第7話 僕とキノコの森

「星のかけら、これじゃない?」


「それはただのきれいな石じゃ。ワシがもらおう」


 山田くんが掘り当てたただのきれいな石を博士は嬉しそうに白衣の胸ポケットにしまった。僕はその光景を見て微笑ましくなった。初めて山田くんをこの裏の森に連れて行ったとき、博士はなぜだかとても嬉しそうに僕を見た。そして、なぜだかケーキを焼いてくれた。いつもはそんなことしないのに。なんにせよ、山田くんと博士は出会ったその日のうちに仲良くなり、3日経った今ではすっかり友だちだ。


 球体ハウスの方からアンセルが手を振ってやってきた。


「みなさん休憩しましょう。今日はスイートポテトというものを作りましたよ」


「ふぅー疲れたー」


 僕は近くのキノコに腰掛けた。星のかけらの影響でキノコは日に日に大きくなり、今では僕の腰の高さほどのものもある。首に巻いたタオルで額の汗を拭い空を見上げると、木々の間から澄み渡った青空が見えた。今日は土曜日。朝からずっと穴を掘り続けている。アンセルが山田くんに大きめのスイートポテトを渡した。


「はい、山田くんの分。いつもありがとう」


 キャスケット越しの緑色の瞳が嬉しそうに細まる。山田くんは顔を赤らめた。どうやら山田くんはアンセルと話すときにまだ少し緊張するらしい。初めて会った日にも山田くんはアンセルを見てカチコチに緊張していた。博士とは普通に話せるのにどうしてだろう。まぁでも嫌いなわけではないようだからまぁいいか。そのうち慣れるだろう。山田くんは赤いほっぺたにスイートポテトを詰めこみながらちらちらとアンセルを見た。


「なかなか見つからなくてごめんね。早く星に帰りたいよね」


 そうなのだ。星のかけらが見つからないとアンセルは帰れないのだ。……そうなのか? 僕は首をひねった。


「アンセル以外のルナール星の人は星のかけらを探しに来ないの? だって星の一大事なんでしょ?」


 アンセルはうなずいた。


「今手続き中だと思います。宇宙環境保安協会の許可なく他の星に入ることは侵略と見なされて宇宙法で厳しく罰せられるのです。特に地球はまだ他の星のことを知らない発展途上の星なので干渉すること自体が重い罪になります」


 ちょっと難しい単語がたくさん出てきて混乱するけど、要するに、今のところ地球と地球外の星は本来は交わってはいけない状況なのだろう。

 山田くんがフォークを口に入れたまま心配そうな顔をした。


「それってアンセルは見つかったらつかまっちゃうってこと?」


「ううん、ボクは大丈夫です。地球に入ってしまったのは事故だから」


「事故?」


 事故という言葉にびっくりする僕たち。アンセルは困ったように苦笑いして両手を胸の前で軽く振った。


「怪我はないから大丈夫です。そう、あの日、星のかけらの受け渡しの日。突然地球から網が伸びてきて星のかけらを持っていったんです。その時にボクも一緒に途中まで引きずられてしまって…」


「「!!」」


 僕と博士は思わず顔を見合わせた。アンセルの話をまとめるとこうだ。


 ルナール星は食料危機解決のため、触れた食べ物を巨大化させる能力を持った星のかけらを宇宙商人から購入することにした。宇宙商人とは星と星の間を飛び回り、その星々で手に入れた物を必要な星に売る商売をしている人たちだそうだ。星同士で交流は無いから、他の星の物を手に入れるには宇宙商人に頼むしかないらしい。約束の日、つまり流星群の夜、アンセル含むルナール星の使節団は星のかけらの受け渡し場所である地球の日本上空に集合した(これが流れ星の正体だった!)。ちなみに、宇宙商人は星のかけらが本物であること示すために1センチ角の角砂糖を1立方角の角砂糖に変えてみせたらしい。それが本当なら白くて甘い立方体が今でも宇宙空間のどこかに漂っていることになる。


 それはさておき、ルナール星と宇宙商人の契約は無事に成立した。星の一大事とあって目が飛び出しそうになるほどの大金を払い、「これで食料危機は解決だ! さぁ帰ろう」とルナール星の使節団が回れ右をした、その時だった。


「宇宙海賊がボクたちを待ち伏せていたんです」


「宇宙海賊?」


 聞き慣れない言葉に素っ頓狂な声を上げる僕。アンセルはその時のことを思い出したのか、ぶるっと身震いした。


「彼らは宇宙法を無視して極悪非道の行いを繰り返す宇宙のならず者です。あの時も星のかけらを奪おうとレーザー銃を片手にボクたちを取り囲んだんです」


「レーザー銃…」


 山田くんがごくりとつばを飲み込んだ。アンセルの緊張感が僕たちにも伝わってくる。


「ルナール星ではボクたちの帰りをみんなが待ってます。そう簡単に星のかけらを渡すわけにはいきません。こちらもレーザー銃も持っていたので銃を向けあったまましばらくにらみ合いが続きました。思い出すだけでも心臓がドキドキします。しかし、痺れを切らした宇宙海賊の誰かが不意に鳴らした発射音を合図に激しい銃撃戦の火蓋が切られました。思い出すだけでぞっとします。宇宙海賊たちは戦いに慣れていて人を撃つことにためらいがないんです。そんな宇宙海賊たちにこちらも善戦したのですが、ついに、星のかけらは悪の手に渡ってしまいました…」


「え!」


 アンセルは続けた。


「船長と思われる男が奪い取った星のかけらを高らかにかかげて勝利の雄叫びをあげました。宇宙海賊たちは大盛り上がり。そこに突然、謎の網が現れて船長の手から星のかけらをすくい取ってしまったのです。そのときにボクも網に引っかかって一緒に地球にやってきてしまいました。だけど、途中でボクも星のかけらも網からこぼれ落ちてしまって、それで今、こういう状況です」


 博士が手をもじもじし、しゅんと首をうなだれた。


「アンセル、すまんかった。その網を仕掛けたのはワシなんじゃ。流れ星をつかまえたくてのう」


「えっ?!」


 アンセルは驚きで一瞬目を見開いたが、すぐに頭を左右にふるふる振った。


「そうだったんですか。でも、気にしないでください。むしろ、網のおかげで星のかけらが彼らの手に渡ることを防げたのですからありがとうです。だけど、それも時間の問題です。宇宙海賊はいずれここまで探しにくると思います。星のかけらにはそれだけの価値があるのです。その前にボクが見つけないと…」


 僕は心臓が激しく脈打つのを感じた。やっぱり星のかけらは一刻も早く見つけなければならない。ルナール星の食糧危機が心配なのももちろんそうだが、このままにしていると宇宙海賊なんていう物騒なやつらが地球にやってくるかもしれないのだ。僕はアンセルの翻訳イヤリングを見た。宇宙の技術は僕たちの想像を超えて発展している。果たして地球は大丈夫なのか?


 そんな状況なのにモグランド2号は2、3日前から行方が分からなくなっている。GPS信号が途切れて居場所がつかめないのだ。これはモグランド2号が裏の森にはいないことを意味するらしい。それではどこに行ったのか? 博士は、もしかしたら地球の裏側まで行ってしまったのかもしれないと笑っていたが、全然笑い事じゃない。


 僕はキノコに座ったまま足をぶらぶらさせた。少し揺らしたくらいではびくともしない。こうしてキノコが日に日に大きくなっているということは星のかけらが近くにあるからだとアンセルは言っていたけど、果たして本当にそうだろうか。だって、全然見つからない。そもそも本当にこの森に落ちたのだろうか。もしかしたらすでにもう…。


 残りのスイートポテトを全部口に放り込んでハムスターみたいになった山田くんが、フォークをスコップに持ち替えて大きく伸びをした。


「よしっ! 芋パワーがみなぎってきた。穴を掘って掘って掘りまくろう」


 そう言うなり、がむしゃらに穴掘りを再開した山田くんを見て、僕はいつの間にか失いかけていたやる気が、また新たに体の内側からふつふつと湧き上がってくるのを感じた。山田くんの言うとおりだ。頭で考えてたって、星のかけらは出てこない。こうなったらできることをやれるだけやるしかない。裏の森を穴だらけにするまでは諦めるわけにはいかない。ルナール星の、アンセルの、友だちのために。


「よっしゃー!」


 手を打って気合をいれ、空を見上げる。夏の空はまだまだ明るい。一瞬、キラリと輝く3つの光が澄んだ空をすっと横切った気がしたけれど、瞬きしたが最後、すでに光はどこにも見あたらなかった。

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