第5話 僕と宇宙人
「僕、宇宙人初めて見た…」
「ワシもじゃ」
「宇宙人って、もっと、なんていうか、イカとかタコみたいなやつかと思っていた」
「そういうのもいるらしい。絵に書いて見せたら驚いておった」
僕と博士は色とりどりの液体が入った試験管が並ぶ実験台でアンセルが作ってくれたアイスココアを飲んでいた。
「お待たせしました」
香ばしい匂いとともにクッキーの入ったバスケットを運んできたアンセルを、僕は良くないとは思いつつもついジロジロ見てしまう。アンセルはクッキーを両手でつかむと小さな口で一口かじった。サクッと乾いた音が球体ハウスに響き、アンセルは目を見開いた。
「美味しい…! とっても美味しい! おふたりもどうぞ」
「あ、うん…いただきます…」
クッキーに手を伸ばしながらも僕はアンセルを見続ける。どこからどう見ても地球人にしか見えない。僕はついに我慢の限界に達し、前のめりになって聞いた。
「アンセルはどうして地球の言葉が話せるの?」
アンセルは、あぁ、と僕の疑問に納得し、首に巻かれたリボンに軽く触れた。
「これが翻訳機の役目を果たしているんです。自動で口や喉の筋肉を動かして、他の星の言葉を喋れるようにしてくれるんです。聞く方はこのイヤリングが変換してくれます」
そう言って、アンセルは左耳のイヤリングをそっと触った。金属のフレームに小さな綺麗な石が埋め込まれている。お母さんがオシャレして都会に行くときにつけるイヤリングと何も変わらないように見える。アンセルはイヤリングを外すと僕の耳につけた。目の前で博士がプルプル震えていた。
「ワシもさっき使わせてもらったんじゃ」
博士は部屋の隅にあるテレビをつけた。外国のニュース番組が流れている。金色の髪をきっちり後ろになでつけたイケメンのニュースキャスターが日本語でなめらかに話していた。
「副音声くらい僕でも知ってるよ!」
これは英語の音声の代わりにあらかじめ用意している日本語の音声を流しているだけなのだ。そんなのもちろん日本語が聞こえるに決まっている。なんだかからかわれた気分の僕は、イヤリングをさっと外して、アンセルに突き返した。すると、さっきまで日本語で聞こえていたニュースがたちまち英語に変わったではないか。テレビから聞こえる声は同じなのに言葉だけが違う。僕はアンセルに突き出した拳をUターンさせてもう1度イヤリングをつけてみた。
日本語が聞こえる!
史上最高額の宝くじが当たった人のニュースをオーバーリアクションなニュースキャスターが流ちょうな日本語で読み上げている。僕が知らないだけで地球の技術はここまで進歩していたのだろうか? 博士を見ると瞳をキラキラさせて幸せいっぱいの顔をしている。僕はようやく悟った。
「本物なんだ、アンセルは本当に宇宙から来たんだ。宇宙すごい…」
返されたイヤリングを耳につけ直しながらアンセルは微笑んだ。
「そんなに珍しいものではないです。形はいろいろありますが自分の星から出るときには大体の人が翻訳機を持っていきます。便利ですからね。地球もきっと近いうちにそうなりますよ」
僕は苦笑いした。
「他の星に行く機会はなかなか無いけどね。マイ宇宙船でも持ってれば僕は今すぐにでも行ってみたいけど」
「宇宙船を個人で所有するには相当なお金持ちじゃないと」
これは少し意外だった。
「アンセルの星でもそうなの? てっきり僕は宇宙の人はみんなマイ宇宙船を持っているんだと思ってたよ」
アンセルはおかしそうにクスクス笑った。
「そんなの無理ですよ。宇宙スーツで十分ですしね」
そう言って、アンセルは白衣の胸ポケットから星形のバッジを取り出した。話を聞くと、これが瞬時に宇宙スーツに着替えるための変身バッジらしい。ちなみに、宇宙スーツとは宇宙空間を移動するときに体を光の集合体に変換するスーツのことで、宇宙船よりも安く、移動速度も速いため、宇宙では宇宙船に変わる移動手段になっているそうだ。
僕はもうため息しか出なかった。アンセルの話の間中博士はずっとぷるぷる震えていた。宇宙を体1つで飛び回る宇宙スーツと宇宙のあらゆる言葉を翻訳する機械、果たしてどちらが先に地球では見られるだろうか?
「アンセルはどうして、こんな地球にやって来たの?」
そんなに発展している宇宙の星からわざわざ地球にやってきた目的は一体なんだろう。僕の疑問に、キャスケット越しに見えるアンセルの緑の瞳が少し涙ぐんだ。
「大切な星のかけらを探しにきたんです。昨日、この森に落としてしまったようで…」
僕は昨日の夢を思い出して「あっ」と大きな声をあげた。裏の森に青白い光が落ちていった夢。きっと、あの光がアンセルの落とした星のかけらだ。じゃあ、あれは完全な夢というわけでもなかったんだ。僕は鼻息が荒くなった。
「星のかけらがこの森に落ちるの僕も見たかも! 博士、星取り網にかかってなかったの!?」
博士は頭をふるふると振った。
「なーんにも取れてなかった。流れ星キャッチ実験は失敗じゃ。じゃがじゃが!」
博士はモグラ形ロボットをむんずとつかむと勢いよく目の前に突き出した。モグラの鋭い爪がキラリと光る。
「今度は星のかけら発掘調査じゃ。昼の間には見つけられんかったが、さっき新たに地球外物質に反応する機能を取り付けてみたぞ。名付けてモグランド2号じゃ」
「おぉー」
発掘調査! なんてかっこいい響きなんだ。そしてモグラ形のロボットはモグランド2号というらしい。か、かっちょいい! 目をキラキラさせる僕を見て、アンセルが優しく目を細めた。
「そういうわけで、ボクは博士の助手として星のかけら探しを手伝うことになったんです。でも、元はといえばボクの星のかけらだから、ボクが博士に手伝ってもらっているという方が正しいと思うのだけど」
そう言って、アンセルはクスリと笑った。最初に会った時は無愛想だなと思っていたけれど、それはどうやら地球人に宇宙人の存在がバレるのは本当は良くないことだからだったらしい。地球人が宇宙に行って宇宙人を見つけるのは良いけど、宇宙人が地球に来て地球人に見つかるのはだめということみたいだ。違いがよく分からないが、宇宙には宇宙のルールがあるのだろう。アンセルは僕が博士の友だちで信用してもいい人間だと判断したようで、こうして話してみれば案外気さくだしよく笑う。同じ地球人の黒井川なんかよりもよっぽど宇宙人のアンセルの方が仲良くなれそうだ。僕はアンセルのことをもっと知りたくなった。
「そういえば、アンセルの星ってどんなところなの?」
これはおそらく地球人が宇宙人に会ったときに必ずするであろう質問だ。聞いてはみたものの、あまりにも普通の質問すぎて、もう少し気の利いた質問をすれば良かったと恥ずかしさで顔が熱くなった。アンセルは自分の生まれ育った星を思い浮かべているのか、遠い目をして言った。
「ボクの星、ルナール星は緑色の小さな星です。星の面積の9割が森だから緑色に見えるんです。だからここにいるとまるで自分の星にいるみたいです」
予想外の返答だった。だって宇宙から地球へやってくる技術があるくらいだから、きっとSF映画で見る近未来のように、高いビルがところせましと建ち並び、街中に謎の三角錐が浮かんでいるようなキラキラの大都会に違いないと思っていたのだ。
「じゃ、じゃあ、アンセルの星にもクモとかいるんだね…」
僕はクモが苦手だ。あの見た目がどうしても怖い。球体ハウスは森の奥にあるからしょっちゅういろんなクモを見かける。しかも僕の家に現れるやつとは大きさがまるで違う。突然クモが登場するたびに僕は驚いて飛び上がってしまう。博士のことは大好きだけど、クモが出るこの森は実は少し苦手だ。アンセルの星が森だらけならきっと大きなクモもいるに違いないのだ。
「クモ? っていうのはよく分かりませんが、いませんよ。ルナール人以外の動物はいないんです」
「そうなの?」
驚く僕にアンセルは悲しそうにうなずいた。
「はるか昔はいろいろな動物がいたそうです。ですが、ボクたちの先祖は欲張りすぎました。文明が発達しすぎてルナール人以外の動物を全て、植物のほとんどを滅ぼしてしまったのです。だから今、その過ちを深く反省し、わずかに残った木を増やして、はるかはるか昔のように森に囲まれる生活をするようになったと聞いています。1度喪ってしまったものはもう還ってはこないのです…」
僕は夏なのに背筋がゾクッとした。なんだか地球の未来を見た気がしたのである。アンセルはクッキーをかじって、さっき食べたときと同じように目を見開いた。
「ボクはこんなに美味しいものを生まれて初めて食べました。ルナール星の主食は木の実なんです。木の実食べたことあります?」
木の実ってどんぐりとかだろうか。僕は首を左右に振った。アンセルはクッキーをまたかじって、また目を見開いた。何度食べても驚きの美味しさなのである。
「木の実、これに比べたら全然美味しくないですよ。だけどボクたちにとっては貴重な食料なんです。これしか食べるものが無いんです。それなのに、最近木の実の収穫量が少なくて…。このままではみんな飢え死にしてしまいます。それを解決できるのが星のかけらだったんです」
「えー!? 大変じゃん!! 早く探さなきゃ。ねぇ、星のかけらってどんな形? どんな色? 匂いとかする?」
のんきにクッキーを食べてる場合じゃない。元はといえば、僕の涙が止まらなかったからちょっと休憩することになったのだけど、それどころじゃないだろう、全く。僕はモグランド2号をつかみ、出口に向かって一目散に走る。博士の声が後ろから呼び止めた。
「エイトくん、それはなんじゃ?」
「それって?」
振り返る僕のお尻を博士が指差している。僕は首をかしげた。博士は指で空気を押し出すようにするのに合わせて、ゆっくり口を動かした。
「ポ、ケ、ッ、ト」
「あぁ!」
そうだ、そうだ、そうだった。思い出した僕はポケットからお土産を取り出し、2人に向かってかかげてみせた。
「キノコ! 途中で見つけたんだ。大っきいでしょう」
博士はちいさな目を目一杯見開き、ぷるぷる震え始めた。
「それはタマゴタケじゃ」
「あーそれそれ! 名前思い出せなかったんだ」
「違うんじゃ。タマゴタケじゃない」
「へ? どういうこと?」
タマゴタケだけどタマゴタケじゃないって? 首をひねってキノコを眺める僕の方へ博士は白アフロを揺らしながら小走りでやってきた。
「タマゴタケはそんなに大きくないんじゃ」
アンセルがガタンと音を立てて立ち上がった。クッキーをくわえたまま驚いたようにこちらを見ている。僕は2人を交互に見た。
「どういうこと?」
博士がぶるぶる震えてピョーンと軽く飛び跳ねた。
「そのキノコはどこに生えていたんじゃ?! 近くにきっとあるはずじゃ! 星のかけらは触れた食べ物を巨大化させる能力があるんじゃよ!!」
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