第3話 剣と刀

外に出ると、母さん、いや師匠が仁王立ちしている。


「今日が最後の稽古ね」

4人の顔に緊張が走る。


「さっきアセビちゃんに教えてもらったと思うけど、あなた達は運良く貴族の血を引いている可能性があるわ。ユリ、あなたもね。つまり、ユリを含めここにいる全員が努力をすればいずれは上級の剣能使いになれることでしょう」


「ま、今は初心者中の初心者だけどね」

師匠は意地悪そうに僕らを見つめた。

そして深く息を吸うと、綺麗な笑顔で微笑みかける。


「さて、最後は剣能使いの心得を教えます」


心得?ここにきて秘奥義ではないのか。


「4人とも、剣能使いに大事なものは何でしょうか」


「圧倒的な強さです」

スイセンが間髪入れずに答える。


「謙虚さ......でしょうか」

ツバキらしい答えだ。


「うーん、みんなとずっと一緒にいられることかなぁ」

フリージアが悩みながら答える


「それ剣能使い関係あるのか......??」

僕の素朴な疑問にフリージアが少し自慢げに答える。


「当たり前じゃん! 皆がいなければ私は剣能なんて使う気にもならなかったもん」

自信満々なフリージアを見て師匠は笑った


「まあまあ、いいじゃないの。フリージアっていう一人の剣能使いには大事なことですものね。ユリ、あなたは?」

と僕に振る。


「......」

僕は逡巡した後、ふと思い浮かんだその言葉をそのまま口に出す

「護ること」

師匠は一瞬驚いた様子だったが、笑顔で頷く。


「4人とも、面白い答えね。あなた達にとってどれが正解かなんて誰にも分からないわ。でもね、剣能使いになるからには胸に刻みなさい。あなた達一人一人が、剣をとる理由を。今の答えをこの先もずっと考えなさい。これがあなた達が剣をとった意思の根源なのだと」


「「「「はいっ」」」」


「それじゃ、剣をとりなさい」


僕達は戸惑う。心得じゃないのか!?


「聞こえなかった? 剣をとりなさい。剣能使いなら己の剣で語りなさい。」


スイセンが我先にと剣現を始める。

目を閉じ、強く握ったその拳に意識を集中している。淡く光るその拳に何かを握りしめ、ゆっくり引き抜く。

その手にはスイセンの剣『夢星剣』が握られている。

同じくフリージアの『香雪剣』、ツバキの『熾烈剣』も剣現している。

そして僕の......と言いたいところだが、未だに剣現できた試しのない僕は、懐の『刀』に手をかける。



現在、聖王国の主流は剣である。これは聖騎士団や国の貴族で剣が主流であることに由来する。

剣能は本来、意思の力が根源である。ゆえに、この国の騎士や両親を見て育つ子供たちは必ずと言っていいほど『剣』が剣能なのである。


僕は小さい頃から師匠を見て育ったため、刀が好きだった。というのも、師匠は世にも珍しい刀の剣能使いであった。

世間では珍しがられ、その細身から馬鹿にする者も少なくないが、師匠の振るう刀はこの世で最も綺麗な剣能であることに間違いなかった。


しかし師匠は昔から剣能をひた隠しにしていた。僕も他のみんなに師匠の剣能については口止めされていた。


それでも可憐さに見惚れた僕は、幼き頃からずっと剣能は刀と決めていた。10歳になったある日、朝起きると横にこの『刀』が置いてあり、母さんがプレゼントだと言って僕に譲ってくれたのだ。


それ以降、肌見放さず身に着け、ついには剣能が開花しないままこの年になった訳だが......


剣能使いは自由に剣を自在に出し入れできるため、常に帯刀している僕は周りからも剣能使いではないことが分かってしまう。


他三人が剣能使いなだけに、比べられて落ち込むこともあれば、ヒソヒソと陰で馬鹿にされたこともある。


それでも僕はこの愛刀があったから、ここまでこれたのだ。剣能に慢心せず、師匠から剣技を習ったあと、夜は自分で刀を使って特訓した。

『剣』を使う他の三人の稽古に、無理やり『刀』を使う僕を入れてもらい、剣と戦う術を身に着けた。


剣能使いの場合、基本的に剣に名前が付いている。故に3人の剣も名前があるのだが、少々羨ましい。僕はずっと愛刀と呼んでいるわけだが。


ふと前を見ると、師匠はじっと僕らを見ている。

師匠は基本、模造剣しか使っていない。僕達が稽古しているときも、4人相手に模造剣で全勝している。

最後に師匠の剣能を見たのは何年前だっただろう。

そんなことを考えていると、師匠は模造剣から手を離した。


「最後くらい、私もあの子を使おうかしら」


僕は年甲斐もなく目を輝かせる。

またあの刀を見れる......!

言葉にならない喜びが全身をかけ巡る。

あの刀の輝きを僕は忘れたことがない。

今ですら憧れる綺麗な刀身。

わずかに蒼く光るその刀は、隅から隅まで鏡のような光沢なのに、どこか落ち着いていとてもこの世の物とは言い難い刀だったのをおぼろげに覚えている。


師匠は僕に意味深な視線を送ると、静かに目を閉じ、手を中にかざした。


ん?何故だろう。何とも言えない違和感がある。


不意に周囲に光の粒が集まり、1つの形になっていく。

蝶のような光が師匠の手に集まっていく。

その形ができるにつれ、僕の頭に暗い靄がかかる。


「な、なんで」


あまりの衝撃に、思わず疑問が声になって出てしまう。


理解が追いつかない。自分の常識が一気に覆された、そんな心境だ。


そこに現れたのは、僕の知る可憐な刀ではなかった。

橙色の剣身を淡い白色の光が包んでいる。


「「「わぁ」」」

他の3人は初めて見る師匠の剣能に息を呑んでいる。


間違いない。師匠の剣能なのに。


そう、それは紛れもなく


『剣』だった。

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