第6話 僕と山田くん

 結論から言うと星のかけらは見つからなかった。

 だけど、僕が大きなキノコを見つけた木の根本の近くに他にも大きなキノコがたくさん生えていたので、おそらくそのあたりに星のかけらは有るのだろうという推測を博士は披露した。広大な裏の森に一条の光が見えた瞬間だった。


 あの日以来、モグランド2号は目にも止まらぬ速さで穴を掘り続けている。僕だって、落ち葉の下を探したり木の枝を見上げたり、毎日のように発掘調査にいそしんでいる。


 実は、今まで球体ハウスに毎日通うことなんて無かった。僕は本当は毎日行きたかったのだけど、博士がたまに悲しそうな顔をするので少し遠慮していた。博士にはっきり言われた訳ではないけれど、もしかしたら僕に毎日来られると迷惑だったのかもしれない。でも、僕は博士が大好きだし、行けば博士も楽しそうにしているので、なんだかんだ言って結局しょっちゅう遊びに行っていた。今は「星のかけらを見つける」という球体ハウスに行かなくてはならない理由が出来たのでとっても行きやすい。困っているアンセルには申し訳ないけど、この状況は僕にとって少しラッキーなことだと思ってしまったのは事実だ。


 僕がそんな邪な気持ちを一瞬でも抱いてしまったせいなのか、星のかけら探しは難航していた。最初のうちは宝探しみたいで楽しかったし、目星もついているからすぐに見つかると気楽に考えていたけれど、これが案外見つからない。アンセルの表情が日に日に暗くなっていき、僕と博士は顔を見合わせてしゅんとうなだれた。この頃にはもうラッキーだなんて少しも思えなかった。


 その日の帰りの会が終わり、クラスメイトがいそいそと帰り支度を始めた。僕は今日も裏の森に行くつもりだ。だけど今日も見つからなかったらどうしたらいいんだろう。何度洗っても取れない土で薄汚れている爪をじっと見つめていると、思わずため息が漏れてしまった。


「何か困りごと?」


 呼びかけられて顔を上げると、山田くんが眉毛をハの字にして僕を見下ろしていた。僕からすれば山田くんの方がよっぽど困っているように見えるけれど、これが山田くんの普通の顔なのだ。僕は苦笑いした。


「うん、ちょっとね。探しものが見つからないんだ」


「大事なものなの?」


「とっても。それがないとお腹いっぱいご飯が食べられないんだって」


「なんだって?!」


 山田くんが今にも泣き出しそうな顔をしたので僕は少し驚いた。山田くんの顔を見るまで、お腹いっぱいご飯を食べられないことのつらさがちゃんと分かっていなかったかもしれない。よくよく思い返してみれば、僕は生まれてから1度も、本当の意味でお腹がペコペコなのに食べられる物がないという経験はしたことが無いのだ。それに比べて、アンセルの星はまさに今、食糧危機に直面している。


 山田くんがいそいそとランドセルを背負ってふんっと鼻を鳴らした。


「この世で空腹ほど辛いことはないよ。僕にも手伝わせて」


「山田くん…!」


 ルナール星の命運が掛かっている。時間は掛けられない。ならば、1人でも探す人が多いに越したことはないんじゃないか。山田くんは信頼できる人物だ。きっと誰にもアンセルや星のかけらのことはバラさないだろう。それに、理由は忘れたけれど彼は実は宇宙好きなのだ。きっとアンセルとも仲良くなれる。そして僕も、もっと山田くんと仲良くなりたい。困っている人にそっと手を差し出すことができる山田くんを僕はしばらく尊敬の眼差しで見つめた。すると山田くんが僕の熱視線に困ったように微笑んだ。僕はなんだかおかしくなって、ランドセルを勢いよく背負うと、ガバッと席から立ち上がった。


「ありがとう! じゃあ僕の家の裏の森に集合でいいかな?」


 山田くんは目を見開いた。


「あそこは行ったらダメだってパパが言ってたよ。変なおじいさんがいるからって」


 博士はたしかに変わり者だ。だけど、とっても良い人だ。それに何より僕の友達だ。お母さんにしても、山田くんのパパにしても、よく知りもしない人のことを悪く言うのはどうかと思う。事実を確認せず真に受ける山田くんも。僕はさっき向けたばかりの山田くんへの尊敬を少し減らした。


「その人は僕の友達だよ。とってもすごい博士なんだ。何でも知ってるし、いや、何でもは言いすぎたけど、知らないことは無くなっちゃうんじゃないかって思うくらい毎日研究してる。天才だし、努力家なんだ。そうそう、この前の流れ星も実は博士は予測してたんだ。他の誰も知らなかったのにだよ! すごいでしょ! それに発明も得意なんだ。星のかけらを探すためにモグランド2号を作ったんだ。あっ、星のかけらってのが僕たちの探し物なんだけどね。しかもしかも! 住んでいる家が面白いんだよ! なんでか分かんないけど球体でね―」


 そこまで言って、僕ははっとした。やってしまった…。まばらに残っているクラスメイトの冷たい視線が痛い。黒井川がいないことが不幸中の幸いだったけど、僕はまた興奮して話しているうちにだんだんと大きな声になってしまっていたようだ。恥ずかしさで顔がどんどん熱くなる。ふと見ると、都会からきた転校生の星野も眉をひそめてこちらを見ていた。その星野がゆっくり立ち上がり、こちらに向かって歩き出す。うるさいって文句でも言われるのだろうか。


 その時、教室に山田くんの大きな声が響いた。


「エイトくんの友だちとは知らずに失礼なことを言ってごめんなさい! あの、僕もその人と仲良くなりたいんだけど…なれるかな?」


 山田くんは顔を赤らめて困ったように笑った。山田くんがこんなに大きな声を出せるとは知らなかったので僕は驚いた。だけど、なんだか嬉しかった。もしかしたら僕と山田くんは同じ気持ちなのかもしれないと思ったからだ。僕は照れているのを隠すようにニッと笑ってみせた。


「絶対仲良くなれるよ! 博士とも…そして僕たちももっと! 他にも紹介したい人がいて―」


 僕たちはそのまま教室から出ていった。途中、星野と目が合ったけど、彼女は結局話しかけてこなかった。少し気にはなったけれど、僕はすぐに忘れてしまった。早く山田くんを博士とアンセルに紹介したくてそれどころではなかったのだ。

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