旅立ち……の前の閑話休題(4)
悪戯坊主のように顔を輝かせて一同の様子を見ていた真安は、どうどうと一同をなだめると先を続けた。
「ガキの頃にちょっとした興味本位で"弓"を引いてみたことがあるのさ。
なんのこたぁない、ちょっと見てくれのいいだけの使えねぇ弓だった」
「真安!」
掴みかかってきそうな上月にまぁまぁ、と手を振るといいわけがましく付け加える。
「ちゃあんと祈祷と結界を張ってからやったせ、俺は」
「でもその時って真安様、子供でしょう?」
尋ねる真生に胸を張る真安。
「何を言うか。この邑はじまって以来の神童と呼ばれていたんだぞ。
俺は」
「本当だ」
誰かが反論する前にため息まじりに上月が答えた。
「性格はそのものの資質とは無関係だということを、私は幼い頃から悟ることになったのだから……」
実感のこもったつぶやきに思わず噴出す弓彦。
真安は面白くなさそうにそっぽを向いた。
「だからよ、お前が気にすんのは玉姫と"矢"だけにしとけ。
ま、玉姫が封印を破れたのは矢が外れただけが理由じゃねぇような気もするが……」
うっすらと紫がかってきた空を見上げ、真安はつぶやいた。
「どっちにしろ、お前と玉姫、"矢"には何らかの関係がある」
いつになく真剣な真安の声に一同は耳を傾ける。
「お前の生まれ、玉姫封印のいきさつ、神社の巫女のおかしな習性……。
この邑は妙なことだらけだ。
特に玉姫の話……。胡散くせぇ匂いがぷんぷんしてやがる。
弓は偽物。水神の血を引いているというクセに力を使えるのは代々巫女のみ。
裕観の一族が何か知っていたらしいが、奴らは全滅しちまってるしな」
辛そうに顔を伏せる上月。
「だから、お前は自分のことを知るために玉姫を追え。
真実を知っているのは最早あの女だけだ」
「俺のために……」
呆然として弓彦は膝に置いた己のこぶしをみつめた。
そういえば、玉姫殿に入った瞬間のあの奇妙な感覚はなんだったのだろう?
そして封印の矢を射た時の奇妙な心の声は……。
「それからよく聞け、弓彦」
立ちあがり、窓の外を見る真安。
うっすらとした光りが真安の横顔を照らした。
「これからこの邑は、玉姫が消えたことによる水源の喪失を味わうことになる。
この邑の水源は全て玉姫の力によってあったもの。
玉姫が消え、その力が消えた今、我々はかつてない辛苦を受けることになる」
「そればかりではありません」
蝦蟇が居住まいを正して付け加えた。
「周囲の山々に潜む妖怪・神霊たちがこの邑を狙ってくるでしょう。
奴らにとっての脅威・玉姫が去ったことによって」
蒼白になる真生。
上月はきっとした表情を崩さない。
「そうなった時、邑人の怒りと苦しみの矛先は……、 間違いなく、お前に向くことだろう」
真安の目がまっすぐに弓彦を射た。
邑のはみ出し物、不吉の兆児、そして何より……、直接封印を解いた男。
「旅立て、弓彦。そして2度と戻ってくるな」
「そんな言い方……!」
抗議の声をあげた真生は、上月の鋭い視線に沈黙した。
「しかし……邑はどうなります」
顔をあげ、真っ向から真安の視線を受けながら弓彦は問う。
「手は打ってある……ある程度はな」
「25年前のあの日から……覚悟はしていたんだ」
上月・真安は互いに言った。
この2人は……秘密を共有していた2人は、ただ時の流れに身を任せていただけではなかったのだ。
「後のことを考えるな。まず邑を出ることが一大事だ。
何せ押さえられていた妖怪・神霊のたぐいが自由に跋扈してやがる。
この邑は俺が結界を張っているからある程度は大丈夫だがな」
「日がな1日ふらふら邑はずれで何をしているのかと思ったら……。
そんなことをしていたんだ……」
あっけにとられる真生に片目をつぶる真安。
「無事に生きて出られたとしても、この国一帯戦国の世だ。
どれほど生き延びられるか……、ここからせいぜい祈っていてやるよ」
ぶっきらぼうに言い口の端をにぃっと吊り上げる。
その顔を見て。弓彦はやっと邑を捨てる決意を固めた。
弓彦25歳。
長い長い旅の始まりであった。
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