第8話 僕と星野からの手紙
「なんだこれ?」
いつもどおり登校し、ランドセルから取り出した筆箱と教科書をしまおうと引き出しを開けたときだった。中から星模様のおしゃれな封筒が出てきて僕は首をひねった。
手に取り裏を見てみると少し丸みを帯びた字で「エイトくんへ」と書かれている。どうやら間違いなく僕あての手紙らしい。この封筒といい、字の形といい、女子からの手紙と考えて良いんじゃないだろうか。僕は人生初めての出来事に胸が高鳴った。
何か悪いことをしている訳でもないのに、念のため、あたりをキョロキョロ見回す。よし、だれも僕に興味をもっていない。僕は、流れ星形のシールを破らないようにしながらそっと慎重に封筒を開けた。中には封筒とおそろいの便せんが1枚入っていた。
『今日の放課後クスノキの下に来てください。聞いてほしいお話があります。 星野』
「えっ!」
僕は慌てて口をふさいだ。教室にいた何人かがちらりとこちらを見たが、またエイトか、という顔をしてすぐに興味を失ったように向き直った。僕は口をふさいだまま目だけを動かし、ななめ後ろの方に座る星野を見やった。
星野はすでにクラスの人気者だった。1年生からこの小学校に通う僕よりも、もはや星野の方がずっとなじんでいた。今だって星野は2、3人の女子に囲まれて楽しそうに笑っている。僕の視線にはまるで気がついていないようだ。その星野が僕にこの手紙を?! どういうことだろう!? なんだか頭の中がぐるぐるしてくる。その時、突然肩を叩かれて僕は少し飛び上がった。
「エイトくんおはよう。何度も呼びかけたんだけど…どうかした?」
困り顔の山田くんを見て、僕は安心して大きく息を吐いた。朝の会まではまだ時間がある。安心ついでに僕は山田くんに相談することにした。
「これ僕の机に入ってたんだ。びっくりしないでよ」
口元に指をやり、静かに、と伝えながら山田くんに手紙を渡した。不思議そうに首をかしげていた山田くんは手紙を開きしばらくすると目をまんまるにした。
「これって星野さんがエイトくんのこと好きってこと?」
声をひそめて話してはいるが興奮しているのが伝わってくる。無理もない。僕だって叫んでしまったほどだ。僕はぽりぽりほっぺたをかいた。
「いやいやぁ、それはまだ分からないよ」
「でもクスノキの下に来てって。あそこで、こ、こく、告白すると、必ず成功するって噂知らないの?」
校庭にある大きなクスノキは学校では有名な告白スポットだ。もちろん知っている。僕はだんだん顔が熱くなってきた。山田くんが困った顔でにこにこ笑った。
「返事はどうするの? なんか僕まで緊張するよ」
その時、何かが僕と山田くんの間に割り込んできた。
「なぁんかお前たち最近よくつるんでるよなぁ。変人同士気が合うのかぁ? ん? 何だよこれ」
いじめっ子の黒井川だ! しかも、いつのまにか星野からのラブレターを手に取り、ひらひらさせている。僕は、自分でも驚きだが、黒井川につかみかかっていた。
「返せよ!」
黒井川はガタイが良くて背が高い。手紙を高くに持ち上げ、僕に触らせないようにする。そして、意地の悪い笑みを浮かべた。
「エイトのくせに生意気だなぁ」
僕は黒井川が苦手だ。何が理由か分からないがやたらと僕に突っかかってくる。こういうのは無視するのが1番だ。そう思って今までやり過ごしてきたけれど、今回ばかりはそうもいかない。黒井川につかみかかりながらちらりと星野を見ると、星野は黒井川の手元を見て顔をしかめていた。見覚えのある便せんに気がついたのだろう。
「返せったら!」
「そうだよ。返してよ」
山田くんが黒井川に詰め寄る。本当は怖いのだろう。声が震えている。だけど、黒井川はまさか山田くんが歯向かってくるとは思いもしていなかったようで一瞬ひるんだ。
「はぁ?! 山田のくせに調子に乗るなっ」
そう言って後退った黒井川の体が一瞬よろめいた。僕の手がもう少しで手紙に届く。あと少し。あと少し!
「うぇーい、取ったー」
あと少しのところで手紙は黒井川のとりまきの手に渡った。黒井川が僕をはねのけながらあごで指図した。
「何て書いてある? 読め読め」
ラブレターが読まれてしまう。僕は頭が真っ白になった。
「えーと『今日の放課後クスノキの下に来てください。聞いてほしいお話があります。 星野』、えぇっ?!」
教室中の視線が星野に集まった。もうだめだ。僕はたまらずうつむいた。顔が真っ赤になっている自信がある。黒井川が弾けるように笑い出した。
「星野ってエイトのことが好きなのか? 趣味悪ぃー」
「は? 好きじゃないけど」
えっ、そうなの? じゃああの手紙は一体? 頭から火が出るんじゃないかと思うくらい、顔がじんじん熱くなってきた。なんだか目の奥も熱い。恥ずかしさのあまり泣きそうだ。
黒井川も黒井川で星野の意外な返答に一瞬きょとんとしたが、すぐに僕を指差して大笑いした。
「エイトだっせぇ。からかわれてやんの! あっ、泣きそうじゃねぇか。バカみてぇ」
僕は黒井川が大嫌いだ。泣かないようにこらえているのにどうしてそんなことを言うんだ。山田くんが隣でオロオロしている。ここで泣いたら勇気をだして僕をかばってくれた山田くんにも申し訳ない。それになにより僕自身が悔しかったのだ。これで泣いたらいつも黒井川にやられてばかりじゃないか。絶対に泣くもんか。僕は唇をきつく噛んだ。
「何を言ってるの?」
星野の不思議そうな声が響いた。いつの間にか立ち上がり、腕を組んで黒井川をじっと見ている。その鋭い視線に黒井川が一瞬ビクッとした。星野は冷静な口調で言った。
「別にからかってない。エイトくんに聞いてもらいたいことがあったから手紙を書いただけ。話しかけようと思ってたんだけど、タイミングが合わなくて結局手紙にしたの。なんだかいつも忙しそうだったから。でもこんなことになるなら話しかければ良かったわ」
教室のみんなが、なんだぁ、という顔をしてみるみる興味を失っていく。黒井川はみんなの態度に慌てていた。僕をからかうせっかくのチャンスをこんなにすぐに手放したくなかったのだ。黒井川はツバを飛ばしそうな勢いで星野に食ってかかった。
「でもなんでエイトなんだよ。他のヤツでもいいだろ。やっぱりエイトが好きだからだろ」
「私の聞きたいことがエイトくんの専門分野だと思ったからよ。それに、意地悪な黒井川くんに比べればエイトくんの方がよっぽど好きかもね」
星野がぴしゃりと言い、周りの女子がクスクス笑った。黒井川は口をパクパクさせ何か言い返そうととしていたが、丁度担任の鬼瓦がいつもどおりとっても怖い顔をして教室に入ってきたので、黒井川は舌打ちをしてすごすごと自分の席に戻った。戻りながら僕をひとにらみする。本当に嫌なやつだ。星野は星野で何事もなかったかのようにケロリとしている。僕が言うのもなんだけど変わったやつだ。こうして教室は静けさを取り戻した。
その日1日中、僕はもうずっとうわの空だった。田中くんが僕をかばってくれたこと、星野が僕に話したいことがあるということ、そのことだけがずっと頭の中でぐるぐるしていた。給食で何を食べたかさえも憶えていない。そんなだから、気がついたときには、もう放課後になっていた。
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