伝説の再来(3)
「これが玉姫……」
全身をはしる寒々しい気に、弓彦は身震いした。
玉姫は水妖。
その身体から発している白い炎は水の結晶である。
弓彦の周囲の温度は急激に下がっていた。
「弓彦……」
ふいに呼ばれた声に首をめぐらすと、そこにはどうやって来たものか、真生と蝦蟇の姿があった。
「真生、蝦蟇さん……。怪我は?」
「蝦蟇が助けてくれたから私は平気。それより弓彦……」
「俺は……肩がちょっとおかしくて立ちあがれないだけだ。
悪いけど、ちょっと起こしてくれ」
うなづくと、真生と蝦蟇は両側から弓彦を抱え起こした。
そのときに弓彦は蝦蟇爺が小刻みに震え、脂汗をたらしているのに気がついた。
「蝦蟇さん、どうしたんですか?どこか怪我でも……」
「いえ、わたしは蛇が苦手でしてね……」
そう答える顔も青白い。
「それにしても……、本当にいたんだ。玉姫」
神社に教えに半信半疑だった真生は呆然と呟いた。
無理も無い。
本当に玉姫が今もなおそこに存在していたなど信じていた邑人は少ないだろう。上月の神通力は別にしても。
「俺がこの矢を抜いたから……」
弓彦が彼にしては鎮痛な視線を紅い矢に向けると、真生は何かに気がついたように弓彦の袖を引いた。
「そうよ! その矢!
それでもう一度 玉姫を封印すればいいのよ!」
「しかし弓がこれでは……」
弓彦の弓は先ほどの着地の衝撃でかぼっきりと折れていた。
「弓ならある!」
真生は背後の木の残骸に立てかけられていた古い弓を弓彦に押し付けた。
その弓は「封印の弓」……!
機会はたった1度だけ。
蝦蟇と真生に両側を支えられながら弓彦は古い弓に矢をつがえる。
標的は確かに大きい。
しかし、本体は遥か上空。
矢が届くはずも無い。
狙うとしたら、今上月達を狙って急降下してくる鎌首。
いや、実際にはその口の中を狙ったほうが効果的だろう。
しかし、敵は寸暇もじっとしていない。轟音をたてながら動きわまる白い塊。
さらに悪いことには、先ほど打った肩に力がまったくといって良いほど入らない。そしてこの異様な寒さ。
この状況では、いかに弓彦の弓の腕が人並みはずれているとはいえ状況は悪かった。
「弓彦、狙える?」
真生が右側から声をかける。
「分からん。
恐らく真安様はこちらの出方を察して動いてくださっている。
的は落ち着きそうだが……この寒さでは思う通りに打てるか……」
「暖かくなればよろしんで?」
弓彦が蝦蟇にうなづくと、何かを決心したように蝦蟇はうなづいた。
「よござんす。暖めて差し上げましょう、ただし長くはもちませんよ」
そういうと、蝦蟇は弓彦から離れ奇妙なポーズをとった。
腰を深くしずめ、両腕を地に着く。そしてあごをぐいっと上げると空を仰ぎ"吼えた"。その声を聞き、真生が眼を丸くする。
「げ……げこ?」
驚くのはまだ早かった。
声をあげながら蝦蟇の身体はぶくぶくとふくらんでいく。
肌は青白いのを通り越してどぎつい緑色に。
眼は飛び出し、顔から突き出した。
2倍ほどに膨れ上がったところで変化はとまり、そこには一匹立派な蝦蟇蛙が座っていた。
「ば……化け蛙?!」
叫んだ真生は弓彦を取り落としそうになり、慌てて気を持ち直した。
そんな様子をものともせず、蝦蟇は大きく口をあけると、どろりとした液体を周囲に吐き出した。
空中に散った瞬間、その得体の知れない液体は発火し周囲に熱気を撒き散らした。
「化け蛙の老大将。大化けの蝦蟇自慢の蝦蟇油でござんす。
そう長くは持ちませんよ!」
蝦蟇爺の声のまま、蛙は大声で叫んだ。
周囲に巻き起こる、不思議と燃えない炎に照らされて弓彦の腕は徐々に温もりを取り戻した。
「弓彦!」
玉姫に追われながら真安が声をあげる。
その横には上月の姿。
弓彦が顔を向けると、不意に真安の声のみが耳の傍で聞こえた。
驚き首を振る弓彦に真安は告げる。
(お前には見えないだろうが、式を使って声をお前に届けている。
いいか、よく聞け。今から上月の鏡を玉姫に投げつける。その時に玉姫の顔の付け根、首のあたりを狙って矢を射かけろ。
機会はその一瞬だ)
要求される条件は難しい。
しかしやるしかない。
たった一瞬の機会を狙って弓彦は弓を構えた。
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