第13話 僕と危機一髪
ピンポンパンポーン♪
夏は日が暮れるのが遅い。ようやくオレンジがかってきた裏の森に軽やかなサイレンが鳴り響き、続けて博士の咳払いがこだました。
「マイクテス、マイクテス。えー、宇宙海賊のみなさん、聞こえとるかの?」
「なんだ?!」
宇宙海賊が球体ハウスの前でまわりをキョロキョロ見回している。僕たちはその様子を球体ハウスのモニタールームから見ていた。モニタールームにはたくさんのテレビ画面のようなものがあり、森に設置されている監視カメラの映像を、その1つ1つがそれぞれ映し出していた。球体ハウスにこんな部屋があることを僕は今まで知らなかった。なんだか秘密結社みたいでとってもかっこいい。さっきまで感じていた宇宙海賊の恐ろしさを一瞬忘れるくらいには僕はウキウキワクワクしていた。博士はそんな僕に軽く下手くそなウインクをして、またマイクのスイッチをいれた。
「君たちが探しているのは星のかけらじゃろ? それなら今、ワシの手元にある」
「ほう…」
船長がレーザー銃を球体ハウスに向けた。ネオンライトのようにカラフルに光る歯をむき出しに、ニヤッと下品な笑みを浮かべる。
「分かってるなら話が早い。さっさとそいつを寄越しな! なにせ時代遅れの地球人にはもったいない代物だからな」
ガハハハと船長のえらそうな笑い声が響き、まだあたりをキョロキョロしていた双子坊主も慌ててヒヒヒヒと笑い始めた。静かな森に悪党どもの耳障りな笑い声が響きわたる。うつむいたアンセルの肩が小刻みに揺れていて、気がついたら、僕は博士からマイクを奪い取っていた。
「お前たちのものでも無いだろ! ルナール星から奪ったくせに!!」
星野が僕の肩をつかみ、乱暴にマイクから引き剥がすと、小声で怒鳴ってきた。
「余計なこと言わないの! 機嫌を損ねて攻撃されたらどうするのよ!」
「だって本当のことだよ」
僕の視線の先にはうつむくアンセルがいる。星野は気まずそうに軽くうなった。アンセルはなんにも悪くないのに、どうしてアンセルがこんなにつらい思いをしないといけないのだろうか。そう思ったら、極悪非道なあいつらに何か一言言ってやりたくなったのだ。
「その声は…さっきのガキだな?」
地を這うような低い声が聞こえてきて、星野はビクッと体を震わせた。どうやら宇宙海賊は僕たちのことを覚えているようだ。
「いまいましいあの穴掘りロボットを追いかけてきたらここにたどり着いた。そうか、あれはお前たちの仕業だったのか。だったら、この傷の落とし前をつけてもらわないとなぁっ!」
そう言って、船長はモグランド2号が顔に残した格子状の傷をそっと触った。指先が触れた瞬間電流が走ったかのように痛そうに顔をゆがめた。だけどその傷は僕が見る限り、アスファルトに転んでできる擦り傷程度に見える。痛いは痛いけど、消毒してバンソウコウを貼っていればそのうち治るだろう。宇宙海賊ってやつはまったくもって大げさなやつだ。
「その穴掘りロボットを作ったのはワシじゃ。怪我をさせてしまったのなら申し訳ない。星のかけらは君たちに渡そう。消毒液とバンソウコウも。それでどうか許してもらえんかね」
宇宙海賊からは見えないのに、博士は申し訳なさそうに頭を下げた。博士の誠意が伝わったのか、宇宙海賊は満足そうに自慢のアゴヒゲをなでつけ、銃を下ろした。
「まぁ、そこまで言うならしょうがない。こっちとしても揉め事を起こしたい訳じゃねぇ。星のかけらさえ手に入ればこんな野蛮な地球になんて興味ないんでね」
「野蛮っ…んー!」
再びマイクにつかみかかろうとした僕の口を山田くんがふさぐ。身じろぎしながら見上げた山田くんはとっても困った表情をして顔を左右に振りながら僕の口をふさいでいた。この場合、困っているのはどちらかといえば僕のほうだ。結構苦しい。目力で余計なことはもう言わないと約束してようやく解放してもらった。博士がコホンと咳払いした。
「失礼…。それでは交渉成立じゃな。今からそちらに星のかけらを持っていかせる」
そう言って、博士は手元のボタンを押した。しばらくするとモニター画面の端に四角いケースに入った星のかけらの淡い光が映りこんだ。おもちゃの兵隊みたいな小さなロボットがラッパを鳴らすのを先頭に、4体のおもちゃの兵隊ロボットが自分たちの体の半分はあろうかというそのケースをせっせと運んでいる。宇宙海賊たちの目の前までくると、先頭の兵隊が鳴らすラッパの合図に合わせて、星のかけらが入ったケースを海賊に向かって突き出した。
「また会えたね、星のかけらちゃん。まったく手間のかかる子だ」
ビシッと整列し敬礼する兵隊たちの前で、ヒゲモジャ船長が手にした星のかけらに見惚れている。満足するまで眺めると、後ろの双子坊主の兄だか弟だかに星のかけらの入ったケースを放り投げて言った。
「大事にしまっとけ。こいつらを始末したらずらかるぞ」
「船長、星のかけらを手に入れたら何もしないってさっき約束したはずじゃ…」
きょとんとする双子坊主の片割れをヒゲモジャ船長がギロリとにらんだ。
「俺たちは海賊だぞ? 約束なんか守るわけねぇだろ」
片割れのもう一人が不安そうに上目遣いで船長を見る。
「だけど、宇宙保安官が…」
船長はレーザー銃の火力を調整しながらニヤリと笑った。
「思ったんだけどよぉ、こんなちっさな星、宇宙保安官も助けに来ないんじゃないか? バレやしねぇよ! ガハハハ」
なんてやつらだ! 僕は怒りで肩が震えた。宇宙海賊ってやつらは自分たちのことしか考えられない最低なやつらだ。自分たちさえ良ければ、ルナール星にしても地球にしてもやつらにとってはどうなろうと構わないのだ。星野も山田くんも今度は止めなかった。僕は博士からマイクを奪う。だけど、そのマイクをさらに奪う手があった。
「この人たちに手をだしたら、宇宙保安官は必ずあなたたちを捕まえます。宇宙の果てまで追いかけて。星のかけらだけ持って、黙ってここから去りなさい」
いつも穏やかなアンセルが今まで見せたことのない怒りの感情をあらわに、マイクをきつく握りしめていた。だけど、そのマイクを持つ手は震えていた。アンセルはかなりの勇気を振り絞ったのであろう。僕たちはアンセルを守るように自然とアンセルの側へ寄り集まっていた。画面越しのヒゲモジャ船長がレーザー銃を向けながら首をかしげる。
「その声…どこかで聞いたような…。地球人の知り合いはいねぇはずだがな。まぁいい。俺に指図するとはいい度胸だなぁ?! その勇気に出力最大で応えてやろう。あの世で後悔しなっ!」
言うやいなや船長はレーザー銃の引き金をためらいなく引いた。モニター越しに銃口から白い光線が発射されるのが見えた。それは一瞬の出来事のはずだけど、僕には不思議としっかり見えた気がした。もうだめだ。目をギュッと閉じると校庭のクスノキが煙をあげ、ごうごうと音を立て燃え上がる光景がまざまざと脳裏に蘇る。僕たちももうすぐ…。次に浮かんできたのは巨大キノコの上から見たお母さんの姿だった。怒ると怖いお母さん。だけど本当はとっても優しいお母さん。お母さん…。お母さんに会いたいよぉ! これからはもっといい子になるから! だから神様、仏様、誰でもいいから、お願い、助けて!!
「バリア発動! 戦闘モードオン!」
博士の生き生きとした声で僕は我に返った。周りを見回すと球体ハウスはさっきまでと少しも変わっていない。僕もみんなもまだ生きている。
「イテッ!」
何やら外から痛がる声が聞こえて、モニターに目をやると、なんとおもちゃの兵隊が小さな銃と剣で宇宙海賊たちを攻撃している。プラスチック製の小さな弾丸をスネに受けた双子坊主の1人が情けない悲鳴をあげて星のかけらを取りこぼした。そこへすかさず、いつの間にか待機していたモグランド2号が星のかけらを空中キャッチするやいなや、こちらに向かって猛烈に穴を掘り進んでくる。まるで踊っているみたいにおもちゃの兵隊の攻撃を避けたり、避けきれていなかったりする宇宙海賊たちのてんやわんやな姿を見て僕は目をぱちくりさせたまま、アンセルと山田くんと星野の顔を順番に見た。みんな同じようにぱちくりしている。
「ふぉっふぉっふぉっ」
博士の楽しそうな笑い声にみんなの視線が集まった。博士はぷるぷる震えていた。
「君たちが作戦会議をしている間に念のために作っておいたんじゃ。兵隊ロボットと球体バリアじゃよ。しかし、レーザー銃の威力が計算していたよりも弱くて助かったわい」
「博士、すごいよ!」
僕は叫ばずにはいられなかった。博士がキラキラしたつぶらな瞳を細めた。
「アンセル、こうなったら戦うしかないじゃろう。星のかけらも取り戻せたしの!」
そう言って博士は球体ハウスの入り口を指差した。モグランド2号が星のかけらの入ったケースを抱えてちょうど上がってきたところだった。アンセルは短く息を吸い込んだあと、その場に泣き崩れてしまった。その表情には安堵の色が浮かんでいる。きっとずっと、不安で、つらくて、悲しくて、緊張で気持ちが張り詰めていたのだろう。ルナール星の命運を1人で抱えていたのだから無理もない。山田くんがいつもどおりの困った顔でアンセルの背中をさすってあげていた。
「おまえらっ! ふざけやがって!」
レーザー銃が球体バリアにぶつかる激しい音とヒゲモジャ船長の怒声が聞こえてきた。おもちゃの兵隊たちは付かず離れず絶え間なく攻撃を繰り出しているけれど、しょせんはおもちゃ。宇宙海賊たちは彼らのチクチクとした攻撃にもう慣れてしまったようだった。僕は博士を振り返った。
「僕には何ができる?」
博士は片目をギュッと閉じやっぱり下手くそなウインクをした。
「とっておきがあるんじゃ。みんなも手伝っておくれ」
僕たちは顔を見合わせて大きくうなずいた。さっきまでとは違いみんな晴れ晴れとした顔だった。ここから僕たちの反撃が始まる、その期待がみんなの顔を輝かせていたのだ。
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