第3話 僕と転校生

 朝のワイドショーは流星群のニュースでもちきりだった。テレビでは丸い大きな眼鏡をした天文学者が「突然すぎて観測出来なかった!」と歯ぎしりしていた。僕は流星群が来ることを知っていたのに寝てしまって見られなかった。だから、その先生の悔しい気持ち、僕にもよく分かる。


 その歯ぎしりするほどの悔しさと博士の予想どおり流星群がやってきた感動とで僕は朝から興奮状態だった。早く博士と流星群の話をしたい。学校に来たばっかりなのにもう裏の森に行きたくて体がうずうずする。学校が終わるまで待てない。今すぐにでも誰かとこの気持ちを分かち合いたい!


 我慢できなくなった僕は前の席の山田くんの脇腹をつんつんつついた。


「山田くん、昨日の流星群見た?」


 山田くんは少しぽっちゃりした少年だ。その体型と茶色みがかった天然パーマと持ち前の気の良さのせいで意地悪なクラスメイトにしょっちゅうからかわれている。だから、僕は勝手に彼に親近感を覚えている。山田くんは眉を下げて困ったようにほほえみながら振り向いた。(言っておくけど、僕が困らせているわけではない。山田くんはいつもこんな笑顔なんだ。)


「エイトくん、おはよう。流星群見てないよ。知ってたら見たかったな」


「本当!? もしかして山田くんって星好きなの??」


 僕はその場で勢いよく立ち上がった。山田くんは給食以外に興味が無いと思っていたから、星にも興味があるなんて驚きだったのだ。山田くんは少し周りをキョロキョロしながら困ったように笑った。


「うん。星っていうか宇宙に興味があるんだ。宇宙には一体どんなに美味しい食べ物があるんだろ…」


 僕は山田くんの話を途中から聞いていなかった。


「ほ、ほ、ほ、本当?! 僕も、僕も、最近宇宙の本とか読んでる! 博…友達が持ってるのを借りて! すごい! 宇宙って面白いよね! どこまで続いているのかとか、そもそもいつ出来たのかとか、というか宇宙が出来る前は何だったのかとか! 考えただけでワクワクするよね!!」


 そう、宇宙はすごいのだ。考えれば考えるほど謎が増えるし、謎が1つ解決するとまた謎が増える。宇宙と同じでどこまでも謎が続いていくのだ。それと同時に僕の頭もどこまでも広がっていく、宇宙のことを考えると、いつだってそういう不思議な感覚にとらわれてしまう。 

 その時、教室の後ろの方から、弾けるような笑い声が聞こえて、僕は現実に引き戻された。


「まぁたエイトが大声で喋ってるぞ。早口だし何言ってるか分かんねぇよ」


 クラスのいじめっ子、黒井川だ。「なぁ?」と誰へともなくたずねる彼に、とりまきたちが同意するようにゲラゲラ笑い出し、僕を馬鹿にする笑い声が教室中に響いた。


 僕は興奮すると知らず知らずのうちに大声で話してしまう癖がある。さっきも自分では山田くんと話をしていたつもりだったけど、いつのまにかみんなに聞こえていたらしい。しかも、興奮すればするほど早口になるから、なおのことタチが悪い。この癖のせいでいつも僕は「黒井川と愉快な仲間たち」からからかわれているのだ。僕は恥ずかしさで首筋がカッと熱くなるのを感じた。


「うるさくしてごめん…」


 大声で周りの人に迷惑をかけた事は事実だ。僕は小さく謝ってそっと椅子に座った。山田くんは「気にすることない」と言うように首を振った。黒井川がわざとらしく耳に手をあてる。


「は? 何だって? 今度は小さすぎて聞こえねぇよ。口のボリューム調節ボタン壊れてんのか?」


 とりまきたちがまた一斉に笑い出す。その時、教室のドアが開いた。


「おい、お前ら、うるさいぞ」


 担任の鬼瓦が黒井川と仲間たちをにらみつけながら教室に入ってきた。鬼瓦は名前に負けず劣らず顔がとっても怖い。低学年の生徒の間では鬼瓦ににらまれると石化してしまうという噂が広まっているほどだ。黒井川が少し怯えた顔をして僕を指差した。


「エイトがうるさかったんで注意しただけです。宇宙がチュウチュウのチュウとかなんとか」


 口をアヒルのようにとがらせた黒井川の顔を見て、とりまきの1人がクスクス笑いだし、鬼瓦にぎろりとにらまれた。きっと彼は石化したに違いない。いい気味だ。おかげで少し胸がすっとした僕に、鬼瓦がすかさずにらみをきかせた。僕は一瞬にして縮み上がった。


「エイト! たしかにお前は声が大きすぎる。さっきも廊下まで聞こえてたぞ。気をつけるように」


「はい…」


 朝っぱらから教室を静かにするというひと仕事をいとも簡単になしとげた鬼瓦は満足そうにうなずくと、ドアに向かって声を掛けた。


「待たせたな。入っていいぞ」


 鬼瓦の一言にクラス中の視線がドアに集中した。エメラルドグリーンのワンピースの裾がヒラリと揺れ、細く長い手足をしたモデルのようなスタイルの少女がしゃなりしゃなりと教室に入ってきた。彼女が現れた瞬間に教室の空気が変わった。この辺りの少年少女では出せない都会のオーラを体から解き放っていたからだ。オーラに圧倒される僕たちとは違い、さすがは経験豊富な大人なだけあって、特に気にした様子もない鬼瓦がチョークを持って黒板に何やら書き始めた。


「今日から5年2組の仲間になる『星野ミルク』さんだ。お父さんの仕事の都合でこちらにやってきたそうだ。みんな仲良くしてやってくれ。星野、自己紹介」


 鬼瓦にうながされ、転校生は軽く頭を下げた。2つに結われた長い髪がゆれ、星の形をした髪留めが光を反射してキラリと光った。


「星野ミルクです。都会から来ました。みなさん、よろしくお願いします」


 自己紹介はあっさりしていた。だけど、お辞儀をした後のとびきりの笑顔に教室中の男子も女子も、何ならきっとクラスで飼っている金魚ですらも、一瞬で心をわしづかみにされてしまった。テレビでみるアイドルみたいにキラキラしている。転校生は笑顔を振りまきながら鬼瓦が指定した席に座り、そのまま1時間目の授業が始まった。


 こんな時期に転校生だなんて珍しい。だって、もうしばらくすれば夏休みなのだ。それまで待って二学期から転校してくればキリが良かったのに。どうしてだろう。不思議だ。不思議だけどまぁいっか。早く学校終わらないかな。博士は流れ星つかまえられたかな。あれ? あの雲何だか恐竜の形に見えるぞ? あっちのはフランスパンみたいだ。今日の給食何パンかなぁ。


 授業中、雲を眺めながら次から次に考え事をしていると、何やら鋭い視線を感じ、僕ははっと我に返った。視線の持ち主を探してそっとクラスを見回すと、僕の斜め後方、あの転校生、星野とバッチリ目が合った。首をかしげる僕に気がつくと、星野は慌てたようにうつむいた。教科書を見ながら高速瞬きをしている。そんなんで教科書読めているのだろうか。


 僕が感じた鋭い視線の持ち主は本当に星野だったのだろうか。それとも気のせいだったのだろうか。そんなことを考えながら、ふと前を見ると、山田くんがフランスパンの雲を見て幸せそうに微笑んでいた。やっぱり僕は山田くんに親近感を覚えるのだった。

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