第10話 僕と続キノコの森

 僕は裏の森のゲートでパスワードを入力し、あまり整備されていない林道をしばらく進み、その後、あまりどころか全然整備されていない道なき道をもうしばらく進んでいた。裏の森は草や落ち葉や湿った土の匂いを一杯にただよわせ、見えないけれど確かにそこにいる森の生き物たちの穏やかな息づかいで満ちている。つまりいつもどおりの森だ。どうやら、宇宙海賊はまだこの森にたどり着いていないらしい。もしかしたらモグランド2号が海賊たちを混乱させるために遠回りしているのかもしれない。僕は少しだけほっとした。


 博士たちと合流するために、星のかけらを探して毎日穴を掘っていた地点に向かう。僕が初めて大きくなったタマゴタケを見つけたあの場所だ。彼らは、まだそこに星のかけらがあると信じて今も穴を掘り続けているはずだ。まさかクラスメイトの星野が持っていたなんてだれが想像できただろう。


 いい話と悪い話があるんだけれどどちらから聞きたい? え? どっちでもいい? じゃあ良い話から。星のかけらが見つかったよ。じゃあ次は悪い話だ。宇宙海賊にも見つかったよ。


 そんな軽口言ってる場合じゃない。


「どっちも早く伝えなきゃ!」


 僕は最後の力を振り絞ってでこぼこ道を走り続けた。走って走ってたどり着いたその先にみんなの姿は見えない。新しい穴があるから今日もせっせと穴を掘っていたはずだ。だけどどこを探してもみんなの姿は見えなかった。


 僕の心は不安で一気にざわざわした。もしかしたら宇宙海賊たちはとっくの前に森にたどり着いていて、みんなまとめてさらって行ってしまったのかもしれない。そうだとすれば、今頃ひどい拷問を受けているかもしれない。僕が見た限り、宇宙海賊たちは暴力を行うことに少しも抵抗が無さそうだった。レーザー銃の引き金をためらいなく引く船長の姿を思い出し、僕はブルっと身震いした。本当にみんなはあんな恐ろしいやつらに連れ去られてしまったのだろうか。もう1度確かめるため、僕はついに胸の高さまで大きくなったキノコによじ登った。


 目の上に手をかざし遠くを見てみる。どうかみんなが近くにいますように。そう願いながら周りをくまなくぐるりと見渡す。すると、学校の方向から灰色の煙がもくもくと立ち上っているのが見えて、僕は校庭に置いてきた星野のことを思い出した。彼女は無事に保護されただろうか。宇宙海賊たちのことを鬼瓦になんと説明しただろうか。


 そんなことを考えながら、もくもくと空高く立ち上っていく煙を見て、僕はふと1つの仮説を思いついた。


 もしかしたら、みんなもこの煙に気が付き球体ハウスに戻ったのでは? 球体ハウスには望遠鏡がある。なんでも知りたがる博士はきっと煙の正体を突き止めようと思ったはずだ。田中くんも学校から見える煙に何事かと気になったに違いない。そして、2人が球体ハウスに戻ると言えば、アンセルに拒む理由はない。そうだ、きっとそうだ。


 この仮説を証明するために、僕は体ごと球体ハウスを振り返った。球体から望遠鏡が飛び出していれば、博士たちがハウスに戻っている証拠だ。それが分かれば、僕はみんなの安全を、安心して球体ハウスに向かうことができる。


「もう少しキノコが大きければなぁ」


 周りの木の枝が僕の視界をさえぎる。ハウスから望遠鏡が飛び出しているかいないのか見えそうで見えない微妙な高さである。キノコの上で背伸びして球体ハウスが見える隙間を探していると、突然足元が揺れたので、僕は慌ててキノコのかさをつかんで落ちそうになる体を支えた。地震だろうか。恐る恐る下を見る。なんとキノコが驚くほどのスピードで大きくなっているではないか! 地面がどんどん遠ざかり、空がどんどん近くなる。横を通り過ぎたカラスがこちらを2度見した。僕は、あっという間に森のどの木よりも大きくなったキノコの上にいた。


「あっ、良かった。望遠鏡飛び出してる」


 ここからは球体ハウスがよく見える。おかげでみんなが球体ハウスにいることも分かった。何なら町全体がよく見える。僕の家ではお母さんが庭の花に水やりをしていた。帰りが遅くなるとまた怒られそうだ。家の近くの青い屋根の空き家にはいつのまにか誰かが引っ越してきている。全然気が付かなかった。


 いや、そんなことはどうでもいい。こんな高いところからどうやって降りたら良いんだ! 


 一旦状況を整理しよう。とりあえず目を閉じ深呼吸をしてみる。しっとりした空気が胸いっぱいに広がった。いつもより空気が美味しい気がする。気を取り直してもう1度下をのぞいてみる。うん、やっぱり僕はすごく高いところにいるようだ。


「あれ?」


 地面をよく見てみる。こちらに何かが近づいてきていた。上から見ると丸くみえる何か。あれは―キノコだ!  


 他のキノコたちもどんどん大きくなって空へ伸びてきていた。こういうのはタイミングが大事なのだ。僕は大きく息を吸い、童謡「どんぐりころころ」を口ずさんだ。キノコたちが大きくなりすぎる前に、リズムに合わせてキノコからキノコへ飛び移り、ぴょんぴょんと地上を目指す。弾力のあるキノコのカサに途中何度か足をとられながらもどうにかこうにか順番に降りていき、やっとこさ地上にかなり近づいてきた。最後のキノコまであと少し。


「坊っちゃん、一緒に、遊びましょっ!」


 僕は光沢のある茶色いキノコに飛び降りた。無事着地…と思いきやつるりと足を滑らせ、僕の体が水平に宙を舞う。


「ナメコー!!」


 ぬるぬるキノコの正体はナメコだった。不思議なもので、落下している間、スローモーションのようにゆっくり時間が流れていたので「このナメコ味噌汁にしたら何杯分になるだろう」なんて考える余裕があった。ドスンと激しい音をたて、僕は地面に仰向けに落ちた。今日も空は青い。パンパンのランドセルが落下の衝撃を和らげてくれたようで、幸いどこにも怪我は無かった。


 僕はすっかり大きくなったキノコの森を首をのけぞらせて仰ぎ見た。キノコの成長スピードが早くなっているということは、星のかけらが近くまで来ているということではないだろうか。ということは、やつらも…!


 それから僕は球体ハウスを目指して脇目もふらずに走った。

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