豊穣祭と巫女の息子と和尚の娘(2)
「何を~!」
「あ、
けしからぬ相手に歯をむき出したのは真生。
一方の弓彦は呑気に頭を下げた。
「ちょっと!なんでアンタがこんな奴に頭なんか下げるのよ!
なんか言ってやんなさいよ!」
弓彦の袖を引きつつ真生が噛みつくと、弓彦は笑いながら困ったような笑顔を向ける。
「あー。いいお日よりですね」
「挨拶してどうするのよ!」
「いやあ、でも多作さんは裕観一族の次男坊だから……」
「そうそう、頭を下げるのは当然だな」
何が楽しいのか、多作はにやにやと笑いながら真生に近づいてきた。
やたらと脂ぎった顔に小太りな体躯。背は弓彦の肩ほどまでの高さである。
年齢は今年で二十。いい大人なのに顔には子供のようなソバカスが浮いている。こんな男が豪族の坊ちゃんなんて世も末だわ、と真生は思う。
弓彦の方がずっと気品もあるし、何よりいい男なのにな、と。
「おい。ボロ寺の住み心地はどうだ?
このままじゃあ、雨露しのぐのがやっとなんじゃねえのか?
なんだったら俺のところで雇ってやってもいいんだぞ」
「結構です」
目を合わせないようにしながら真生が言うと、多作は更に近づいてきた。
「あんまり無理しないほうがいいんじゃねえのか。
大体あの寺にいると化け物になっちまうぞ。
なんせ、通っているのはこの化け物憑きの弓彦だけだし、何よりあの和尚がいけねえ。 あの男、女だったら妖怪でも抱く……グゲ!」
多作の言葉をさえぎったのは、真生が懐から出した金色の独鈷杵だった。
木製に色を塗っただけのものとはいえ、鋭利な先端が鳩尾にのめりこんでいる。たまらず多作はその場にひざまづいた。
「弓彦や和尚様を悪く言うな!」
更にその頭に蹴りをくれようとした真生の体が、ふわりと浮いた。
「ちょっと!弓彦、離しなさいよ!」
「そう言うわけにもいかないだろう?」
弓彦に両脇を抱えられた真生はじたばたと足を振りまわした。
「坊ちゃん~!多作様~!」
多作の異変に気がついたのか、使用人が慌てふためいて走ってくる。
それを横目に見た弓彦は真生を抱えたまま、寺の方へ走り出した。
「なんなの、なんなの、腹が立つわ!」
やっと弓彦の手から逃れ、真生が地団駄を踏んだのは、邑から離れた森の中だった。
「真生は生きがいいねぇ」
それに対し、のほほんと笑いを浮かべながら弓彦が言うと、真生は指を弓彦の鼻面に付きつけた。
「私が気に入らないのはアンタの態度もよ!
邑一番の弓の使い手で、腕っ節も強いっていうのになんで言いなりになってるの?!」
「なんでって……」
身長差があるため爪先立ちの真生をひょいと持ち上げて普通に立たせると、弓彦は宙を仰いだ。
「なんでかっていうと……、何も感じないから、かな?」
「何よそれ!」
空を仰いだままの弓彦をあきれた顔で眺める真生。
「はぐらかしているわけじゃないよ。本当に何も感じないんだ。
だから真生のことがとてもうらやましいんだけどね。俺は」
ひょいと弓彦が手をかざすと、その手に小鳥が1羽、肩に1羽止まった。
「俺の手にはこうやって人に慣れない小鳥も止まるし、狼も俺を食おうとはしない。
何故だと思う?」
鳥の跳ねるのを見ながら言う弓彦の顔を見ながら真生は頭をかしげる。
「……弓彦が優しいから?」
「違うね」
両手をあげると軽く浮かす。
いっせいに鳥が空に羽ばたいた。
兆度そのとき、晴天の空に雲が流れ、明るい森の中が一瞬夜のように暗くなる。
「鳥には鳥らしい気配、狼には狼らしい気配、そして人間には人間らしい気配がある。でも俺にはそれがないような気がするんだ。
多分それが真生の言う、『感じる』ってことに繋がるんじゃないかな。
感情の波が、人としての波長とかなんかになるような気がする。
多分俺は何か感じるってとこが希薄なんだよ」
暗闇の中、見えない弓彦の表情に真生は不安を感じ、そっと近づく。
次の瞬間には雲は晴れ、いつものとおりキョトンとした顔で自分を見返す弓彦の顔があった。
「どうかした?」
「う……ううん、なんでもないの」
覗き込んだ弓彦の瞳が妙に美しく見えて、真生は気恥ずかしくなった。
「それに、こんなものがあれば誰だって変に思うと思うよ」
弓彦が矢筒をはずすと、そこには着物を突き破って、何か鋭利なものが突き出ている。
「こんな骨だか瘤だかわからないものが肩にあれば、ね」
「そんなの弓彦のせいじゃない」
ぷっ、と頬を膨らませると、真生は歩き出した。
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