旅立ち……の前の閑話休題(3)

「で、まあ、周りは嵐だし、赤ん坊を濡らすわけにはいかねぇんで上月が抱き上げたんだが……」


 そこまで言うと、真安は珍しく言い淀み上月の顔を見た。

 上月は軽く顎を引いて先を促す。


「……騒ぎを聞きつけて飛んできた邑長はお前を殺せと言った」


 息を呑む真生。

 淡々と聞き流す弓彦。


「必ず裕観一族に仇なす者となると言ってな……。

 飛び掛ってきそうな勢いだった」


 上月の紅い唇を白い歯がきっ、と噛んだ。


「化け蛇の呪いだと言い張ってな。黙らせるのに苦労した」


 いまいましそうに腕をまくりあげながら、真安は吐き捨てるように言う。


「上月と真安はそう思わなかったのか?」


 不思議そうに声をあげたのは、話の主役。弓彦本人だった。

 咎めたてるような声をあげる真生を片手で制し、弓彦は言葉を続けた。


「御神木には玉姫の破片が突き刺さったんだろう?

 木の中から出てきたのなら、玉姫の身体の一部だ、とか思わなかったのか」


「お前に妖気はなかったんだよ」


即答する真安にうなづく上月。


「玉姫の気配なら私がよく知っている。

 なにせ私は御神宝の鏡を通して玉姫の力を使っていたのだからな」


「そうなのか……」


 何故か落胆したような声で言う弓彦に上月は片眉を上げる。


「お前、自分が妖怪だと思っていたのか?」


「いや……、普通とはなんか違うなぁと思っていたから」


 不機嫌そうな母の口調に弓彦はぽりぽりと頭を掻いた。


「ともかく、何がなんでも邑長がお前を殺そうとするんでな、駆けつけた邑人の前でこいつが宣言したんだな『この赤子は私が産んだ』ってな。

 それからは大騒ぎさ」


 心底嬉しそうにいう真安を上月は軽く睨んだ。


「じゃあ、上月は俺を助けてくれたんだ。……ありがとう」


 深深と頭を下げる弓彦の襟首を上月は掴みあげた。


「男が軽々しく頭なぞ下げるな。

 ……それに喜ばしいことではないかもしれんのだぞ。お前にとってはな」


 口調は淡々としているが、どこか哀しそうな上月の様子に弓彦は首をかしげた。

 しん、と静まり返った室内に囲炉裏の火の爆ぜる音が響く。


「ああ、それから言い忘れていたが」


沈黙を破って真安が話し出す。


「封印の弓のことならお前は気にしなくていいぞ。

 弓も雷で吹き飛んだからな」


『はい?』


 弓彦と真生の目が点になる。


「だから、雷で吹き飛んだんだって。それは邑長が用意した偽物なんだよ」


「何よそれー!!」


 九死に一生を与えてくれた弓が実は模造品……。

 真生は思わず叫んだ。


「何、別にそう驚くことでもないぜ」


真安は何故かそんな真生の様子を楽しそうに見ながら言った。


「なんせ、この神社にもともとあった封印の弓も偽物だったんだからな」


 今度は全員の目が点になる番だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る