを探った。3人の視線が一斉にカプセルに注がれる。顔を突き合わせカプセルをのぞき込むと、ぐしゃりとひしゃげたカプセルの隙間で何かがカサカサ動いているのが見えた。船長が首をかしげた次の瞬間―。


 パーンッ!!


 森中に乾いた破裂音が響き渡り、カプセルの中からできたてほやほやのポップコーンが弾け飛んだ。見たことのない大きさのポップコーンが次から次にあふれ出てくる。ポップコーンの海に飲み込まれそうになったヒゲモジャ船長は、何かに気がつくと、恐怖に顔をゆがめて球体ハウスを指差した。


「次がきてるぞ! 早く打ち落とせ!」


「「へい、船長!」」


 双子坊主が飛んできた第2、第3のカプセルに狙いを定めた。ポップコーンに足を取られているにも関わらず双子坊主の射撃精度は今までに無いくらい精確だった。火事場の馬鹿力というやつだったのかもしれない。いつもであれば「でかした!」と褒められるほどの射撃の腕前が今日ばかりは悪い方に働いた。レーザー光線が1ミリも狂わずカプセルのど真ん中に命中する、と同時にカプセルは破裂し、中からたくさんのポップコーンが弾け飛んだ。裏の森はポップコーンでいっぱいになっている。海賊たちはすっかりポップコーンの海にうずもれていた。


『美味しそう…』


 モニタールームの山田くんの独り言が僕たちの耳に届く。アンセルがクスクス笑った。これでしばらくはやつらを足止めできるだろう。僕はいまだにぼんやりしている博士の肩を揺らした。


「博士! ねぇ、博士ったら。次の作戦に取り掛かるよ」


「お、おぉ。そうじゃった。すまん、すまん」


 博士はようやくこちらの世界に帰ってきた。頭から湯気が出ている。集中のしすぎだ。


「アンセル、星野、ここは任せた!」


「オッケー」


 星野はカプセルをつめながら返事をし、アンセルはぺこりと頭を下げた。僕と博士は星のかけらを持って小走りに展望台を出ていった。

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