第4話 僕と博士の助手
学校が終わり家に帰り着くやいなや、僕は今日も今日とてランドセルを放り投げ、裏の森を一目散に目指した。もちろんお母さんには内緒でだ。家のドアが閉まる直前、お母さんの怒ったような声が聞こえた気がしたけれど無視した。もちろん宿題もやらずに置いてきた。今日はまだ一度も怒られていないから帰ってからまとめて怒られよう。一度で済むからなんだかお得だ。
球体ハウスに行く途中、僕の両手のひらサイズのキノコが大きな木の根元に生えていた。キノコの中には毒があるものがある。中には触るだけで危険なものもあるからむやみやたらに触るのはご法度だ。それに食べられるキノコにそっくりな毒キノコもあるらしい。キノコは取り扱い要注意なのだ。だけど僕が見つけたのそのキノコは、博士に何度も教えてもらった食べられるキノコだったので、柄の部分から優しくもぎってズボッとポケットにつっこんだ。名前を忘れたこのキノコ。今まで見た中で1番大きいかもしれない。きっと博士もびっくりするぞ。そんなこんなで球体ハウスにたどり着き、いつもどおりマジックハンドで持ち上げられながら、僕は待ちきれずにまだ遠い穴に向かって叫んだ。
「博士ー! 流れ星はつかまった?」
「…」
おかしいな、返事がない。博士は留守なのだろうか。いや、そんなはずはない。博士がいないとそもそも球体ハウスに入れない仕組みなのだ。マジックハンドはいつもどおり動いた。だからやっぱり博士はここにいるはずだ。僕はようやくたどり着いた穴から顔をひょいとのぞかせた。
「博士ー? いるん―」
「でしょ?」と言いかけて、僕は穴の目の前の人影に気が付き、目をぱちくりさせた。僕より少し年上にみえる少年が白衣を着てこちらを見下ろしていた。いや、少女かもしれない。目深にかぶったキャスケットからのぞく顔つきは人形のように整っていて男の子にも女の子にもみえる。明るい緑の瞳が宝石のようにきれいで、僕は一瞬見惚れてしまったが、頭をぶんぶん振って気を引き締め直した。博士がいない。知らない人がいる。こんな時に考えられる可能性は2つだ。1つ、この知らない人が実は博士だという可能性。2つ、この知らない人が不審者だという可能性。
…。不審者から球体ハウスを守らなくては! 博士の身が危ない! 僕はゴクリとつばを呑み込んで一歩踏み出した。
「君、だれ? どうしてここにいるの?」
「…」
その子は少し体をすくませると、黙ったまま顔をそらした。話しかけられて困っているようにみえる。少なくとも今すぐ僕に危害を加えることは無さそうで少しほっとした。キャスケットのすき間から見える髪はきれいな銀色だ。この髪の色といい、瞳の色といい、もしかしたら外国の人で日本語が分からないのかもしれない。そう推理した僕はジェスチャーを交えながらもう1度聞いた。こんなことならもっとちゃんと英語を勉強しておくんだった。
「んーと、フー、アー、ユー?」
「彼はアンセル。今日からワシの助手をしておる」
「博士いたの?!」
奥の部屋からひょっこり白アフロが顔をだした。手にモグラの形をしたロボットを持っている。僕は博士とアンセルと呼ばれた少年(博士は彼と呼んだので少年で良いのだろう)を交互ににらみつけた。
「助手って、どういうこと? 昔からの知り合い?」
少し非難がましい僕の言い方に、少年は困ったように博士をうかがいみた。博士はモグラ形ロボットの何かが気になるようで、ロボットに視線を向けたまま、こちらに向かって歩いてくる。
「んー? 今日初めて会ったんじゃ」
初めてだって?! 僕は目を大きく見開いた。
「なんでそんな人を助手にするの?! そもそもどうやって知り合ったの?」
博士は裏の森からほとんど出てこない。だから、博士に聞かなくても答えは分かっていた。アンセルはゲートから裏の森に入って博士と出会ったのだ。僕の次、2番目の訪問者として。とっても気に入らない。僕がむっとしたまま黙っていると、突然ぶるぶる震えだした博士が僕の肩をがっしりつかんだ。右肩はモグラ形ロボットでつかまれている。博士のつぶらな瞳がキラキラと輝いていた。
「彼は『問題』を解いたんじゃ! ワシの長年の謎が解決したんじゃー!!」
「『問題』を解いた?! あの『問題』を?!」
僕は開いた口がふさがらなかった。僕の次? とんでもない! 彼は『問題』を解いた初めての訪問者だった。
さっきから黙ったままのアンセルを頭のてっぺんからつま先まで見つめた。彼は気まずそうに視線をそらした。僕より少しだけ年上に見えるけど、そんなには変わらないと思う。つまり僕と同じ子どもだ。どうして僕には解けなかった『問題』をこの子は解けたのだろう。彼には合って僕には無いものは何だろう。才能? 助手になるために今までしてきた努力は全て無駄だったのだろうか? 僕は、もしかして一生博士の助手にはなれないのか? 考えだしたら自然と涙があふれてきた。博士がうろたえている。きっと博士には僕が泣く理由が分からないのだ。涙は止まらないし、止められない。今にも垂れそうな鼻水をすすって、僕は泣きながら気がついたことを聞かずにはいられなかった。
「博士、さっき『長年の謎が解決した』って言った?」
あわあわしていた博士がきょとんとする。
「うん、そうじゃが」
「ということは、博士もあの『問題』の答えを知らなかったってこと?」
博士はなぜか誇らしげに胸を張った。
「もちろんじゃ。誰かが解いてくれたらラッキーくらいに思っておった。今となってはなかなか良い方法じゃったわい」
今や僕の気持ちは悲しさよりも不思議の方が大きくなっていた。だけど、1度涙が出始めると急には止まらないものらしい。僕はしゃくりあげだ。
「そしたら、どうして僕の答えは間違ってるって思ったの?」
博士は楽しそうに笑った。
「エイトくんや他の人はきちんと証明できていなかったんじゃよ。どれも想像の域を出ていなかったんじゃ。なかなか面白いものもあったにはあったがの」
僕は眉をひそめた。ということは彼は証明できたということだろうか? ヒクヒク言いながら泣き続ける僕。涙を腕で拭いながらちらりと見ると、アンセルが見かねたようにそっとハンカチを差し出した。花の刺しゅうがきれいな白いハンカチだ。
「…ボクは宇宙から来たんです」
「?!!!」
裏の森の入り口にあるゲートの『問題』はこうだ。
『宇宙人はいるのかいないのか。証明せよ』
アンセルが存在すること、それ自体が証明となってしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。