第4話 その背中は遠く

「久しぶりね、———」

母さんは『剣』に何か言葉を吐いたあと、こちらに向き直る。


僕らは今まで剣能が2つある人を見たことがない。

今起こっているこの現象が、世間から見た時に当たり前かどうかさえ区別がつかないのだ。


先程の講義で皇族とかいうとんでもない秘密が明らかになった今、僕は間違っていたのは自分なのかもしれないという謎の挙動に駆られていた。


——僕の見ていた世界が全てではない——


ひと呼吸置いて、再びその『剣』を見つめる。

強い。

明らかに母さんが磨き上げたものが詰まっている、そんな様子が見て取れた。


「さぁ、全力でかかってきなさい。あなた達の意思の力、試させてもらうわ」


僕は戸惑いながらも刀を構える。


3人と顔を合わせ、深く頷く。


「呼吸を整え、気を推し量り、流れに意思を乗せなさい!」


師匠の声とともに、僕達は呼吸を合わせる。


いつの間にか降りはじめた雪が地面を潤す。


一瞬の静寂の後、風向きが変わる。


息を止め、僕達は一斉に切りかかる。


キィィィィン

様々な角度から振り下ろされたはずの剣が4つの剣がたったひと振りの剣に止められている。


どう考えても子供相手で勝てる相手ではないだろう。そんなことは分かっている。


でも15年憧れたこの剣に、あの背中に、今なら追いつく気がしてならない。


過去が僕の背中を押すといえばいいのか。不思議と力が湧いてくる。


「ギリ」

固く歯を噛むスイセンとツバキの姿が関節視野に入る。

少し押し負けていそうなフリージアを横目に、僕は深く息を吸い込む。そして――


「ハッッ」

スイセン、ツバキと同時に威嚇するように声を一気に吐き出す。

音も実践では武器である。猫騙しのような技でも、音を鳴らす事自体が効果を成すこともある。

少しひるんだ師匠にすかさず3人で切り込む。

フリージアが少し遅れて剣を押し込む。


「カッ」「キンッ」

2段構えの僕らの攻撃を母さんはいともたやすく弾き返す。

うぐ....

手が痺れてきた。そろそろ決めないとまずい。

長期戦は体力面で僕らが不利である。


無言の空間にポツリ、ポツリと木から滴る水滴の音が残響する。


僕は体勢を深く、深く落とし、母さんを切っ先に見据える。


「ヤァァッ」

瞬間、4人同時に切りかかる。

ツバキとスイセンが一撃を与えわずかに母を押すが弾き返される。

押された師匠の剣先の起動を僕が全力のひと振りで無理矢理横へずらす。

途端に背後からフリージアが木を蹴った勢いをフルに使った突きで飛び込む。

「カハッ」

師匠は連携の要のフリージアに容赦のない蹴りを入れて、済ました顔をしている。


が、本命は....僕だ。


フリージアに視線を向けた師匠に刀を全速力で持ち上げ下から攻撃を与える。


捉えたっっ


確信をもった次の瞬間、僕は地面に転がっていた。


「え」

確かに届いたはずだった。

確実に一撃が入る間合いで死角からの攻撃だった。


起き上がってみると、そこには凛とした佇まいで師匠が立っている。


「今のはなかなか面白かったわ。考えたのはフリージアあたりかしら?」


「そこまで分かっちゃうのかぁ」

フリージアが残念そうに先程蹴られた左腕を擦る。


「でもいい覚悟を見せてもらったわ。最後のは私も剣技だけじゃ防げなかったから」


「ま、待ってメリアさん。じゃあさっき急にユリが宙を舞ったのは ....」


「えぇ、私の剣舞よ。といってももちろん加減はしてるけどね」

そりゃそうだ。

本気だったら死んでる。

まさか師匠の剣舞を受けることになろうとは....


『剣舞』

剣能開花者が使える技で、各種剣能の性質に依存する場合が多いため、ほとんどが固有技である。無論技名を叫べば使えるものではなく、長い鍛錬の末に使用者の想いに剣が応える形で完成する。


一方、僕らが使っている戦術や剣術は『剣技』とよばれ、剣能関係なく剣を振るう技術を指す。

もちろん、剣能が使えない僕がどちらに力を割いたかは言うまでもない。


——剣舞に頼っちゃだめ、大切なのはいつだって剣技の中にあるんだから。——


師匠はいつもそう言って僕達に剣技である『アルストロ流剣術』を叩き込んでくれた。

腑に落ちる点はいくつかあるものの、実際に剣の境地とも言える剣舞を食らったのは初めてだ。


覆りようのない実力差を前に、僕は不思議と興奮を覚えた。まだ、まだ僕らはいけるのではないか。剣技以外の可能性を知った今、未到達の剣舞が眩しく見える。



「もうあなた達なら大丈夫ね」

母さんは寂しそうに笑うと、4人を集めた。


「子供たちを連れて山を降りなさい。商業都市カイにある修道院には話を通してあるわ」


「え?」

「どういうことですか!?」

ツバキが食い下がる。


真剣な眼差しに母さんはいたずらに笑った。


「いやぁ......実は部屋の中で剣振り回したら寝室の屋根が吹き飛んじゃって。シナノから大工さんを呼んで修理してもらうのよ」


「剣を振り回したぁ!?」

スイセンがポカンとしている。


僕は注意深く修道院の屋根を見つめた。

あっ、本当だ。なんか1か所突き抜けてる......


「神妙な顔つきしたから心配しましたよ......またですかメリアさん」

スイセンが呆れている。


「仕方ないでしょぉ! あの黒くゾワゾワしてる物体がアセビちゃんに襲いかかろうとしてたのよ!?」


どう考えても危ないのはあなたです。なんて危ない母さんを持ってしまったのか......

僕達は笑いながらそのお願い? とやらを引き受ける。


「今日はカイの街で寝るのかー。久しぶりだよなあっち行くの」

スイセンが懐かしそうに話す。

「スイセンとツバキは楽しみなんじゃない?」

フリージアが何故か嬉しそうに聞いている。

スイセンとツバキはカイの街からこの修道院に来たため、故郷のようなものだろう。


「まあそういうことなら荷物を纏めないといけませんね」

ツバキは母さんに礼をしてそそくさと修道院に入っていく。


「私も手伝うー!」

「んじゃ僕も行こうかな」

フリージアとスイセンも続いて修道院で子供たちを呼び集めている。

あとに続こうとした僕に、後ろから声をかけられる。


「ユリ」

母さんの一声に僕は立ち止まる。


少しずつ積もってきただろうか。

粉雪が僕の頬をかすめる。

空は厚く、暗い雲で覆い尽くされている。


「少し、話をしましょうか」


今思えばこの時からかもしれない。


名前の分からない感情がじわじわと胸を覆っていた。

僕はそれがどんな不吉なものなのかも知らずに、不安を断ち切るように後ろを振り返った。

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