第2話 最後の講義
修道院に入ると、もう皆講義の準備をしていた。
ここではアセビさんが子供たちに文字や計算、歴史などを教えてくれる。
今年15歳になった僕達には、何やら特別教えることがあるようで、今日の講義はしっかりしていそうだ。
ちびっこ達は別の部屋で遊んでいるらしい。
「ちょっとユリ何してたの! 早く座りなさいよ」
講義が好きなツバキはいつも僕を急かす
「ごめんって」
僕は用意された席につくと、神妙な顔つきのアセビさんに尋ねる。
「で、今さら教える大事なことって何?」
僕、ツバキ、スイセン、フリージアの期待の眼差しに応えるようにアセビさんは大きく息を吸うと、少しずつ話し始めた。
「そう焦らないで。まずは復習でもしましょうか。私たち人間は、個人差はあれど、10歳〜15歳の間に剣能を授かります。今では10人に1人が剣能を授かると言われており、この国の貴族は剣能の強さによって選定されています」
唐突に始まった真面目な展開に耳を傾ける。
僕は唇を噛み締めながら話を聞く。僕ら4人のうち、僕以外は全員剣能を授かった。
そう、僕だけが授かれなかったのだ。
「しかし、疑問に思いませんでしたか? 修道院では捨てられた子供たち15人しかいないのに3人も剣能を授かりました。これは偶然でしょうか?」
アセビさんは少し黙ったあと続ける。
「いえ、偶然ではありません。捨てられた子どもたちがほとんど故に、君たち3人は貴族の血を引いている可能性が高いからです」
「「「えっ」」」
三人が声を合わせて困惑している。考えないわけではなかった。
初めてこの講義を受けた時、なぜ僕だけ剣能がないのか考えた際の仮説の一つだったが、まさか本当にそうだとは....。
「こう言った場所に捨てられるのは本当に貧乏で子育てができない親の他に、社会的に育てるのが難しい親も多いんです。例えば貴族と平民の間にできてしまった場合などですね」
深刻な顔つきでアセビさんは続ける
「捨てられていた時の服装で大体は分かるものです。ツバキやスイセンについても元々いたカイの修道院で確認は取ってありますよ。権力がモノをいう上級社会とは違い、ここは身分関係なく助け合う場です。あなた達の年齢になればきっと大丈夫だと信じて今打ち明けました」
アセビさんは少し息を整えると、
「皆には剣能を正しく使えるよう、メリアさんが今まで指導してくれたはずです」
にっこり笑うアセビさんを横に、僕達4人は震え上がる。
「あれが指導...?」
「拷問の間違いでしょ」
「もう稽古ですら違和感あるのに指導はちょっと......」
「え、指導? 暴力だと思ってました」
僕の発言に後ろから視線を感じる
「ユリ? 後でじっくり指導してあげますからね」
笑顔で佇む母さんに僕は冗談を口にした自分を悔やむ。
「と、とにかく、貴方達は半人前とはいえ、剣能使いとして今後世間で呼ばれるわけです」
「「「「はぁ」」」」
いや僕は剣能ないんだけどね!母さんから貰った愛刀を使っていたわけですが。
「そもそも『剣能』の力の源は何だったか、覚えていますか?」
「『意思の力』でしょう?」
スイセンが間髪入れず答える。
「そう、意思の力です。ではこの意思が間違った方向に...そうですね。絶望や恨みといった人間の負の感情に向かってしまった場合はどうなるでしょうか」
「........」
一同は黙り込む。考えたくもないし、遭遇したこともまだないが、世の中には確かに存在する。
「魔族......」
フリージアが小さな声で答える
「そうですね。剣能は一歩間違えれば魔族となりかねない力です。剣能のない人々の負の感情から魔族が生まれることもあれば、剣能使いがそのまま魔族と成り果ててしまう例も少なくありません。だからあなた達は......」
「負の感情に囚われてはいけない、ですよね?」
ツバキがすかさず発言する。
「そう。たとえ何があっても剣能使いだけは負の感情に囚われてはなりません。これは大陸全土の剣能使いの義務です。子供たちには少し残酷なことかもしれませんが。魔族堕ちした剣能使いはどれも著しく強いことが分かっています。例えば3級剣能使いが魔族堕ちした際に、その実力は1級剣能使い並であったとの報告もあります」
1級剣能使い...ゴクリと唾を飲み込む。現在大陸で30人しかいない1級剣能使いのうち、13人が聖王国に所属している。
1人は国王様だが、あとの12人は12席しかない円卓でそれぞれの師団を持つ師団長である。
すなわち、聖騎士団は1級剣能使いを師団長とする12個の師団によって作られた、大陸有数の戦力なのである。
「でもその話って前も聞いたよね?どうしてまた同じ話をするの?」
アセビさんに僕は尋ねる。
「そうね。前にこの『魔族』によって滅ぼされた国の話をしたの覚えてる?」
「確か...聖皇国でしたっけ? 大陸全土を支配していた強大な国家だった気がします」
「ツバキちゃん大正解! さすが私の教え子ね! そう、かつて大陸全土を支配していた聖皇国はたった20年前に起きた大惨劇で歴史の表舞台から姿を消してしまう......」
「魔剣王の襲来」
スイセンが答える
アセビさんは作ったような笑いを浮かべながら続ける
「そう。初めての魔剣王の襲来で人々は大混乱に陥った。魔剣王はこれまで魔族を世界に放たず、何らかの方法で異なる空間に溜め込んでいたとされています。故にこちらの世界での被害は存在しなかった。このとき初めて『魔族』という存在が顕にななりました。人々は成す術無く、護りの国と呼ばれた聖皇国でさえ一夜にして滅び、わずかな地方の有力貴族がのみが領地を守り抜いた。それが今の聖王国の前身というわけです」
アセビさんは唇を軽く噛みしめる。
「まあここまでは前に話したとおりね。今日大事なのはここから」
4人の顔がこわばる。
アセビさんは落ち着いた口調で続ける。
「その聖皇国の名前を教えていませんでしたね。かつて大陸全土を支配しており、たった一夜で滅びてしまったかつての大陸最強の国。その名を......『アルストロ聖皇国』と言います」
一同の背筋が凍りつくのを感じる
「ん...? だってその名前は....」
みんながこちらを見る。
僕と......更にその後ろにいる、僕の母さんを。
母さんは少し頷いた後に、僅かに哀愁漂う表情を見せた。
そして、意を決したように話し始めた。
「そう、今まであなた達に教えてきた『アルストロ流剣術』は.....今は亡きアルストロ皇家に代々伝わる格式高い剣術よ」
目をぱちくりさせている4人に、母さんはひと呼吸すると、
「私の本当の名前は、メリア・アルストロ。一応亡きアルストロ聖皇国最後の王女でもあるわ」
「......」
「「「「えええええええ!」」」」
「それじゃ僕達は皇族の剣術を教わってたの!?」
「どうりでメリアさんは美人すぎるわけよね」
「あれだけ強ければ何かあるとは思っていましたけど......」
「ていうか母さん皇族だったの!?」
みんなが一斉に振り向く。いやなんでお前は知らないんだみたいな顔で見ないでくれ。僕も初めて知ったんだから。
「そう。でも皇族だから特別な事なんてないわ。強いて言うなら剣能だけ遺伝が大きいけどね。だからあなたも一応皇族の血を引いているのよ、ユリ」
とんだ急展開である。だがしかし、腑に落ちない点がある。
「皆は貴族の血が流れていて剣能使いなのは納得がいくよ。でも僕が皇族なら何故剣能が使えないの?」
「そのことについては、後で話してあげるわ」
他の3人は興奮を隠しきれずに騒いでいる。
それもそうだ。こんな都市の外れの捨てられた子供が皇族の剣術を学んでいたのだから。
「そろそろ稽古の時間ね、外に出ましょうか」
母さんの声で皆は席を立つ。
4人は顔を見合わせるとフフっと笑う。
「おいおい皇族さんよぉ、頭が上がらないよ」
と言いながらスイセンが僕をつついてくる
「苦しゅうない、面をあげよ」
などと下らない茶番を繰り広げながら外に出る。
行き場のないやりきれない気持ちや動揺を悟られないように隠すことで必死だった。
外は雪が降り始めるかのように、ぐずついた空模様だった。
まだ泥濘んでいない、足元の確かな感触を踏みしめつつ、僕達は外へ出た。
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