第11話 僕と友だち
球体ハウスに入ると、今にも泣き出しそうな顔をした山田くんが、僕を見つけるなり悲鳴をあげて転げる勢いで駆け寄ってきた。
「エイトくん無事だったんだね!!」
部屋の隅に置いてあるテレビから消防車のサイレンの音が流れている。学校に消防車が到着し、今まさに消火活動が始まろうとしているところだった。その側で両手にバケツをぶら下げた鬼瓦が鬼のような形相で燃え盛るクスノキをにらんでいる。お茶の間の子どもたちがこの映像を見たら泣き出してしまうに違いない。
僕と星野がクスノキの下で待ち合わせすることを知っていた山田くんはとても心配していたそうだ。学校の方から上がる煙に気が付き、球体ハウスに戻ってからは、僕と星野がテレビのどこかに映っていないか瞬きもせず見ていたらしい。テレビの前で立ちすくんでいたアンセルもほっとしたようにこちらを見ている。
僕は山田くんの口元にプリンらしきものがついているのを見つけた。つまり山田くんは瞬きもせずテレビを見ながらプリンを食べることもできる器用な人間だということだ。僕の視線に気がついた山田くんは顔を赤らめてプリンのおまけをぬぐいとると、そのまま僕の後ろに視線をやった。
「星野さんも怪我は無い?」
多分大丈夫、そう伝えようとしたとき、
「うん、大丈夫。ところで、ここって何なの?」
「星野?!」
僕はびっくりして後ろを振り向いた。だって、星野は学校に置いてきたはずだ。その星野が僕の後ろに立ち、球体ハウスを物珍しげにながめ回している。星野はアンセルを見つけて顔を輝かせた。
「うわっ! すっごく綺麗な人。私、星野ミルクっていいます。よろしくね。あなたは?」
「…アンセル」
「ねぇ、なんで帽子被ってるの? せっかくの素敵な顔がもったいない」
「…」
興味深そうに見つめる星野の視線から逃れるように、アンセルはキャスケットを深くかぶり直した。山田くんとはすぐに仲良くなれたのに、星野のことは少し苦手みたいだ。
「…何事じゃ? おぉ、エイトくん無事だったか!」
広間の騒がしさに、防護メガネを掛けた博士が奥の部屋から顔をだす。星野を見つけて優しく微笑んだ。
「おや? そちらのお嬢さんは?」
星野は博士がこの家の主だと瞬時に判断したらしく、背筋を伸ばして恭しく一礼した。
「星野ミルクと申します。エイトくんと山田くんのクラスメイトです。最近ここの近くの青い屋根の家に引っ越してきました。都会から」
博士は、おぉ、と目を見開いた。
「あそこの空き家かね? エイトくんの家とも近いのう。これから仲良くしてあげておくれ」
「はい、もちろん!」
僕からすれば本当に思ってるんだか思ってないんだかなんだか分かりかねる星野のはつらつとした返事に、博士は気をよくしたようだった。それにしても、星野の家がこんなに近いなんて知らなかったな。どうりで星のかけらが庭に落ちてくるわけだ。
とにもかくにも、これでみんな(となぜか星野)がそろった。僕は両手を大きく広げてみんなの注目を集めた。
「みんな聞いて! 星のかけらと宇宙海賊がこっちに向かってる。多分もう近くにいる!」
それから僕たちは緊急ミーティングを始めた。とりあえず、どこからともなく持ってこられたホワイトボードに大きなクスノキ、僕と星野、そして宇宙海賊3人組を書きながら、可愛そうなクスノキが燃えることになった一部始終をみんなに説明した。山田くんは船長が引き金を引く場面のところで、両手で顔をおおってしまった。少し怖く話しすぎたみたいだ。星野はアンセルが宇宙人だと知ると、僕たちにとってはいまさらな話をアンセルに質問攻めしては、たびたび話を中断させるので僕は少しイライラさせられた。博士は途中で何かひらめいたらしく、弾かれたように奥の部屋に駆け戻った。部屋からはトンカントンカン音がし、ときおりピカッと光が漏れてくる。さて一体何ができるのだろう。
状況説明は終わり、僕たちはそれぞれ考え事をして無言になった。アンセルが何か言おうとして息を吸ったのと同時に、星野がポンと手を叩いた。
「大体のことは分かったわ。あの流れ星…じゃなくて星のかけらはアンセルの星の物で、それをさっきの宇宙海賊が狙っている、と…。こういうときは警察に相談するべきじゃないかしら」
そう言って星野はポケットからスマホを取り出した。自分のスマホを持っているなんてさすがは都会っ子だ。いやいや、今はそんなことはどうでも良くて。僕はぶんぶんと首を左右に振った。
「星野も見ただろ? あのレーザー銃の威力。日本の警察でどうにかできるレベルじゃないよ」
「あの、みなさん…」
山田くんが僕に同意するようにうなずいた。
「それに、宇宙人の存在はまだ地球人にバレちゃいけないんだ。警察に言ったらアンセルがつかまっちゃうかも」
「みなさん、あの…」
星野が両眉を上げ肩をすくめた。
「じゃあどうするのよ? 警察でどうにもできないことを私たちがどうにかできると思う? 私たち、ただの可愛い小学生よ?」
僕と山田くんは顔を見合わせた。山田くんは相変わらず困ったような顔をしている。星野の言うことは間違いなく正しい。星のかけらを見つけたら全て解決だと思い込んで今日まで穴を掘っていたけれど、宇宙海賊に見つかった場合のことはこれまで何にも考えていなかった。正直、こうなってしまってはもはや僕たちの手に負えない状況になっている。だって、一瞬でクスノキを燃やし尽くしてしまうなんて反則技だ。勝てるわけがない。分かっちゃいるけど、素直にそれを認めるのは悔しくて何か言い返さずにはいられなかった。
「んー…んー…そういえば星野は何でここにいるんだよ。そもそも関係ないでしょ!」
「みなさん、聞いて…」
星野は胸の前で腕を組んだ。
「ずっとエイトくんの後ろをつけてきたのに全然気が付かないんだもの。そもそも! 私が星のかけらを拾ったのよ。関係はあると思うけど。本当は流れ星を拾った美少女として全国デビューするつもりだったけど、アンセルの事情を聞いちゃったら放っておけないじゃない」
そう言って、星野はプイッと顔をそむけた。星野は意外と困った人を見過ごせないタイプなのかもしれない。僕が黒井川に星野からのラブレター(ではなかったけど)をからかわれたときもそうだった。
「星野…」
「星野さん…」
「みなさん! 聞いてください!!」
その時、アンセルが突然立ち上がり大きな声で叫んだ。僕たち3人が体をビクッとさせ、一斉に振り向くと、アンセルは3人分の視線を一身に受けて顔を真っ赤にした。気を取り直すようにアンセルは軽く咳払いし、キャスケットをかぶり直した。
「みなさん、ありがとうございます。地球人でもないボクのために、そして、見たこともないルナール星のために、こんなに考えてくれて」
深々と頭を下げるアンセルに、僕は普通に答えていた。
「だって友だちでしょ?」
アンセルがびっくりしたように緑の瞳を見開いた。
「えっ」
今度は僕が目を見開く番だった。
「えっ。ごめん。僕、アンセルとはもう友だちだと勝手に思っていた…」
一緒に過ごした時間は短いけれど、ちゃんと確認したことはなかったけれど、クラスでは山田くんぐらしいしか僕と話してくれないけれど、そんな僕だけど、僕は勝手にアンセルを友だちだと思っていた。アンセルの驚いた顔が僕の胸に突き刺さる。恥ずかしさで一瞬にして顔が熱くなってきた。そんな僕の横で山田くんが一歩踏み出した。
「ぼ、僕もアンセルのこと友だちだと思ってる。それにエイトくんのことも」
「本当に? 僕も山田くんのこと友だちだと思ってた!」
僕は今度は嬉しさで顔が熱くなってきた。山田くんは顔も顔を真っ赤にしている。目が合うと困ったように笑った。山田くんが僕のことを友だちだと思ってくれていたのが嬉しい。クラスで初めてできた友だちだ。星野は真っ赤な男子2人とびっくりしているアンセルを交互に見ると、ニコッと笑った。
「みんなまだ友だちじゃなかったの? そうは見えなかったけど…。じゃあ、私もいれて今日からみんな友だちね! ね、アンセルもそれで良いでしょ?」
僕と山田くんは顔を見合わせた。僕と山田くんにとってこんなにも勇気のいる友だち宣言を、星野が恥ずかしがることもなくいとも簡単にやってのけてしまったからだ。都会の転校生はやはり何かが違う。僕は、星野の押しの強さにさらにびっくりした様子のアンセルに恐る恐る話しかけた。
「アンセル、驚かせたみたいで、なんかごめんね。でも、もし良かったら…友だちに…ならない?」
今まで普通に話していたのに、妙に意識してぎこちなくなってしまった。アンセルはさっと頬を赤らめた。
「はい、驚きました…。今まで友だちなんてできたことがなかったから…」
僕は目をぱちぱちさせた。なんだ! じゃあ僕たちと友だちになりたくなくて驚いていたわけではなかったのだ! 僕と山田くんは顔を見合わせた。ほっとしたとたん、なんだかむず痒くなってクスクス笑った。アンセルは顔をさらに赤らめ、心なしか涙目で微笑んだ。
「ボクも! ボクもみんなと友だちになりたいし、友だちだと思ってます。地球でできた大切な友だち…。だから、決めました」
アンセルが真面目な顔をして口をきゅっと結んだ。一体何を決めたんだろう。いつも草原をふわふわと舞うチョウのような雰囲気のアンセルが珍しく何か覚悟を決めたような力強い視線を向けている。不思議に思いながらも、僕はみんなと友だちになれた嬉しさでニヤけたまま先をうながした。アンセルは口を開いた。
「星のかけらは宇宙海賊に渡します」
「「「はぁっ?!」」」
地球人3人のびっくり声が球体ハウスにこだまする。そばにある蛍光ピンクの液体が入った三角フラスコがカタカタ揺れた。まるで三角フラスコもアンセルの言葉にびっくりしたみたいだった。
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