旅立ち……の前の閑話休題(2)
誰が指示したわけでもないのに、全員自然に車座になりおたがいの顔を見る形になった。
主席は真安。
その横に上月。
そして向かいあう形で弓彦、真生、蝦蟇。
「弓彦、これをご覧」
上月は手にした巻物をぱらりと床に広げる。
暗い室内にさっと白い光が走る。
そこには達筆な筆で書かれた幾つもの名前。
「これは……裕観神社の系譜?」
ひとつひとつ連なる名前にはそれぞれ「月」の文字。
そして上月の下には……誰の名前も書かれていなかった。
「薄々気がついているとは思うが、お前は私が産んだ子供ではない」
系譜を眺めながら言う上月の声は淡々としていた。
しかし、その言葉を発したときに、墨で描いたようた美しい眉が一瞬下がったことを真安は見逃さなかった。
「……そうか、そんな気はしていたんだ」
さしたる衝撃も見せず……ただ、ただ残念そうに弓彦はつぶやいた。
だが、それだけ。
弓彦の心には人の感じる辛さ、切なさというものは殆ど現れていなかった。
そんな自分に対して疑問を持ちこそすれ、それを嫌悪する感情すらも沸いてこないのだ。
そんな弓彦に視線を移し、上月は話を続けた。
「お前は25年前の豊穣祭の"神降ろし"の日に私が拾った」
「"神降ろし"とはなんだ?
今まで祭りでそんなことをしてるって聞いたことがないが……」
そうだ、と真生もうなづく。
「お前らが生まれてからは殆ど必要なくなったからなぁ……」
うんうん、とうなづく真安に、何故かバツの悪そうな上月。
「それで、"神降ろし"って何?」
蝦蟇の膝に乗ったまま、真生がたずねると真安はこともなげに言った。
「それは、まあ、あれだ。
16歳の処女の巫女の下に神様が降りて来てナニをするわけだ」
ばしっ。
至極真面目な口調と顔で言った真安の髪が鋭い音とともに乱れる。
真安の頭を上月が平手ではたいたのだ。
「神との交わりによって次代の巫女を授かる儀式だ!」
珍しく、その白い肌をうっすらと染めながら上月が言い直す。
真安はにやにやと頭をさすった。
「まあ、とにかくだ」
ふいに真面目な声に戻ると真安は話を続けた。
「25年前の"神降ろし"の日は嫌な天気だった。
とんでもなく強ぇ嵐が邑を襲い、かなりの被害があった」
「その最たる被害が御神木の倒壊」
当時を思い出すように視線を宙に浮かせ、上月は謳うように続ける。
「およそ200年。玉姫とともに神社の奥宮に立っていた御神木が雷の直撃を受けた。
目も眩むような光りが祭殿にも差込み、瞑っていた瞼の奥にもその光景が焼け付くように見えた」
「その時は上月は祭殿にいたのか」
「……ああ、巫女は16の豊穣祭に祭殿にて神を待つしきたりがある」
少々間を空けて上月が答える。
不思議とバツが悪そうな雰囲気があり、弓彦は軽く首をかしげた。
「そ……そして、御神木のところに駆けつけてみると」
「御神木がばっきり割れて幹の中に赤ん坊がいるじゃねぇか」
上月と言葉の取り合いをしながら真安が言う。
「そりゃもう、半端じゃねえ割れ方だったぜ。
なんせ上半分が内部から破裂したみてぇに吹き飛んでやがった」
「まったく、恐ろしい光景だった」
うなづく真安と上月。
そんな2人を見て弓彦はふと、疑問に思った。
真生も同様だったらしく2人は目を見交わした。
「なんか、真安様見てきたように言うんだね」
真生の言葉にうっと言葉につまる2人。
「……確か祭殿って男は立ち入りを禁じられていたような気がするんだけど」
ぼりぼりと頭を掻きながら2人を見る真安。
そっぽを向いてしまう上月。
「まあ、いいじゃないですか細かいことは」
助け舟を出した蝦蟇の方を、真安はやけに親しそうに叩いた。
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