第9話 僕と宇宙海賊

 僕の目の前では、星野がそっぽを向き、顔を真っ赤にしている。ノースリーブから伸びる細い腕が胸の前で組まれ、すらりと伸びた指がいらだたしげにその腕を叩いている。しばらくすると指はピタっと動きを止め、星野が勢いよく頭を下げた。


「ごめん。クスノキの下が告白スポットだったなんて知らなかったの。分かりやすいかなと思って、それで…」


 そよそよと風が吹き、頭上のクスノキの葉がさわさわと揺れる。僕は頭をぼりぼりかいた。


「告白だなんて思ってなかったから大丈夫だよ」


 これは全くもって完全に嘘だ。手紙を見た瞬間これは絶対告白だと思っていた。だけど冷静になって考えてみれば、星野とこれまでまともに話したことはない。告白だなんてあり得ないと最初に気がつくべきだった。


「それにあの時は黒井川くんからかばってくれてありがとう」


 僕が言いそびれていたお礼を告げると星野はさっきまで照れていたことなど忘れて、すっかり得意げに胸を張った。


「黒井川くんってさ、前から感じ悪いなと思ってたの。いい機会だったわ。それに、エイトくんのことを好きだってみんなに誤解されたままなのも困るしね」


 あ、はい。そうですね。僕はがくりと肩を落とすと、うらめしそうに星野を見上げた。


「それで話って?」


「そうそう、それそれ!」


 星野はキリッと真面目な顔になりリュック(星野はランドセルの代わりにリュックで通学している)の肩ひもをぎゅっと握りしめた。


「エイトくんって宇宙について詳しいのよね?」


 専門分野ってこのことだろうか。


「うーん、詳しいというか、好きだけど」


「この前の流星群も予測してたって」


「あぁそれ、僕じゃなくて博…友だちが予測したんだ。すごいでしょ!」


 博士は自分で自分のことをすごいとは言わない。あんなにすごいのに。博士は気にしていないけれど、僕は博士のことを大人たちが変なおじいさんだなんて呼ぶのが気に入らなかった。だから僕は博士のすごさを広めたいのだけど、博士自身が嫌がるのであまり博士のことが公にならないように気をつけている。悩ましいところだ。星野は少しがっかりしたようだった。


「なんだ、エイトくんは詳しくないの? まぁいいや。その人私にも紹介してもらえないかしら」


「えっ、なんで?」


 僕はどうしようか悩んだ。今、裏の森にはアンセルがいる。アンセルが宇宙人だとむやみやたらに知られてしまうのはできるだけ避けたい。それは何よりアンセルが望んでいることだからだ。こんな形で宇宙人の存在を証明するわけにはいかないし、もし、アンセルが地球のお偉い研究所につかまりでもしたら、何をされるか分かったものではない。地球は自分たちの技術で宇宙人を見つけなければならないのだ。山田くんのことは信用しているからアンセルのことも話したけれど、果たして星野のことは信用しても良いものだろうか?


 星野は、まさか僕が嫌がるとは思っていなかったらしく、少し困ったようだった。僕の質問に答えたものかどうかしばらく悩んで、ようやく口を開いた。


「んー、ちょっと聞きたいことがあるの」


「聞きたいことって?」


 はっきり言わない星野に僕は不信感をあらわにした。何を探っているのだろうか。星野は何か言おうか言わまいか悩んでいるようだったが、やがて諦めたように小さくため息をついた。


「うーん…エイトくんたちって探してるものがあるんでしょ?」


「なんで知ってるの?!」


 僕は驚いた。星のかけらのことは山田くんにしか教えていない。他に知っているのはアンセルと博士と、そして、あとは…宇宙海賊だ! 僕の頭の中でパズルのピースが次々とはまっていく。流星群の次の日にやってきた季節外れの転校生、初めて会った日に感じた視線、見るもの全てを惹き付ける不思議なオーラ。そして何より目の前の少女の名前は「星野」だ! 出来すぎている。こんなことってあり得るだろうか。いや、ありえないだろ、普通! 


 自分の推理に驚いて口をパクパクする僕を見て、星野は一瞬きょとんとしたが、すぐにクスリと笑った。


「だってエイトくん声大きいから。この前山田くんと話してたでしょ? 途中から丸聞こえだったよ」


 あぁ、あの時か。僕はとんだ勘違いに恥ずかしくなって突然頭がかゆくなってきた。何が不思議なオーラだ。ただの都会人のオーラじゃないか。頭をぼりぼりしながら、ふと見上げた空に3つの光がキラリ。あれ? あの光この前も見たような、なんて考えていると星野がゴソゴソとリュックを探り、中から手のひら大の丸みを帯びた巾着袋を取り出していた。


「しょうがない。もう全部話すよ。あの夜ね、なかなか寝られなくて庭で星を眺めてたの。うちってさ転勤族でしょ。だから転校には慣れてるんだけど、さすがの私もやっぱり初登校の前日は緊張するのよね」


 星野は目をつむり、その日のことを思い出すように勝手に1人でしゃべり始めた。だけど、僕はあんまり話を聞いてなかった。右へ左へ瞬間移動する3つの光を今度は見逃すまいとまばたきもせず追い続けるのに必死だったからだ。


「この町って星がきれいに見えるよね。私、こんな名字だから昔から星が好きなの。ついつい星グッズ集めちゃったりね。ちなみに今日の髪留めも流れ星のイメージよ。まぁ、それは良いとして。だけど今まで住んでたところは全部都会だったから実際の星ってあんまり見たことなかったんだよね」


「うんうん」


 光を追いかけながらも適度に相づちを打っておく。心なしか光がこちらに近づいている気がする。


「だからあの夜は驚いちゃった。急にたくさんの流れ星が頭の上を通り過ぎていって! 私、生まれて初めて流れ星見たの。それが新しい学校に行く前の日でしょ? なんだかこの町に歓迎されている気がしてすっかりこの町が好きになっちゃった」


「そうだね」


 星野の話はあんまり聞いてなかったけど、多分大した話じゃなさそうだ。星野ってもしかしてけっこうおしゃべり? 僕はまたとりあえず相づちを打っておいた。いや、そんなことよりも光がどんどん近づいてきている!


「あっ、そんな話をしたいんじゃなかった。それでね、その夜、家の隣の森に青い光が落ちるのを見たの。気になってしばらく森の方を見てたら、庭にこれが転がってきたの」


「そっか」


 光がどんどん大きくなってきた。ど、どうしよう!


「これ、もしかして流れ星じゃないかなって思って。そうなら私有名人になっちゃう。『美人小学生、流れ星を拾う』って新聞やテレビに出まくりよ。だけど流れ星じゃなかったら大恥じゃない? そんな時にエイトくんが宇宙の話をしてたからエイトくんならこれが流れ星かどうか分かるかもって思ったの。だけどさ、なんだか森で探し物してるって言うから、もしかしてこれのこと? って気づいちゃゃって。どうしようか悩んだんだけど、もしそうならやっぱり返さなきゃだよね…。ねぇちょっと、聞いてる?」


「それどころじゃないよ!」


 不満げににらんでくる星野に僕は思わず言い返した。だって光がもうそこまで来ているんだ! その瞬間、バチンという大きな破裂音とともに稲妻のような白い光が空を走り、僕が指差した目の前に突然土気色した肌に淀んだ瞳の不健康そうな顔をした男たちが現れた。


「ガハハハ! こんなところにあったとはな!!」


 映画で見たことのあるいかにも海賊といった格好のヒゲモジャ男が豪快に笑った。大きな口から見える不揃いの歯は次から次に色を変えながらネオンライトのように光っている。ヒゲモジャ男の後ろではそれぞれ右と左に眼帯をした双子の坊主頭が、ヒヒヒと感じ悪く笑っていた。

 

「ハロウィン? にはまだ早いか」


 突然現れた3人の奇抜な男たちに星野が目をぱちくりさせている。そこでようやく僕は、星野の手のひらに包まれた青白く輝くコンペイトウみたいな物体に気がついた。


「星野、それどうしたの!?」


 星野は男たちから視線をそらさず、少し後ずさりながら、小声で答えた。


「いや…だから…これ流れ星じゃないかと思って」


「それは違うぜお嬢ちゃん」


 ヒゲモジャ男がニタァと笑い、双子坊主が息ぴったりに舌なめずりした。男たちのねぶるような視線に背筋がゾワッとする。気がつくと、僕は星野の前で両手を広げていた。我ながらかっこいいと判断だったと自画自賛したいところだけど、実は足ががくがく震えて立っているのもやっとである。いつか聞いたアンセルの話が脳裏によぎった。


―極悪非道の行いを繰り返す宇宙のならず者です―


 不健康そうなダミ声があたりに響く。


「そいつを渡してもらおうか。星のかけらはお前らみたいなガキには早すぎるぜ」


 言って、ヒゲモジャ男は目にも止まらぬ速さで銃を構えた。さっきまでの薄ら笑いもすっかり消え失せ、男が本気であることを示していた。


 僕は後ろにいる星野が持っている大きなコンペイトウ(みたいな物)をちらりと見た。それにしても、星のかけらを星野が持っていたなんて! 裏の森をいくら探しても見つからないわけである。そして今、僕の目の前にいる3人組こそが宇宙海賊に違いない。宇宙法を破って地球に星のかけら探しにやってきたのだ。彼らは悪の限りを尽くした海賊だから法律を破ることにも、他人の大事なものを力ずくで奪うことにも、少しの、砂粒ほどの、何の迷いも無い。


 目の前に突きつけられている銃(おそらくこれがレーザー銃だ)の威力はどれほどのものだろう。レーザーって当たったらしびれるのだろうか。それともやっぱり銃だから血が出るのだろうか。ということは、もしかして死んでしまう可能性もある? そう思ったと同時に心臓がドッドッと大きな音を立て始めた。最悪の光景を想像して、こめかみに冷や汗が伝う。突然、星野が僕の手を振り払って前へ進み出た。


「大人が子どもから何でも取り上げられると思ったら大間違いよ、おじさ―」


「うるせぇっ!!!」


「キャーッ!!」


 星野が悲鳴あげるのとヒゲモジャ男が引き金を引くのは同時だった。僕と星野はその場でうずくまり、ヒゲモジャ男はクスノキに向かって発射した。僕らの小学校の告白スポットはまたたく間に炎に包まれ、バチバチと激しい音を立てながら校庭に大きな火柱を上げた。気がつくと僕はしりもちをついていた。全身が赤く照らされ、あまりの熱さに汗が次から次へと吹き出してくる。学校に残っていた生徒や先生たちが騒ぎに気がついたのか窓を開けてこちらを見ている。靴箱から鬼瓦が走ってくるのが見えた。だけどさすがの鬼瓦もこんな宇宙海賊には勝てっこない!


「船長ちょっとやりすぎですぜ。宇宙保安官にバレちまう」


 双子坊主の兄か弟が燃え盛る炎におびえながら言った。


「出力最大になってたみてぇだ。ガキどももすっかり震え上がってやがる。やりすぎたな。ガハハハ!」


 そう言ってヒゲモジャ男は星野の手から星のかけらを乱暴に奪いとった。僕も星野も抵抗できなかった。生まれて初めて死の恐怖を味わったのだ。アンセルの悲しそうな顔が浮かび、僕はぎゅっと拳を握りしめた。だけど、力を込めた拳は恐怖でぶるぶる震え結局僕は何もできなかった。男は星のかけらを上にかかげてニヤッと笑った。


「また会えて嬉しいよ、星のかけらちゃん。今度こそ高値で売りつけてやるからね」


 炎が弾ける音に混じってガハハハ、ヒヒヒヒと男たちの下品な笑い声がこだまする。その時だった。僕はお尻に軽い振動を感じた。地面を見下ろすと、盛り上がった土がヒゲモジャ男目指してずんずん進んでいる。これは何だろうと眉をひそめた、次の瞬間、地面からラグビーボールくらいの大きさの何かが飛び出し、ヒゲモジャ男の顔面に直撃した。


「イタタッ!! 何だこりゃ?!」


 慌てるヒゲモジャ男の顔には格子状の引っかき傷がついている。キラリと光る鋭い爪が星のかけらをがっちりつかむと空中で一回転した。行方不明になっていたモグランド2号だ!!


 モグランド2号はそのまま穴に戻り、来た道をせっせと戻っていく。


「おいお前ら! 何ボサッとしてやがる! 追いかけるぞ!!」


 ヒゲモジャ男は顔を真っ赤にして双子坊主をグーで殴ると、来たときと同じようにバチンと音をたて3つの光になり、右へ左へジグザグ動きながらモグランド2号を追いかけていった。


 あとには、燃え盛るクスノキと呆然とする僕と星野だけが残された。鬼瓦が学校に向かって叫んでいる。どうやらバケツに水をくんで持ってこいと叫んでいるようだった。僕は、やっと我に返った。


 モグランド2号は星のかけらを裏の森に持って帰るはずだ。そして、宇宙海賊たちはそれを追いかけていった。つまり、博士と山田くんとアンセルの命が危ない!!


 僕は星野に謝った。


「友だちがあいつらに狙われてるんだ。僕もう行かなきゃ」


 星野はしばらく魂が抜けたようにぼうっと遠くを見ていたが、僕の呼びかけに次第に生気をとり戻し始めたようだった。鬼瓦も近くにいるし、もう大丈夫だろう。


 僕は汗を拭って走りだした。いつも閉まっている学校の裏門をよじ登り、いつもは遠回りする浅い川をジャブジャブと真っ直ぐ突っ切り、空き地の壊れた柵の下をくぐって、ただひたすら裏の森目指し走った。ただひたすらみんなの無事を願いながら。

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