第12話 僕と作戦会議

 球体ハウスの奥の部屋からは変わらずトンカン音がして、ときどきピカっと光が漏れてくる。僕と山田くんと星野の視線はじっとアンセルに注がれていた。アンセルも負けじと僕たちをまっすぐ見つめ返してくる。しばらく誰も話さなかったけれど、ついにダムが決壊するようにそれぞれの思いをあふれさせた。


「だって星のかけらはルナール星が買ったんでしょ? 正真正銘アンセルたちの物じゃないか! そんなのっておかしいよ」


 と、怒る僕。


「ルナール星のみんなが飢え死にしちゃうんじゃ…」


 と、いつもよりさらに困った顔の山田くん。


「そんな大事なことアンセルが決めていいの?」


 と、冷静な星野。


 アンセルはキャスケットをまた深くかぶり直し、コクリとうなずいた。


「うん、ボクが決めていいんです。だってボクは…」


そこまで言って、アンセルはちょっと困った顔をした。星野が首をかしげる。


「どうしたの?」


「ううん、なんでもありません」


そう言って、アンセルはごまかすように話を続けた。


「そもそも、ボクがここにいなければ星のかけらは宇宙海賊たちが先に見つけていたでしょうし、遅かれ早かれこうなる運命だったんです。きっと」


 そうは言うものの力なく笑うアンセルを見ると、本当は星のかけらを宇宙海賊たちに渡したくないのが伝わってくる。僕だって渡したくない。僕は頭をフル回転させ、宇宙海賊たちの言葉を思い出した。


「そういえば、さっき宇宙海賊たちが『宇宙保安官』に見つかったらまずいみたいなこと言ってたよ。保安官って警察みたいな人たちのことでしょ? その人たちに助けてもらえないの?」


 日本の警察では無理でも宇宙保安官ならあのレーザー銃に勝てるんじゃないだろうか? 山田くんと星野は希望を見つけたとばかりに目を見開き、アンセルにサッと視線を向けた。アンセルはうつむいた。


「宇宙海賊たちは宇宙中を指名手配されてます。もちろん宇宙保安官に見つかればつかまります。ただ、この宇宙はとても広くて、毎日いつもどこかでもめごとが起きているので彼らはとっても忙しいんです。地球に宇宙海賊が侵入したことをまだ把握すらしていないかもしれません」


「そんな」


「通報するという手もありますが、ボクの宇宙スーツの通信機はつながりませんでした。壊れてはいないみたいなので近くにいればつながるかもしれません。星のみんなが通報してくれていればいいのですが、それでも、地球のどこにいるか探すのに時間はかかると思います」


 そう言って、アンセルは白衣の胸ポケットにそっと触れた。以前アンセルに見せてもらったことがあるが、そこには宇宙スーツに着替えられる変身バッジが入っている。ちなみに、宇宙スーツとは体を光の集合体に変換するスーツのことだ。今思えば宇宙海賊たちとともに現れる光の正体もこれだったのだろう。僕は山田くんと星野に宇宙スーツのことを簡単に説明した。星野はポンと手を叩いた。


「そういえば、宇宙には帰れないの? 宇宙スーツってのは壊れてないんでしょ? 星のかけらを持って先に逃げちゃえば?」


「それだと宇宙海賊に追いかけられてアンセルの身が危ないよ」


 山田くんが今にも泣きだしそうな顔で反論すると、星野は口を少し尖らせて困ったようにうなった。確かに山田くんの言うとおりだ。おそらく、星のかけらと宇宙海賊の距離はそれほど離れていないはずだ。こちらが先に星のかけらを手に入れても、3対1ではアンセルに勝ち目はない。僕はまた頭をフル回転させた。


「そうだ! 戦うのは無理にしてもルナール星の人たちや宇宙保安官が来るまで隠れるってのはどう? 僕の家でじっとしてれば見つからないんじゃない?」


 もし、宇宙海賊が僕の家までやってきたとしても、押し入れの中とか屋根裏に隠れれば見つからないんじゃないだろうか。だって、宇宙には押し入れも屋根裏も無さそうだもの。これには山田くんも同意した。


「それだよ! 僕の家も良かったら。ちょっと狭いかもだけど…」


 アンセルはすかさず首を振った。


「これ以上、キミたちやキミたちの家族を巻き込みたくありません。星のかけらは宇宙海賊に渡します。彼らもそれさえ渡せば大人しく帰ると思います。地球でのこれ以上のトラブルは彼らにとってもリスクになりますから」


 僕の名案をあんまりにもあっさり否定されて、僕は少しむっとした。こんなにもアンセルのためを思っているのに、その気持ちが伝わらないことにむしゃくしゃした。じゃあ一体どうしたらアンセルを救えるっていうんだ。その時、またもや星野がポンと手を叩いた。どうやらこれは星野が何かをひらめいたときのクセのようだ。


「ルナール星は食料危機で困ってるのよね? 星のかけらを諦めるなら地球の食べ物を持って帰れるだけ持って帰ったら?」


「「それだ!」」


 僕と山田くんは驚いた。どうして今まで気が付かなかったんだ。地球の食べ物は美味しいとアンセルはいつも幸せそうに食べていた。山田くんが何やら指折り数えている。


「あそことあそこと…あと、あそこ。ママがお菓子を隠してる場所、実は知ってるんだ。僕、家中のお菓子をかき集めてくるよ」


 アンセルは最初こそ嬉しそうに瞳を輝かせたけれど、すぐに暗い表情になった。何かと葛藤しているようだったが、やがて小さくため息をついて頭を振った。


「できればそうさせてほしいのですが、やっぱりそれもできません」


 星野はまさか断られるとは思っていなかったらしく目をぱちくりさせた。


「どうして?」


「宇宙法で禁止されているのです。地球はまだ未発展の星なので資源の採取は認められていないんです。他の星の技術をもってすれば、地球の資源を奪い尽くすことだってできてしまいます。地球はそれに対抗する手段を持たない星なので、そういう未発展の星は宇宙法で守られているのです」


 山田くんがおずおずとアンセルをうかがい見る。


「少しもだめなの? ほんのちょっとならバレないんじゃないかな?」


「少しだけ、少しだけと思っているうちに、いつのまにか取り返しのつかないことになるのです。そうやってルナール人は他の多くの生物を絶滅させてしまいました。それに宇宙法を破ってしまったら、ボクも宇宙海賊と同じになってしまいます。それはどうしてもできません」


こうして、僕たちの案はことごとく却下されてしまった。そして僕の心に少し意地悪な気持ちが芽生えた。


「そしたら、ルナール星のみんなはどうするの?」


 僕はアンセルが答えを持っていないことを分かっていた。だけど、僕の意地悪な心は聞かずにはいられなかった。痛いところをつかれたアンセルの声は今にも消え入りそうだ。


「…宇宙商人から他の星の食べ物を買い付けてきてもらいます」


 僕はとっても意地悪だった。自分でも自分のことが嫌になるくらいに。


「でも、星のかけらはすごく高かったんでしょ? お金はまだあるの?」


「それは…」


 言葉に詰まったアンセルは今にも泣き出しそうにしている。僕はなぜだかクラスのいじめっ子黒井川のことを思い出した。黒井川も意地悪をしているときはこんな気持ちなのだろうか? 本当はこんなことしたくないのに、意地悪しないと気がすまない。そんな気持ちだ。でも全然良い気持ちじゃない。胸の奥がモヤモヤする。アンセルが何か言わなきゃと思っているけど何も言えないのが伝わってくる。山田くんが何か言いたそうに僕とアンセルを交互に見ている。星野があきれたようにため息をついた。


「エイトくん、本当にそれでいいの?」


うん、分かってるよ、星野に山田くん。僕が言いたかったのはそんなことじゃなかったはずだ。僕がアンセルに知ってもらいたかった気持ちはこんな気持ちじゃなかったはずだ。


 そう思ったら、僕は叫んでいた。


「アンセル意地悪言ってごめん! でも友達だから力になりたいんだよ!」


 アンセルはびっくりしたように目を見開いた。その明るい緑の瞳に、透明な雫がみるみるうちにたまっていく。


「ボクも…ボクもみんなが友達だから危険な目に合わせたくないんです!」


 アンセルの涙がポタポタと床に落ちた。それでも、僕もアンセルも一歩も譲らなかった。でも、僕は少しすっきりした。僕の本当の気持ちがアンセルに伝わったのが分かったからだ。それでもアンセルの決断は変わらない。アンセルも僕と同じように悩んで悩んで苦しんでいる。そうして出したアンセルの答えがそれなのだ。山田くんは相変わらず困り顔で僕たちを見ている。


 その時だった。星野が何かに気がつき、球体ハウス入り口のドアモニターを指差した。


「ねぇ、あれ」


 みんなの視線が一斉に集まる。大きなコンペイトウのような物を頭上に、小さな生き物がピョンピョン飛び跳ねている。鋭い爪がキラリと光った。


「モグランド2号だ! 山田くん、そこの赤いボタン押して!」


 僕の指示に、山田くんが重量感のある体をできる限り早く動かし、近くの赤くて丸いボタンを押した。球体ハウスの入り口がキュインと音を立てて開き始める。マジックハンドがニョキニョキとモグランド2号に近づき、ズングリした胴をガシッとつかんだ。モグランド2号はされるがまま入り口目指して上がってくる。僕は待ちきれなくて手を伸ばした。青白く輝く星のかけらが球体ハウスをほの明るく照らす。山田くんからため息がもれた。山田くんは初めて星のかけらを見るのだから無理もない。このため息が、「きれい…」の意味なのか、「甘そう…」の意味なのか、どちらなのかは山田くんにしか分からないけれど。


「もう少し!」


 僕の指がモグランド2号に触れる。ようやくモグランド2号をつかみ、抱きあげようとした、その瞬間。どこからともなく白い光線が飛んできて、マジックハンドの柄にぶつかった。バチバチっと火花をちらしながら片手が地面に落ちていく。外から男の怒鳴り声がした。


「外した! くそったれっ!!」


 聞き覚えのある低い声に星野がぶるっと震える。


「宇宙海賊も来たみたい!」


 僕は急いでモグランド2号を球体ハウスにひきいれ、そばにいた山田くんに叫んだ。


「緑のボタンを押して!」


 山田くんは転がる勢いで赤いボタンのところへ戻り、隣にある緑の四角いボタンを押した。キュインキュインと閉じていく入り口の隙間越しに次々に飛んでくる白い光線が見える。しばらくすると、外から鈍い音がした。


「バカ野郎! やたらめったら撃つんじゃねぇ! 星のかけらに傷がついたらどうすんだっ!」


 さっきの鈍い音はおそらく双子坊主のどちらかが船長に殴られた音だろう。アンセルは顔を真っ青にして、すっかり閉じきった入り口をただただ見つめている。モグランド2号は星のかけらを持ったまま、奥の部屋に向かってするすると床を進んでいく。しわくちゃの手がひょいとそれを持ち上げた。


「これが星のかけらかね? なんともきれいじゃ!」


 振り向くと、博士がつぶらな瞳を少年のようにキラキラに輝かせ、ぷるぷる震えながら星のかけらを食い入るように見つめていた。面白そうに突起の部分を指先でちょんちょんとつついている。


「博士、宇宙海賊がすぐそこまできてる! マジックハンドも片方壊れちゃった! どうしよう!?」


 博士はすごい人なのだ。何でも知っているし、何でも発明してしまう。さっきから何かを作っていたし、博士ならきっとどうにかしてくれる。そう、博士なら。外はますます騒がしくなっている。宇宙海賊が球体ハウスに入り込もうと攻撃を加えているようだ。球体ハウスは頑丈に出来ているとはいえ、振動でがたがた揺れている。考えている時間はもう無い。僕は祈るように博士を見つめた。博士はこわばった表情の僕たちを順々に見て、そして、口を開いた。


「アンセル深呼吸じゃ。もう気持ちは決まったんじゃろ?」


 博士はアンセルの気持ちを聞かなくても分かっているようだった。さっきまで青ざめていたアンセルは大きく息を吸う。少し落ち着ついたように見えた。


「はい」


 力強い肯定の言葉が球体ハウスに響く。博士は名残惜しそうに星のかけらをなでた。


「マジックハンドはいつでも直せる。じゃが、人はは死んでしまったらもう元には戻らない。君たちは星のかけらよりも価値があるんじゃよ。それを忘れないでおくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る