豊穣祭と昔話……と悪巧み
太陽がその身を山の端に横たえ紅く空を染めた頃、裕観一族の邑では年に1度の豊穣祭が行われる。別名「水神祭」。
豊作を祝う祭りである一方、この邑を支える水源をつかさどる水神を崇め、神社に封印されている悪神・玉姫を静める祭りでもある。
その昔、まだ裕観の邑が今ほど豊かではなかった頃の話。
水源も乏しく、戦火こそあがらなかったものの、裕観の邑は大変に貧しい生活を余儀なくされていた。
そんな裕観一族の嫡子のもとに美しい姫が現れた。
一目で姫に心を奪われた嫡子は姫を娶った。姫も働き者で、一族の評判も良かったが、何故か嫡子が恐ろしい勢いで衰弱していく。しかし嫡子本人は至って「幸福至極」と言い医師も受けつけない。
両親が困っているとそこに旅の法師が現れ、屋敷を一目みるなり、
「水妖にとりつかれている。私が退治して差し上げましょう」
と申し出た。
半信半疑であったが両親が屋敷内に法師を招き入れると、姫を一目見た法師は1枚の札を姫に投げつけた。
とたん、姫は恐ろしい大蛇の姿となり、法師を食らわんと襲いかかった。
法師は背中に背負った弓に矢をつがえ、大蛇に向かって射ると、矢は白銀の光と化し、大蛇を切り裂いた。
大蛇の破片は部屋に散乱し、その一片は部屋に面していた庭の木に突き刺さった。法師との戦いで傷ついた玉姫の右目は飛び出し法師の手に落ち、左目は裕観一族の嫡子の身体に飛び込んだ。
法師は右目を浄化したが、嫡子の身体に入った左目は嫡子の身体に溶け込んでしまった。
その破片の散った部屋を外から封印し、法師は先ほどつがえた矢を封印として戸口に貼り、続けて破片の刺さった木を弓で封印し、こう言った。
「私が持っていた弓はあらゆる邪悪なものを封印する力があります。
この弓矢をはずさぬ限り、玉姫はニ度と悪さをすることはないでしょう。
ご長男の身体に入った左目はもはや取り出すこと相成りませんが、それにより貴方は玉姫の持っていた水神の力をうけつぐことになるでしょう。
この右目は鏡に変化させました。一族の者から霊力の強い者を選び、水神となられたご長男に仕える巫女とするが良いでしょう」
そして法師は名前を告げることもなく邑を去り、水神の力を手に入れた裕観一族の邑は栄えたということである。
実際に裕観神社には矢で封印された「開かずの間」と、その対面にご神木が存在する。しかし、神木は25年前の嵐の夜に落雷によって裂け、封印の弓とただしめ縄だけが残っている。
この「開かずの間」に新しい矢を立て、来年の豊穣を願う儀式が「封印の儀」である。
これは戸の別の個所に新しい矢をたてるというだけのもので、祭儀は邑1番の弓使いが行うことになっていた。
邑1番の弓使いといえば、誰をおいても神社の息子、弓彦に間違いはないのだが、弓彦はその生まれを不吉といわれ、玉姫の眠る玉姫殿に近づくことを禁じられていた。
弓彦個人としては特に行く理由も見出せず、子供の頃から真安和尚に禁じられ、上月も良い顔をしないので近づこうと思ったこともなかったのである。
燃えるような夕日さえも山の裾野に姿を消し夜の帳が下りる頃、邑祭りは絶頂を迎えていた。
時を遡る事少しばかり。
邑はずれの小さな木立の中。
そこにはいつの頃からあるのか、その由さえも最早邑の長老でさえ知ることも無い、小さな塚があった。
採光も悪く、村の中心から外れているため人通りも無い。普段であれば狐狸の通り道として静まり返る場所だが、今夕は一人、二人の珍客があった。
罰当たりにも塚に腰掛け、紫煙の煙をくゆらすのは……裕観の次男坊・多作。その傍らには目つきの悪い若い男達。
何やら声を潜め、怪しげな密談を交わすと、傍らの男達は三々五々黙して去り、多作のみが残った。
ひとしきり煙草を楽しんだ多作が腰を浮かそうとしたその時、塚が湿っていたのか多作はそのまま地面に尻餅をつく形になった。痛みもさることながら、人一倍気の短い多作。怒ってそのまま塚を蹴倒すと、大層な怒り様で邑へと帰っていった。
その後に塚の下から染み出るように蠢いた黒い影にも気づかずに……。
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